ノイマール王都外決戦
「敵軍の出撃を確認!」
「報告!敵は横陣!前面に歩兵隊!」
「左翼端に重装歩兵の一団見ゆ!」
「右翼、弩弓隊と思しき影!」
前を行く戦陣から、ありとあらゆる報告が飛んでくる。
敵が西門から出撃しつつある、との報告があったのは、ほんの半刻程前。
そこから間もなく、敵は王都を背にする形で陣を組み、そのままこちら目掛けて前進してきていた。
想像していたよりも、敵の動きが早かった。
こちらが西に回り込みきる前に動かれた形にはなったけど、それでも西側に背を向けさせないという目標は成功している。
状況は悪くないだろう…たぶん。
ただ、逃げ道を絶った分、向こうが死兵化する恐れが高まったとも言える。
戦力にはあまり差がないから、そう言う展開にならないことを祈るばかりだ。
「伝令、各隊!戦鐘の音を合図に停止、隊列を整えさせろ!」
「はっ!」
アレクの指示に、伝令が走る。
そのまま突っ込む、なんて真似をアレクがするはずがない。
ここで敵を待つつもりもないだろうから、足並みを揃えて落ち着いて接敵させるに違いない。
ほどなくしてガーン、ガーンと戦鐘が響き渡る。
前を行く陣が一斉に停止し、敵に向かって位置を整え始めるために僅かずつ移動し始めたのがわかった。
「嫌な配置ですな」
不意に、子爵様がそうこぼすのが聞こえた。
「そうなんでしょうか?」
「はっ、左翼に重装歩兵、右翼側に弩弓兵が見られるということは、おそらく斜線陣を敷いて来るものと思います」
「なるほど、斜線陣…」
斜線陣ってのは、あれだ。
厚みを持たせた重装歩兵で攻めつつ、中央や反対側の翼端はできるだけ接敵を避けるって戦術を取る…はずだ。
「こちらが機動部隊であることが見透かされているのでしょう。こちらに重装歩兵部隊が居ないと見て、重装歩兵をぶつけてくる腹積もりかと」
そう言うことか…確かに、硬い隊列を組んだ重装歩兵に対抗するには、同じ重装歩兵をあてがうか、重装歩兵の苦手な右側面からの攻撃を掛けるってのが常策だったはずだ。
こっちに重装歩兵が居ないと分かれば、対策が取りづらい布陣で挑んだ方が有利だと考えたんだな。
「まずいんでしょうか?」
「いえ、やりづらくはありますが、どうということもないかと。重装歩兵の数はそう多くないと見ます。重装歩兵の厚みが足りなければこちらの戦陣を破れませんから、斜線陣の効果が得られません」
「そういうものですか」
「そういうものですな」
アタシの反応に、子爵様はそう言って少し笑みを浮かべた。
「野戦は苦手とうかがっておりましたが、そのようで」
「はい、正直、分かりません…規則というか、常道というか、そういうことがものを言う戦い方だと思いますので…」
「まぁ、そうですな。頭上から木材や岩を転がすわけにも参りませんし」
「そうなんですよねえ」
アタシのぼやきが可笑しかったらしい。
子爵様はいよいよ、声をあげて笑い出す。
「あれほどの策が取れるのです、“ティア様”にもいずれ分かるようになるのでは?」
「いえ、アタシはやりたいと思わないです、“おじさま”」
「やりたくない、と?」
「野戦ってのは兵の死を前提にした戦い方です」
そうなんだ。
それは親父殿に総指揮官に任じられて分かったことの数少ない中の一つ。
たぶん、アタシが野戦ができないのは、そこなんだと思ってる。
窪地や谷間に敵をおびき寄せて火を放つのもそう。
防備を固めた町に敵を引き付け、少しずつ削るのもそう。
山頂を取って攻撃を迫るのもそう。
騎馬突撃で指揮官を狙うのも…たぶん、一騎打ちで勝敗を決めようとするのも、同じだ。
無駄に兵を死なせなくて済む。
天秤に載せる命の数なんて、少なければ少ないほど良い。
その発想が、野戦でも…たぶん、ハイラでも同じなんだ。
兵が死なないように差配したくなる。
相手に駒を取られないように動かしたくなる。
結果的に、だいたいの場合で受け手になるか、戦線を維持できなくなって崩壊する…それが、野戦とハイラにおけるアタシの負け方だ。
……まぁ、野戦に関しては盤上演習と用兵演習でしたやったことないけど。
「山の上で攻撃を準備しつつ、前面に兵を押し出して圧を掛ける。そのうえで、相手の立場に立って寝返りを促す…アタシは、ああいう方法が好きです」
「……兵があなたに付いて行くはずですな」
「ただ、怖いと思うだけです」
アタシの言葉に、子爵様はまた笑った。
まぁ、そんな話は、今は終わりにしておこう。
「……斜線陣は、それなりの練度と経験が必要と聞きます。敵の部隊は、それなりに強敵と思いますが」
「そうですな…少なくとも、この状況で未だに崩れておりません。忠誠の程も低くはないでしょう」
そうこぼした子爵様の表情は冴えない。
あぁ、この話は良くないな。
「……アタシの出番はどうなりましょうね?」
話題を変えたくて、アタシは小声でそう尋ねてみる。
すると子爵様も考える様な仕草をしてから声を潜め、
「右翼…後退翼側の陣を乱すため、になるかもしれませんな」
「なるほど…」
子爵様の言葉にアタシはそう応じる。
まぁ、前に出るならそこだよな。
出られれば、の話ではあるけど。
不意に、ガーン、ガーンと再び戦鐘が鳴り始めた。
同時に、前列の戦陣がゆっくりと全身を開始する。
アタシは思い切り息を吐きだして、詰まりそうな胸に空気を通した。
剣の留め紐を解き、馬の体の横に下げた槍の留め具も確かめる。
後ろで纏めていた髪留めを外して、改めて髪を束ね直していたら、ふと、サリアの顔が思い出された。
あいつ、元気かな?
ケガが良くなってると良いけど…悪化して、熱病とかに罹ってなんかしないよな?
帰ったら見舞いに行ってやろう、きっと喜ぶ。
そう思ったら、頭の中のサリアが嬉しそうにはしゃいだような気がして、思わず体の力が抜けた。
頭の中に出て来るだけでこれほど効果があるなんて、あいつはアタシを和ませることにかけては天才的だな。
ケガの具合にも依るけど、復帰できそうなら傍に置いてやるのも悪くないな。
そんなことを考えながら、アタシは震える指先を握り込み、手綱を握って馬の腹を軽く蹴った。
一歩一歩、ゆっくりと前に進む。
その先の、戦場に向かって。
* * *
半刻後。
アタシ達の部隊は、王都から出撃した守備隊と一町ほどの距離を置いて対峙していた。
先ほどから伝令が行き交い、最終確認とその報告が飛び交っている。
「ハルラド隊より!準備完了の報!」
「承知した、合図まで待て」
「バーナット様より、装備点検完了とのこと!いつでも始められます!」
「よし、備えるように伝えてくれ」
「右翼騎馬隊ケトヴィン隊より位置に着いた旨の伝令!」
「合図後は任意で動くよう念を押してくれ」
ただ、アタシがやらなきゃいけないことは一切ない。
全部、アレクが隙も無駄もない対応をして捌いている。
おかげで、緊張ばかりが募ってしまう。
飾りの大将だってことで落ち込んだりはしないが、これはこれで辛いものがある。
なんて思っていたのに、不意に伝令達からの報告を聞いていたアレクが、
「ティア」
と言いながらアタシの背に手を置いてくる。
「準備が済んだ。始めるぞ」
そう言ったアレクは、アタシの目をジッと見据えて来る。
えと…なんだ?
何すれば良い…?
「鬨を」
混乱していたアタシに、アレクが端的に言った。
あぁ、そう言うことか。
アタシはグッと息を飲んだ。
これから出すアタシの言葉を受けて兵達が死ぬ。
もう、それを気負うことはないだろう。
でも、たぶん忘れることもない。
アタシは胸いっぱいに息を吸い込んだ。
「ノイマールに平和と自由を!」
アタシは声の限りにそう叫んだ。
周囲を固める直掩隊が、アタシの言葉に答える。
「「ノイマールに平和と自由を!!!」」
さらにその声が、唸る風のようにして前列の兵達に伝わっていく。
「「ノイマールに平和と自由を!!!」」
何度も繰り返されるその猛声に、胸の奥が熱く滾って、背筋がぶるっと震えた。
「前進開始!敵部隊を撃破せよ!」
「全隊前進!合図を鳴らせ!」
アタシの言葉に、アレクが答えた。
それを受け、戦鐘がガンガンと高らかに鳴らされる。
「「おぉぉぉっ!!!」」
空気を揺らす応声が響いて、部隊が前進を開始する。
前線から二町ほどの後方で、アタシはその姿を見ていることしかできない。
直後に、少し遠くの方からも、鬨の雄叫びが聞こえて来た。
向こうも来るか。
アタシはギュッと拳を握り、大きく息を吸って、吐いた。
ほどなくして本陣に伝令が駆け込んで来る
「左翼が敵重装歩兵隊と接敵!」
「よし。無理に押すなと伝えろ」
「はっ!」
伝令が、アレクの指示を聞いて再び本陣から飛び出していく。
しかし、右翼側からの伝令はまだ来ない。
これはやはり子爵様の読み通り、ってことなのか…?
「やはり、斜線陣なのでしょうか?」
「そのようですな…さて、どう対応するか…」
アタシが聞くと、子爵様はそう言ってアレクに視線を投げる。
そのアレクは、特に動じた様子はなかった。
動きもなければ、伝令も飛ばさない。
妙だな…斜線陣に対応しないのか?
「……子爵様、どういう状況で?」
「こちらの後列の弩弓隊が、敵左翼に曲射を集中させていますな…接敵を遅らせている右翼よりも前に、左翼に打撃を与えるつもりだと思います」
そう言えば、重装歩兵の数はそれほどでもない、って言ってたな。
普通の斜線陣なら左翼の重装歩兵隊を厚くしてくるはずだ。
でも、今回はそれが不十分…そのことを、アレクはしっかりと認識してる。
だから、あえて右翼を追ったりせず、厚みの足りない主力側を叩こうとしている……って理解で良さそうだ。
不意に、また伝令が駆けて来た。
「中央のバーナット様隊が接敵!敵はかなり押してきています!」
「分かった。堪えるように伝えてくれ。伝令!二人だ!」
その伝令を聞くなり、アレクが別の伝令役を呼び出した。
「伝令、右翼歩兵隊へ。前進して接敵を試みよ」
「はっ」
「伝令、右翼騎馬隊へ。右翼歩兵隊の前進を援護」
「ははっ」
そう指示を受けた伝令達が、馬に跨って本陣を飛び出した。
中央のバーナット達が接敵した、ってことは、敵が兵を前に出してきたってことだよな…
それに対して、中央で堪えつつ、右翼側を前進させた、ってことは…
「敵を分断するつもり、でしょうか?」
「そう思われます。前進してきた中央に対して、右翼端はまだ後方にいるはず。ここで押し込めれば、右翼端を切り離せるやもしれません」
それを聞いて、アタシははぁ、とため息を吐いてしまった。
やっぱり、アレクはすごいな。
そんなことを瞬時に見極めて、飛ばす指示まで考えてるんだ。
「伝令!伝令です!」
「どこからだ?」
「左翼歩兵隊より!敵の攻撃、苛烈!こちらは後退しつつあり!」
それを聞いて、アタシは息を飲んだ。
押されてる…?
重装歩兵の圧力に耐えられなかったのか…!?
「引いていなすよう伝えてくれ。伝令!」
それを聞いたアレクは、すかさず伝令を呼び出した。
「左翼騎馬隊へ。敵重装歩兵の前進を牽制せよ」
「はっ!」
駆け出した伝令を見送ることなく前線に目を向けたアレクの横顔を見て、アタシはハッとした。
微かに色が見える。
焦り…?
苛立ち…?
いや、違う…何か分からないけど、アレクが何かを感じている。
そのことに、アタシは全身に寒気立つような感覚を覚えた。
「伝令、中央、バーナット隊より!中央の敵を押し返しつつありとのこと!」
「よくやった、深追いしないよう留意するよう念を押せ」
「はっ!」
今度はバーナットのところからか。
何とか踏みとどまってくれたらしい。
そうホッとしたのも束の間のことだった。
少しして、また別の伝令が駆け込んで来る。
「中央、バーナット隊より!右翼の前進に引きずられて前進中!指示を乞うとのこと!」
なんだ?
どういうことだ…?
いったい、何がどうしてそうなってる!?
バーナットは兵の統制を失うような指揮官じゃない…何かあったか!?
「これは…やられましたな」
子爵様が、そうこぼした。
「どういうことでしょう…?」
「敵中央の前進に対して、後方に残っていた敵右翼を分断するためにこちらの右翼は前進しておりました。その戦列を孤立させないよう、前進するしかなかったのかと」
そうか、前に出た右翼に合わせて、兵を前に出さなきゃいけなかった、ってことか…
けど…それだと、どうなるんだ…?
「左翼を意識して前進継続、右翼を下げさせるまで堪えよ!伝令!」
バーナットのところから来た伝令に指示を出し、さらにアレクがそう叫んだ。
駆け寄った伝令に、アレクが声をあげる。
「右翼へ!深追いは禁ずる!中央と足並みを合わせろ!」
「はっ!」
「子爵様、まずいのでしょうか?」
「かなり引きずられています…良くないかもしれません、こちらの戦陣が引き延ばされている…」
子爵様の表情に、緊張が見えた。
まさか、と思った。
敵とこっちに兵力差はほとんどなかった。
重装歩兵の有無はあったけど、戦力的にも大きな不利を負ってるわけでもなかった。
それでも、アレクが用兵で後手に回っている。
これはノイマール王の手腕なのか…?
だとしたら…なんてやつなんだ…!
アタシから見ても、戦陣がかなり乱れているのが分かる。
左翼側は最初の位置からはあまり変わってないけど、中央と右翼側は、かなり前進してしまっていた。
横一列に並んでたはずなのに、今はもう、全体が大きく斜めになってしまってるんだ。
アタシはアレクに視線を向ける。
その表情を見て、アタシは思わず息を飲んだ。
アレクは怒っていた。
眉を吊り上げ、目を細め、額に深い皺をよせ、歯を固く食いしばり、肩を微かにいからせ、両の手も硬く握られている。
その姿に、その怒気に、アタシは胸がいっぱいになった。
全身が寒気立ち、ブルブルと震え出す。
恐怖でも、不安でもない…でも強烈な何かが、胸の奥から溢れだしていた。
得体の知れないその感情が、アタシの全身を支配する。
「くそっ!!!」
アレクがそう吐いた。
そして次の瞬間、全身をひどく強張らせる。
おい、ちょっと待て、まさか…ここで、こんな状況でじゃないだろうな…!?
アタシはそんなことが頭を過って、咄嗟に身構える。
しかし、そんなアレクはそれまで前線に向けていた視線をバッとアタシに向けて来た。
そして駆け寄ってくるやいなや、アタシの両腕を乱暴に掴む。
「すまん……ティア。こんなことは…お前を行かせるなんてイヤなんだが、頼む…」
アレクは、怒りをにじませたまま、それでも目に涙を浮かべていた。
アレクの両手に痛いほどの力が込もって、それから絞り出すような声で言う。
「騎馬隊を率いて、右翼の敵を崩してきて欲しい……」
また、全身が震えた。
そしてアタシは、それが悦びだったんだと自覚する。
ヒルダナ男爵のところでは、拒絶された。
ホットワインを一緒に飲んだ夜は、漏れ出た本音を聞けただけだった。
でも今、アタシはやっと、剥き出しになったアレクを、真正面からぶつけてもらえたんだ。
アタシはアレクの手を振り払い、代わりに両手で頬に触れる。
彼女の目をジッと見て、アタシは言った。
「やってくる、アレク。あとは任せるぞ」
アタシはアレクに背を向けて怒鳴る。
「ジーマ!」
「はっ!」
「右翼の騎馬隊と合流して敵の右翼を崩す、付き合うか?」
「お供します!」
「直掩の指揮はマーノンに引き継げ」
「はっ!」
そう言って駆け出したジーマを見送らず、アタシは馬へと駆け寄った。
「ティア!」
そこにミーアが駆けて来る。
「気を付けて」
「あぁ、騎馬突撃なら任せろ」
「そのあとも」
「うん、大丈夫」
そう答えたアタシの手を、ミーアがギュッと握ってくる。
まったく、しょうがないな。ミーア姉様は。
そんなことを思いながら、アタシはミーアの頭を撫でてやる。
「ミーア、子爵様を頼む。ベアトリスにも、子爵様を支えるように言ってやってくれ」
「うん、分かった」
返事を聞いて、アタシは馬に跨った。
そこに、騎乗したジーマもやってくる。
「ご武運を!」
「ありがとうミーア、そっちもな!」
そう言葉を交わして、アタシは馬の腹を蹴った。
ジーマと馬を並べつつ、アタシ達は味方の右翼を目指して風を切る。
「ジーマ!」
「はっ!」
「分かっているな!?」
「はい、もちろんっ!」
アタシの言葉に、ジーマは余計なことを何一つ言わずにそう応じる。
その様子に、背中を押されるような力強さを覚えた。
「ケトヴィンと合流したら隊を二分する!指揮を執れ!」
「はっ!」
そんな確認だけをして、アタシ達は戦場を駆ける。
やがて視界には、横陣の右翼端が見えて来た。
さらにその向こうに、敵陣目掛けて機動している騎馬隊がいた。
アタシは胸元から首に提げていた金属製の呼子笛を咥えて吹き鳴らす。
息を吹き込むたびに、空気を切り裂くような高い音が鳴り響く。
ほどなくして、前方に見えていた騎馬隊が進路を変え、一時的に前線を離脱してきた。
アタシとジーマは手綱を引いて、その騎馬隊へと駆け寄っていく。
「ティアニーダ様!」
騎馬隊の士官、百人長のケトヴィンが騎馬集団の中から現れた。
アタシとジーマは部隊に並走できるよう、馬の位置を合わせる。
「ケトヴィン、隊を分けるぞ!」
「はっ!どう動きますか!?」
「そっちは引き続き牽制と歩兵隊の援護を続けてくれ!アタシとジーマで、敵陣を切り崩す!」
「はっ、了解しました!第一から第三隊は俺に続け!第四から第六隊は、ティアニーダ様の直下だ!」
「「おおぉっ!」」
そう低い応えと共に、ケトヴィンを先頭にした騎馬群が離れていく。
半分は、アタシとジーマの周囲に集まった。
もともとは一隊につき五十騎。
各隊ともすでに何人か欠けているだろうし、明らかに負傷している者もいる。
馬も息が上がっているようだから、あまり無理はできそうにないな。
アタシは隊の状況を確認して、その中の一人に声を掛ける。
「ザナック!」
「はっ!」
「第四隊だったっけか?」
「はっ、そうであります!」
「よし、アタシとジーマで第五隊、第六隊を率いて敵陣を裂く!お前の隊で、切り離した敵を潰してくれ!」
「はっ!承知しました!」
「アタシらが敵を攻める間でだけで良い、速度を緩めて馬を休ませろ!」
「はっ!」
そう応じて、ザナックは配下に指示を飛ばし、アタシとジーマから離れていく。
「ジーマ、第五隊を率いて支援を頼む!あとで交代するから、そっちも馬を休ませろ!」
「はっ!」
「第六隊、アタシに続け!敵を分断する!」
「「おおぉぉっ!!!」」
打ち合わせを終えて、アタシとジーマもそれぞれの隊を率いて分かれる。
「ルーシア、先駆けは任せる!」
「了解しました!」
第六隊の十人長、ルーシアが隊の先頭に立った。
それを確認しつつ、アタシは鐙に足を突っ張って立ち上がる。
周囲を広く見てジーマ隊の位置を確かめると、左方を速足で敵陣の方へと向かっていた。
囮…いや、牽制だな。
「ルーシア!敵の側面から背後へ!」
「はっ!」
先頭のルーシアが僅かに右へ機動し、弧を描くようにして敵の側面へ回り込む。
敵は右正面から接近するジーマ隊に気を取られていて、こちらの機動には気付いていない。
行けるな…!
「皆、声はあげるな!背後から一点突破だ!」
アタシはそう言いながら槍を手にして掲げ見せる。
皆は返事もせずに、一斉に馬の脇に下がっていた槍を取り小脇に構えた。
こっちの右翼から微妙に距離を取りつつ後退を続ける敵陣の正面に、ジーマが接近していく。
ルーシアは落ち着いた様子で、敵陣の背後に馬の首を向けた。
「ティア様、行きます!」
「よし、頼んだ!」
アタシの言葉に、ルーシアは身をかがめて槍を脇に構える。
二町……一町……っ!
敵の後陣がこちらの接近に気付いた、でも、遅いっ!
敵の驚愕した顔と、連なる馬の蹄の音で、頭の中が静寂に包まれた。
アタシはその瞬間、ギュッと槍を握りこんだ。
「声を上げろ、突っ込め!!!」
「「おおぉぉっ!!!」」
アタシの声にそう応じた隊員達が、一斉に声をあげる。
ほとんど同時に敵陣にルーシアが突っ込み、さらに後続がそれに続いた。
敵陣の歩兵は馬に吹き飛ばされ、槍で突き、斬り伏せられていく。
アタシは隊の後方で、さらに周囲を確かめた。
周囲の敵陣は崩れかかり、後退する足を止めてこっちに対応しようとしている。
数では到底かなわない。
このまま囲まれては、こっちが危険だ。
でも、アタシは少しも慌てなかった。
視界の端には、先ほど分かれたザナックの隊が見えていたからだ。
「怯むな!囲め!」
「数は少ないぞ、落ち着け!」
「それぞれで隊伍を組め!」
そう喚く敵の背後から、ザナック隊が突き掛かった。
敵はさらに混乱し、陣を乱して駆け出す者も出始める。
「いまだ!突っ込めっ!」
「押し崩せっ!」
そこに、前進してきた歩兵部隊が接触した。
アタシ達の突撃で崩された敵陣は、その勢いに散り散りになって逃げ始める。
「逃げる兵は追うな!すぐに味方の援護に回れ!」
アタシはそう叫びつつ馬の手綱を引く。
こうして端から崩して行けば、右翼から押し込めるはずだ。
「ティア様、次は我々が!」
「よし、こっちはこのまま翼端から行く!」
「了解!」
「歩兵隊!騎馬隊が先導する、続いて敵陣側面を叩くぞ!」
歩兵部隊にそう叫んで、アタシは馬の腹を蹴る。
「ルーシア!敵側面だ!」
「はっ!」
逃げる敵兵を躱し、あるいは跳ね飛ばしながら、アタシ達は機動を変えて、敵陣の側面に迫る。
さすがに右翼端がやられたのが見えていたらしく、敵陣は後陣をこっちに向かって横に展開し、側面からの攻撃に備えようとし始めた。
「鬨をあげろ!」
アタシの声に合わせて、怒号にも似た雄叫びに空気が震える。
その勢いに気圧されたのか、敵陣はこっちに向かって槍を構えた。
でも、今度の本命はアタシ達じゃない。
次の瞬間、視界に入ってきたジーマ隊が、激しく蹄の音をさせながら陣の後方から突っ込む。
その勢いに、敵陣は引き裂かれた。
「掛かれ!」
アタシの号令に、ルーシアは速力を上げて敵陣側面に突っ込んで行く。
さらに後方からの歩兵隊が追いつき、混乱する敵を押し崩した。
味方は、勢いを取り戻しつつある。
接敵を避けて徐々に後退していた敵の右翼に、こっちの右翼が追いついた。
アタシ達が崩した右翼端を歩兵隊が食い破り、さらに敵陣を横から襲っている。
正面と横から攻撃を加えられ、敵がみるみる崩れていくのが分かった。
「ジーマ、ルーシア!少し離れて状況を見る!」
「はっ!」
「分かりました!」
「ケトヴィン、そっちもだ!距離を取れ!馬を少しでも休ませろ!」
「はっ、了解です!」
アタシ達はいったん敵陣から一町ほどの距離を取り、馬を休ませつつ戦況を確かめる。
既に、敵味方の陣形は、戦いが始まったときとは大きく位置が変わっている。
右翼側が後退を繰り返し、さらにこっちが追撃を掛けたことで崩れ始め、左翼端の重装歩兵隊を起点に回転するみたいに角度が変わっていた。
始まるまでは王都を背にしていたはずの敵が、今はなんにもない西側を背にする形になっている。
そんなことを考えて、アタシはハッとした。
あぁ、そうか…狙いは、それか…!
「ジーマ!」
アタシは声を張って、ジーマの傍へと馬を向ける。
「はっ、ティア様」
「あとは頼む」
「……っ!分かりました、あちらはお任せください」
アタシの言葉に息を飲んだジーマは、緊張した面持ちながらもそう言って首肯してくれた。
アタシは、そんなジーマの肩をポンっと叩く。
「あんたが居てくれて助かった」
そうとだけ伝えて、アタシは馬を歩かせつつ声を張る。
「ルーシア、以後はジーマの指揮下に入れ!」
「はっ…しかし、ティア様は?」
「アタシはちょっと用事がある」
「……はぁ、分かりました」
アタシの言葉に、ルーシアは不思議そうな顔をしつつもそう応じた。
そんなルーシアに苦笑いを浮かべつつ、アタシはもう一度戦場に視線を投げた。
こっちの陣が、敵を押しまくっている。
すでに右翼だけじゃなく、中央の方でも後方に逃げ去ろうとする兵が出始めていた。
敵は、これを狙ったんだ。
王都を背にしていたら、退路は王都の中にしかなかった。
でも、陣の角度が変わった今なら、西への逃走路が開ける。
これは王の策か?
それとも、傍付きの誰かの策か?
何にしても上手いことやるもんだ、あのアレクを相手にしながら…
敵陣はもう、古いパンみたいな状況だ。
こっちの陣がうごめくたびに、ボロボロと崩れるように兵が逃げ出していく。
少し離れたところで、
「「おおぉぉっ!!!」」
と歓声が上がったのが聞こえた。
目を向けると、バイルエイン家の部隊が中央を食い破ったらしい様子が映った。
アタシは、胸の高鳴りを抑え、乱れそうになる呼吸を必死で整えながら、手綱を握りしめる。
そして、その瞬間が分かった。
中央に空いた敵陣の穴から、別の部隊が前線に繰り出した。
騎馬兵が数名と、そして、その周囲を歩兵隊が固めている。
歩兵の兵装は、剣のような鉄色。
バイルエインの部隊じゃない。
あれは、子爵様のところの解放軍の部隊だ。
アタシは馬の腹を蹴った。
風の音に混じってジーマの
「ご武運を!」
という声が聞こえてくる。
アタシはそれに拳を突き上げて答え、敵陣を突破して前進する部隊の進路に馬首を向けた。
横目で部隊を見たアタシは、ギュッと胸が締め付けられる。
その中央に、怒りと憎悪に顔を歪ませたアレクの姿を認めたからだった。




