お互いに語り合おう【大森南大】
俺は、大森南大。1977年生まれの、就職氷河期世代だ。
2000年に、四年制大学を卒業して就職した世代だ。高卒なら、1996年に卒業して、就職した世代だ。
生まれたのは1970年代だが、物心ついたのは、1980年代に入ってからだ。
とある地方都市の出身で、俺が物心ついた頃はまだ、今よりも賑わっていた。
よく親に、中心街まで連れていってもらっていた。俺は行くのを渋って、ぐずっていたのを今でも覚えている。
駅前にあった一番大きな百貨店は、どうにか残っているが、当時あった多くの店は、今はもう無い。駅前通りから周辺にかけては再開発が進み、高層マンションばかりが立ち並び、かつての面影は無い。
小学生の頃はファミコン、中学生に入るとスーパーファミコンにハマり、ゲームばかりやっていた。
小5の時に昭和天皇が崩御。昭和から平成になったその日も、ファミコンをやっていた。
小6の時に、ベルリンの壁が崩壊した。
翌年に、東西ドイツが統一。
小学校を卒業し、中学校に入ると、人並みに思春期を迎える。
まさに、思春期に少年から大人に変わる時期に、入っていく。
中2の時に、バブルが弾け、平成不況に入り、そこから『失われた30年』と呼ばれるようになり、
俺らが就職氷河期世代と呼ばれるようになる要因となる。
たしか、堺屋ナニガシとかいうエセ評論家、エセ有識者が、『失われたウン十年』と命名したんだということを、聞いたことがある。
これは、俺らが悪いんじゃない、俺らよりも、
上の世代が悪いんだ。
俺だけじゃない、俺と同世代の人たちは、みんな、そうだったんじゃないか。
この時期は、特に俺らが中学、高校、大学の頃は、音楽CDが100万枚、200万枚と、当たり前のようにバカ売れしていた。
みんなが買って聞いていたから自分も、といった感覚で、新曲がリリースされるたびに、次から次へと、買いあさっていた。
高2の時に、阪神・淡路大震災。同年に、
オウム真理教が地下鉄サリン事件を起こした。
バブルが弾けて間もない頃は、そのうちまた景気が良くなるさ、などという楽観論もあったようだ。
しかし、景気は良くなるどころか悪くなる一方、それでもどうにか、第一希望の就職先ではなかったにしろ、就職なり何なりして、どうにか平成から令和を生き抜いてきた。
時は流れ、2026年になった。
今年で49歳。織田信長が本能寺の変で死んだ年だ。戦国時代だったらとっくに死んでいるな。
我ながら、よくもまあ、ここまで生き延びてこれたものだ。
自分たちの生きてきた時代も、いずれ歴史のヒトコマになっていく。そうでなければ何のために生きているのかわからない。
僕らの世代も、いずれ死に絶えていく。
その時に、僕らの世代が残してきたものは、残っていくのか?
著名な人物たちの死は、ただ単にその人物の死というだけでなく、その人物が活躍した時代が、それだけ遠い時代になったということ、一つの時代の終わりを告げる事象として伝えられる。
そして、『失われたウン十年』と命名した、堺屋ナニガシも、先に死んだ。
その瞬間瞬間を見届けていく、そして、この年齢になったら、この歴史上の人物は、この年齢で死んだんだな、と思いながら、その年齢の誕生日を迎える、そうして生きてきた。命脈をつないできた。




