存在しなかった過去
時計塔の文字盤に表示された数字が、ゆっくり減っていく。
『第一住民誕生まで――23時間59分』
「一日もない……」
ノノが時計を見上げる。
悠真は、最後に表示された言葉を思い出していた。
――第一住民の誕生と同時に、世界の過去が決定されます。
「過去って……これから作れるものなのかな?」
ミオが尋ねる。
カイが魔導書を開く。
「普通の世界なら、過去はすでに起きた出来事。でも、この世界は違う」
ページには新しい文章が浮かび上がった。
『第∞+1世界には、まだ過去が存在しません』
「やっぱり……」
アカリが驚く。
「じゃあ、この世界に今ある町や森は?」
「現在だけが先に存在しているんだ」
シンが空を見上げる。
「過去のない世界……」
すると、ユラが町の時計塔を見つめた。
「だから、私にも昔の記憶がないんです」
ホシも頷いた。
「僕も……生まれる前のことを何も知らない」
オボロが静かに言った。
「では、過去を作るということは……思い出を作るということなのか」
その瞬間、本『未来』が光り始めた。
ページに一つの質問が現れる。
『この世界には、どんな過去が必要ですか?』
悠真たちは顔を見合わせた。
「過去……」
ノノが考える。
「昔から大きな町があった、とか?」
「それもいいね」
悠真は頷いた。
「でも、僕たちが勝手に決めていいのかな?」
するとホシが手を挙げた。
「僕は……この世界に、最初から誰かがいたことにしたくない」
「どうして?」
ユラが聞く。
ホシは少し考えて答えた。
「だって、最初に生まれた僕たちが、最初の一歩を踏み出せるから」
悠真は笑った。
「それ、いいと思う」
本に文字が浮かぶ。
『第一案――この世界には、最初から住民はいなかった』
次にユラが話す。
「でも、世界そのものは最初から存在していたことにしたいです」
『第二案――大地、空、海、星は、住民より先に存在していた』
そしてシン。
「この世界には、最初から一つだけルールがあったことにしよう」
「どんなルール?」
シンは答えた。
「選択した未来は、必ず可能性として残る」
本が大きく光る。
『第三案――すべての選択は、消滅せず可能性として残る』
三つの文章が一つになった。
――しかし。
本のページに赤い文字が現れる。
『不足しています』
「え?」
アカリが驚く。
『この世界には、まだ「始まりの出来事」がありません』
悠真は本を見る。
「始まりの出来事……」
そのとき、空から一筋の光が降りてきた。
地面に触れると、そこから一本の大きな木が生えた。
葉は七色。
幹には∞+1の紋章。
レインが近づく。
「この木……普通の木じゃない」
カイが魔導書を開く。
「名前が表示された」
ページには――
『記憶樹』
「記憶樹?」
オボロが目を細める。
すると木の枝から、一枚の葉が落ちた。
葉に触れた瞬間――
悠真たちの頭の中に、映像が流れ込んできた。
まだ何もなかった世界。
最初の空。
最初の大地。
そして――
一人の小さな存在が、この世界を見つめている。
「……誰?」
悠真がつぶやく。
映像の中の存在は、こちらを振り返った。
顔は見えない。
しかし、その声だけは聞こえた。
『いつか、あなたたちが来ることを知っていました』
映像が消える。
全員が黙り込んだ。
ユラが震える声で言う。
「今の人……」
ホシが続ける。
「この世界を、最初から知っていた……?」
すると記憶樹の幹に、新しい文字が浮かび上がった。
『始まりの記録――発見』
さらに、その下に名前が現れる。
『記録者――不明』
悠真は木を見上げた。
「この世界には……僕たちが来る前から、誰かがいたんだ」
その瞬間、遠くの空で鐘が鳴った。
ゴーン――。
時計塔の数字が変わる。
『第一住民誕生まで――22時間』
そして、新しい文字。
『記録者を探してください』
第∞+1世界。
存在しなかったはずの過去。
そして、その過去を記録した謎の存在。
悠真たちは、新たな謎を追うことになった。




