終戦
翌日の午前中のことだった。
野戦のあった場所から少し離れた位置に敷いた陣に、王都の東から伝令が届いた。
その伝令が持っていたのは、「ハズラン伯爵領陥落」の報。
親父殿の軍は、ハズラン領のほぼ全域を抑えたらしい。
あと二日か三日で、アタシ達と合流できるだろうとのことだった。
今、ノイマール各地には、この場所から飛び出して行った伝令達が駆け回っている。
その多くは、王を最後まで守ろうとしたあの部隊の連中だ。
ケトヴィン達に投降したあと、彼らは本陣まで移送され、そこでノーフォート子爵のおじさまの頼みで、王都陥落の報を各地へ届ける役目を与えられたらしい。
多くは、進んでそれを受け入れてノイマール各地へと出発したのだと言う。
親父殿が進めていたハズラン領攻めにも、その影響があったんだろう。
そのハズラン領が落ちたという報を得たアタシは、すぐに必要な人員を集めて、ようやくノイマール王都の中に侵入した。
ハズラン領が健在なうちは背後に敵を抱える格好になっていたから、さすがにちょっと動きづらかったからな。
今、アタシは馬に揺られながら、ノイマール王都の中央通りを進んでいる。
周囲を固めるのは歩兵一千。
正直言って心もとないが、あんまり大勢で押しかけると王都の民も、王城側も頑なになりかねない。
少なくとも、市民が王の敵討ちのために暴徒と化す、って恐れはなさそうだから、こんな形で踏み切ったってわけだ。
目的はもちろん、王城の解放。
そして関係者の保護、および逮捕だ。
一応、万が一のときのために、潜伏中の“夜鷹”経由で逃走路の確保は済んでいる。
使うような事態にならないのが最善なのは言うまでもない。
「しかし…こう落ち着いていると、逆に不安ですね」
アタシの隣に馬を並べていたジーマが、そう声を掛けてきた。
ジーマがそう思うのも無理はない。
王都の住民は、アタシ達を非難もしなければ、かといって歓迎もしていない。
どこか余所余所しい雰囲気で、家の中や路地から、こっちを眺めているだけだ。
「向こうも不安なんだろう…自分達が乱暴されないかどうか、略奪は起きないかどうか、その辺りが特に、な」
そう言いつつ、思い出されたのはソトス子爵様のところのマーランの町だ。
あそこでは、住民が自発的に武装し、町を守ろうとしていた。
自分たちの暮らしを守るためという目的もあっただろうけど、やっぱり子爵様への忠義心もあったんだろう。
幼い頃からの友であり、自らが支えることのできなかった主であり、止めることのできなかった暴君の助命を願った子爵様は…アレクや陛下が言ったように、領民にも好かれるお人好しだったようだ。
「ご安心ください。少なくとも住民がこちらに襲い掛かってくるという事態は、こちらが掠奪の類を試みない限りは起きないと思います」
そう言ったのは、バーデイル・ミコスト男爵だ。
男爵様は、年頃はアタシより少し上くらい。
たぶん、一の兄上と同じくらいだろう。
男爵様は軍事には疎い反面、内政には一家言あるようで、家督を継がれる前には王城で内政官をやっていた時期もあるって話を聞いて、今回は兵を率いて同行してもらった。
王城に、アレクを連れて行くわけにはいかないからな。
王都周囲を警戒してもらう必要があったから、残りの部隊を率いているノーフォートのおじさまも動かせなかったし。
というわけで、この一行の本隊は、アタシとミーア。
それにジーマに男爵様、という顔ぶれだ。
ベアトリスはアレクに付いてくれている。
……説教されてないといいけどな、アレクのやつ…
そんなことを思いつつ中央通りを進んだアタシ達の眼前に、王城の外壁が見えて来た。
あまり、豪勢な雰囲気はない。
余計な装飾はほとんどなく、矢窓や槍間なんかが備えられた、実戦向きの佇まいだ。
オルターニアの王城はどちらかと言えば派手だから、個人的な好みを言えば、この城の方が落ち着きそうだ…なんて、アレクの前ではちょっと言えない。
不意に、先頭から騎馬兵が駆けてきた。
何かあったらしい。
「どうした?」
下馬や儀礼のやり取りを省くために、少し遠間から声を掛ける。
すると騎馬兵は馬を寄せて来ながら
「先頭班が城門へ到達。抵抗などはありません」
と報告してくれる。
「分かった、ご苦労。すぐに向かうから、周辺の確保だけ優先させてくれ」
「はっ」
アタシが指示をすると、騎馬兵は素早く馬首を回して再び先頭へ駆けていく。
それを見送ってから、アタシは大きく息を吐いた。
「さて、じゃあ行くか」
その言葉に、三人はコクっと頷いてくれた。
アタシ達が城門の前に辿り着くころには、すでに門が開かれていた。
無理矢理こじ開けたんじゃなく、どうやら中から開けられたらしい。
周囲を固める兵達は、緊張した面持ちで持ち場に着いている。
その城門の中には僅かな守備兵と共に、初老の男が立っていた。
身なりからして、それなりの役職であることがうかがえる。
それを見るや、ミコスト男爵様が
「王家家令のお一人で、王妃様の御付きの方です」
と教えてくれた。
と言うことは、王家の直臣というよりは、王妃様の御実家の侯爵家の人間ということだろう。
そんなアタシ達の前に、男はゆっくりとした足取りでやってくる。
守備兵達は、彼の後ろだ。
どうやら、害意はないらしい…一見すると、だが。
男は、下馬もしていないアタシ達の傍まで来ると、その場で傅いた。
「ノイマール王妃が家令、アシュマール・バストフと申します。恐れながら、御名をお聞かせ願いたく存じます」
「オルターニア王家が臣、バイルエイン伯が次女、ティアニーダ・バイルエインだ」
「ありがとうございます、バイルエイン様。して、此度はどのようなご用件でございましょうか?」
スッとぼけたことを言っている、なんて思わない。
この男、けっこう切れるやつだ。
たぶんアタシから、攻撃しないって言質が取りたいんだろう。
別にそんなことをするつもりはないけどな。
「ノイマール王陛下の御身をお届けに参った。王妃陛下に目通り願いたい」
アタシの言葉に、家令はハッとした様子で顔をあげた。
アタシは後ろに続く班に軽く手を振って合図を出す。
すると、城門の前へと一台の荷馬車が進んできた。
「どうぞ、確認されたい」
アタシが言うと、家令は背後に控えていた兵の一人に頭を振った。
兵は一礼すると荷馬車の方へ駆けて行き、その荷台に乗り込む。
しばらくして荷台から出て来た兵は、家令の下に戻って報告をした。
それを聞いた家令は、アタシに向かって深々と頭をさげてくる。
「丁重なる御取り計らい、感謝いたします」
「礼には及ばない…我が方としての確認は終えた。ならば、御家族の下にお戻しすることがものの道理だ」
アタシがそう言うと、彼はまた深々と頭を下げた。
それから、
「これよりは、王妃陛下へ取り次ぎます故、しばしお時間を頂戴したく」
と申し出てくる。
「恐れ多いことだ。感謝する」
アタシがそう答えると、家令はもう一度頭を下げるとスッとそのまま後ろに下がってから立ち上がり、兵達を連れて足早に王城の中へと消えて行った。
遺体の確認は、ノーフォートのおじさま達、ノイマールの貴族家の方々にお願いした。
皆、間違いなく王陛下だと認めてくれた。
その際に、アレクも確認したいと言ってきて、正直迷った。
でも、悩んだ挙句にアタシはそれを許すことにした。
アレクは遺体を見てぼんやりとした様子だったものの、
「こんなに、痩せてしまったのだな」
と言いながら、その冷たくなった手に触れていたのが印象的だった。
ことが済んだから遺体を返す。
ノイマール王家がその遺体を丁重に弔うだろう。
それをアタシ達が取り計らったって事実があればなおのこと良い。
オルターニアの王陛下は、首を持ってこい、なんていう人でもないしな。
それから、半刻も経たないうちに、家令のバストフが戻ってくる。
彼はさっきと同じようにアタシの前に傅くと
「王妃陛下がお会いになりたいと」
と報告してくれた。
それからすぐに、アタシは遺体の入った棺を運ぶ人員と、それから最低限身を守れるだけの兵を集めて王城の中へと向かった。
ミーアとジーマがアタシにへばりつくようにしていたのは、言うまでもない。
王城の中は、外観と同じくこざっぱりしていた。
金がない、というより、金を掛けなかった、って雰囲気の内装だ。
ディットラー領の屋敷の方が、よっぽど金を掛けていたんじゃないかとも思える。
国王陛下が言った「根が腐っていた」っていう言葉の一端なのかもしれない。
アタシ達はホールを抜け、階段を上がって上階へと導かれる。
そして通されたのは、謁見の間などではなく、こじんまりとした広間だった。
作りとしては、元は食堂か…居間のような部屋だったんだろう。
大きく作られた窓からは、明るい日差しが差し込んできている。
その広間の奥にいたのが、一人の女性だ。
城の内装とおんなじで、けっして華美じゃない。
御召し物は良い生地を使っていそうだけど、仕立てはどちらかと言えば素朴で、落ち着いた雰囲気だ。
年頃は、一の兄上よりは少し上かな。
三十手前、ってところだろう。
「陛下。オルターニア王国がバイルエイン伯家の、ティアニーダ・バイルエイン様です」
家令がそう紹介してくれたので、アタシはひとまず一歩前に出て傅く。
「バイルエイン様、おもてを上げられませ」
王妃陛下は、落ち着いた声色でそう言ってくださった。
頭を上げ、そのお顔を拝見する。
ふと、陣幕の中でみた国王陛下のお顔を思い出した。
あの方も、疲れたような顔つきをされていたが、王妃陛下も同じだ。
この方も…陛下が背負った王権の重荷を一緒に支えていたんだろう。
「ミルコニール・ノイマールです。この度は、夫を送り届けてくださったと聞いております」
「はっ。突然押しかけましたこと、お詫び申し上げます」
「いいえ、構いません」
アタシの言葉に、王妃陛下はそう言って、力なく首を横に振った。
それから
「会うことは、叶いますか?」
「はっ、ただいま」
アタシはそう応じて、背後に待機していた兵に頷く。
兵はそれに目礼し、いったん部屋の外へと出て、すぐに中へと戻ってきた。
その後ろから、王旗が掛けられた棺がゆっくりと運ばれてくる。
棺はそのまま、王妃陛下とアタシの間に、丁寧に安置された。
「王妃陛下」
アタシは、陛下にそうお声掛けする。
「どうされました、バイルエイン様」
「お傍に寄らせてもらうことが叶いましょうか?」
アタシの言葉に、陛下はしばし、迷われる様子を見せた。
チラっと家令に目をやった陛下は、彼に頷かれると
「…どうぞ、いらしてください」
とおっしゃってくださった。
「では、失礼を」
アタシはそう断りを入れてから、手早く剣帯を外してミーアに預け、イスに座られていた陛下に近づく。
そしてその前に傅き直して、手を差し伸べる。
陛下は、恐る恐るアタシの手を取った。
その御手が、震えているのが伝わってきた。
アタシは、そんな陛下の手にほんのわずかに力を込める。
そして、そのままゆっくりと立ち上がり、その御手を引いた。
イスから立ち上がった陛下を支えつつ、棺のところまで手を引いて歩く。
傍まで寄ると、兵の一人が棺の窓をそっと開けた。
アタシの手の中の陛下の御手が、ギュッと強張るのが感じられる。
しかし、ほんの少しして、陛下はふっと、その手のお力を抜かれた。
「…きれいにしていただいておりますね」
王妃陛下は、アタシに目を向けておっしゃった。
アタシは、それに頷いて返す。
「…ご立派な最期にございました」
アタシの言葉に、陛下は
「そうですか…」
と言ってうつむかれた。
そんなとき、バタン、と音が聞こえた。
ハッとして顔を上げると、アタシ達が入ってきたのとは違う扉が開いていて、そこには小さな女の子が息を切らせて立っていた。
「ミリアナーデ」
陛下がそう名を呼ばれる。
そうか、あの子が陛下の…
そう思ったのも束の間、少女は
「父様が帰って来られたと聞きました、母様!」
と声をあげた。
アタシの手の中の王妃陛下の御手に、再び力がこもるのが分かった。
正直に言って、アタシの手にもおんなじくらいに力が入っていたと思う。
見せても、大丈夫だろうか…
アタシはそんな想いで、王妃陛下に視線を送ってしまう。
王妃陛下は、ほんのわずかに唇を噛み締めてから、アタシを見つめ返してくる。
「娘にも、挨拶をさせてかまいませんか?」
その目には、確かな意思が感じられる。
アタシは、静かに息を吸って答えた。
「はっ。御心のままに」
アタシが言うと、王妃陛下はその手を離し、しっかりとした足取りで王女殿下の傍に行き、その体をそっと抱き寄せた。
そして、何かを囁くようにしたあと、そのままゆっくりと棺の方へと手を引かれてやってくる。
王女殿下は、おっかなびっくりといった様子で棺の窓を覗き込み、僅かに表情を強張らせたものの、それからふぅ、と息を吐くと、王妃陛下に縋りつくようにして顔を埋めた。
賢い子だな、と思った。
泣きもせず、混乱もせず…自分の気持ちをもらすこともなく、ただただ、目の前の現実を受け入れたんだ。
ホッと胸を撫でおろしつつ、アタシはチラっとミーアに視線を送る。
ミーアの方も安心したのか、どこか気の抜けたような表情をしていた。
それからすぐ、部屋に侍女が数人現れて、慌てた様子で王女殿下を連れ出して行った。
どこかの誰かが話していたのを聞いたんだろう、それで周囲を振り切って、ここに駆け込んできた、か。
王女殿下を侍女に引き渡した王妃陛下は、改まってアタシの傍に来てそっと礼を取ってくれる。
「夫を、ありがとうございました」
その言葉に、アタシは傅いて答礼だけを返す。
これに関しては、もう他には何もいらないはずだ。
ただ、伝えるべきことはまだある。
「王妃陛下。アタシは、王陛下より御家族の御命をお守りするよう、託されてございます。最終的な判断はオルターニア王家が下すことになりましょうが、できる限り力を尽くす所存にございます」
アタシの言葉に、王妃陛下は頷き、そして
「…ありがとうございます、バイルエイン様。娘のために…何をすればよろしいのでしょう?」
と先を促してくださった。
賢いお方だ、そこまで察してくださるのならありがたい。
それとも、事前に陛下から聞かされていたのだろうか?
それもあるかもしれないな…王妃陛下のお力があれば、ノイマール王国内の貴族に対する掣肘が効きやすい。
それがそのまま、オルターニアの統治に関わってくるし、オルターニア王家が王妃陛下と王女殿下を生かす理由にもなる。
あの王陛下がそこまで見越していたと考えるのは、想像に難くない。
「現在我々は、ノイマール内の各家に、停戦の働き掛けを行っております。まずは、そこにご助力を賜りたく存じます」
アタシの言葉に、王妃陛下は頷くと、わざわざ腰を屈めてアタシに手を差し出してきた。
アタシがその手を取ると、軽く腕を引きつつ、アタシを立ち上がらせる。
そして、もう一方の手もアタシの手に添えて、王妃陛下はおっしゃった。
「では…これから、よろしくお願いいたします」
「はい、アタシの方こそ」
アタシも王妃陛下のお言葉にそう応じつつ、もう一方の手を添えて力を込めた。




