↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

9/17

『もしも、フランシスコ・ザビエルが布教したのが、キリスト教だけでなく、南蛮の食文化とかだったら』

『もしも、フランシスコ・ザビエルが布教したのが、キリスト教だけでなく、南蛮の食文化とかだったら』

というタイトルの架空人物伝を制作するための、調査依頼を受けた広域調査隊。


俺は、広域調査隊の係長に任命された。


広域調査隊は、日本全国津々浦々、あるいは、世界中を飛び回る。

まずは、広域調査隊の、車両と、軍用ヘリ、自家用ジェット、船舶、そして列車が紹介される。

続いて、広域調査隊のメンバー紹介。


広域調査隊のメンバーたちは、俺が最初にオフィスに足を踏み入れた時に、金子奈美の周囲にいた、社員たちだった。

そうか、やっぱりこの人たちが、そうだったのか。


魔野えりな【エンジニア】


山野桃【書記・経理】


伊藤卓志【新人隊員】


前原誠【運転手、パイロット】


小田切武男【ベテラン参謀】


北野みちお【メカ調整】


最初に向かう先は、フランシスコ・ザビエルが最初に上陸した、薩摩国の鹿児島。

『広域調査隊』の旅路が始まる地もまた、鹿児島ということになる。


こうして、俺の新たな人生が幕を開けた。

表情も、いつしか明るくなったと言われ、考え方も、いつしかポジティブになったようだ。


山野桃「それじゃ、私がヘリで上空から

お伝えします。ここが、フランシスコ・ザビエルが日本に最初に上陸した地点だとされています。」


上陸地点の記念碑: 鹿児島市祇園之洲町にある「ザビエル上陸記念碑」


ここが、ザビエルが日本で最初に上陸した地点だとされる。

また、本州で最初に上陸したのは、山口県下関市だという。


しかしまた、なんでフランシスコ・ザビエルなんだ?と思った。

もしかして、『日本史に影響を与えた外国の人物』ということで、フランシスコ・ザビエルが選ばれたのか?

実際に、そのおかげで日本にも、キリシタン大名というのが多く登場したというからな。


広域調査隊の役割は多岐にわたる。

実際に歴史上の人物たちの役を演じる、というのも、役割の一つだという。実際、俳優の経験のある人もいるくらいだからね。


北野みちお「おい、南大君。君がフランシスコ・ザビエルを演じてみるか?」


いきなり、主人公のフランシスコ・ザビエルを演じることになった。


そしてこれが、俺が金子奈美以外の人間と会話する、初めての機会となった。

さっそく、フランシスコ・ザビエルの格好に着替えることになった。

ここから、フランシスコ・ザビエルのキリスト教布教の足跡(そくせき)をたどることになる。


上空に、ヘリの音がした。山野桃がヘリに乗って上空から中継を行っている。


山野桃「こちら、フランシスコ・ザビエルが日本に最初に上陸した地点となります。

上空からの中継です。次はドローンを飛ばしますね。」


次はドローンを飛ばすという。山野桃というのは、書記と経理の担当だというが、実はヘリの操縦、ドローンの操縦もお手のものだという。

そして、彼女の操縦するドローンが、ザビエルの上陸地点にある記念碑の場所から、鹿児島市内へと飛んでいく。


鹿児島市内上空を飛び回ったドローンは、再び彼女のもとへ戻ってきた。

実は、金子奈美が直接交渉にあたり、なんと鹿児島県知事の了解も得ているそうだ。


いったい、彼女は、そして彼らは、本当は何者なんだ?と思いながら、次は寸劇に入るという。

もちろんフランシスコ・ザビエル役は俺だ。

と、その前に食事をすることに。

さすがに、腹が減っては戦はできぬということで、この時の食事は、鹿児島県が誇るブランド牛の『鹿児島黒牛』の牛肉入りのビーフカレーと、『鹿児島黒牛』の乳牛から搾った牛乳入りのソフトクリーム。


食事を済ませたら、寸劇の撮影だ。フランシスコ・ザビエルが、島津貴久に会いに行く場面だ。

島津氏は平安時代から幕末まで、約800年の間、鹿児島を治めていた大名で、フランシスコ・ザビエルが日本を訪れた頃は、島津貴久が治めていたという。

島津貴久を演じるのは、小田切武男。


島津貴久【小田切武男】

「私が、薩摩を治める島津貴久だ。」

ザビエル【大森南大】

「私は、宣教師のフランシスコ・ザビエルといいます。

この国に、キリスト教を布教するために、やってきました。」


この島津貴久という大名は、キリスト教の布教にはそれほど興味が無く、ザビエルが持ってきた珍しい金銀財宝が、金になるということだけに興味をしめしていたようだった。


ザビエル「それなら、もっと興味をしめせるものがありますよ。

南蛮の食文化。とりわけ、南蛮の甘い食べ物などは、いかがでしょう。」


当時の日本では、打ち続く戦乱により、食文化を楽しむ余裕は、まだまだ無かったようだから、と思った。


ザビエル「これは、カステラといいます。この

カステラという食べ物は、こちらのレシピ帳に作り方が書いてあります。

私は、日本全国に、このカステラという食べ物を広めていきたいのです。」


島津貴久「ほほう、わしもその、カステラという食べ物に興味を持った。

その、カステラとやら、わしも食べたくなったのう。そのレシピとやらの通りに作ればよいのか。」


他にも、パンや、コンペイトウなども広めたという。

パン、というのは、ポルトガル語の呼び方で、

英語ではブレッドという。

それから、天婦羅(てんぷら)。実はこれも、『テンプル』→『てんぷら』として伝えられたとか。

テンプル=寺で、てんぷらを揚げたから、

その料理が、てんぷらと呼ばれるようになったという一説だ。

てんぷらに関しては諸説ありだが、とにもかくにも、フランシスコ・ザビエルは日本の歴史に影響を与えた外国の人物の一人であるといえる。


その後、ザビエルは京の都にも足を運んだ。そこで、日本では応仁の乱以降、戦国の世が続き、都も荒れ果てているのだと聞く。

そこで、西の京都と呼ばれる山口に行って、大内義隆に会いに行ったという。

そして、日本に来てから3年後に死没したという。

キリスト教の神のもとに帰っていった、といったところか。


山野桃「キャハハハハッ!今日の寸劇、すごいウケた!」


山野桃は、その後、ザビエルの生誕の地といわれるハビエル城の上空でもドローンを飛ばし、ハビエル城を上空から撮影した。


この旅は、いわば歴史の学び直しの旅だと気づかされた。

歴史なんて、数ある必修科目の一つだからということで勉強させられ、受験勉強の科目の一つだからということで勉強させられ、それが終わったら、それまで勉強してきたことなんて、さっさと忘れてしまって、それっきり。

その後、歴史に興味が無ければ、一生歴史なんか勉強する機会も無くなる。

だから、この年になって、学び直しの機会を得ることができたのは、むしろ光栄なことだ。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。