瞳の先
一刻後、アタシは会議用の大型天幕の中にいた。
厚手の毛布を羽織って、少し震えながら折り畳みのイスに腰かけている。
大きな天幕はさすがに携帯用の暖炉でもなかなか温まらない。
この広さなら、二、三台は必要そうだ。
今後のことを考えて、うちの私兵団にもまとまった数を用意しとくように進言した方が良いかもな…
あぁ、いやでも、オルターニアはそうそう外に兵を出す国でもないから必要ないか。
戦訓として、バーナットに報告させて語り継いでもらうくらいがちょうどいいか。
寒いのを紛らわそうとして、そんなどうでも良い思考を回しているうちに、パラパラと士官たちが姿を現し始める。
みんな丁寧にアタシに挨拶をしようとするんだけど、そのたんびに寒いから無用にしようと声を掛けていた。
「ティアニーダ様、少々よろしいですか?」
そんなアタシに、ついさっき天幕に現れたバーナットが何やら話しかけて来る。
「どうした?」
「席次のことで…私はティアニーダ様の隣りに座るのが常ではあると承知のうえなのですが…」
そこまで聞けば、何を言いたいかなんてすぐわかる。
「携帯用の暖炉の傍がいいんだろ?」
アタシが一瞥して言うと、バーナットはガハハと笑った。
「これは、お見通しですな」
「本来座る筈だった士官に恨まれても知らないぞ?」
「ははは、老い先短いですからな、皆許してくれましょう」
よく言うよ、見かけは老けて見えるけど、親父殿より若いくせに…
アタシはそんなことを思いながらも笑ってしまう。
…バーナットなりの気遣いだと思っておこう。
「仕方ない、席次は気にしなくていい」
アタシがそう許可すると、バーナットはホクホクした表情を浮かべて携帯用の暖炉の傍の席に腰を下ろした。
それと入れ替わるように、アレクが天幕に入ってくるなりアタシの方へとやって来た。
「寒そうだな」
「アレクは平気なのか?」
「…そうだな、それほど寒さは感じてない」
「そっか…うらやましい」
アタシはそう返して身を震わせる。
そんなアタシに、アレクは何かを手渡して来た。
見れば、手の平に収まるくらいの布の小袋が握られている。
「温石だ。温めてあるから、鼻に当てておけ」
「…鼻より懐に入れるんじゃダメかな?」
「鼻の霜腫れを治すのが先だ」
そう言われたアタシはありがたく温石の入った小袋を受け取って鼻に宛がう。
ほとんど感覚がなかった鼻先が、熱に溶かされてジンジンと感覚を取り戻し始めた。
アレクはそのまま、バーナットが座るはずだったアタシのすぐ隣に腰を下ろす。
何をしゃべるでもなく、何をするでもなく、ただただそこに座ってジッとしていた。
…いや、違う。
アタシはアレクの視線を追って、気付いた。
彼女の視線は、目の前のテーブルに置かれた絵図に注がれている。
アレクが見つめているのは、王都の記号と文字が書かれた箇所だ。
その瞳は、さっき天幕で見たときと同じように、微かに揺れていた。
そんなアレクの頭を撫でたい衝動に駆られたけど、そこは我慢した。
流石にこれだけ士官たちが居る前ではまずいだろう。
アレクが抱き着いてきたら困るし、な。
そうこうしているうちに、ノーフォート子爵ことおじさまをはじめとする解放軍の士官達、寝返ったハルラド男爵達とその配下の士官、エリクにベアトリスら、うちの士官も顔をそろえた。
ミーアが天幕に入って来たのは、ちょうどそんなころだ。
「ティアニーダ様、遅くなり申し訳ありません」
「いや、ちょうど良かった。今、全員揃ったところだ」
アタシが声を掛けてやると、ミーアは少し、ホッとしたような表情を見せる。
それからキュッと顔を引き締めると、
「先ほど確定の情報が取れました」
と報告してくれる。
よし…それなら、始めようか。
「よし、では軍議を始めよう。まずはミーア、頼む」
アタシはひとまず、そうミーアに話を振った。
それに頷いたミーアは、懐から取り出した皮紙を広げて報告を始める。
「まず、王都に残っている軍勢ですが、おおよそ七千程であると思われます。構成は、国軍五千と、北部地域の貴族家三家の私兵団合わせて二千です。ただ、王城にはまだ近衛師団が残っていると思われ、この戦力が五百から六百程になる可能性があります」
多くて、八千、といったところか。
こっちは合計で六千弱…まぁ、用兵次第でなんとかなる数字ではある。
ただ、それは野戦なら、の話だ。
あの防壁の中に閉じこもられると、ちょっと厄介なことになりかねない。
しかし、そう思ったアタシの耳に聞こえて来たのは、バーナットの声だった。
「なるほど…では、籠城はありませんな」
その言葉に、何人かは頷き、もう何人かは首を傾げ、中には怪訝な顔をする者もいる。
アタシもその一人だ。
「どうしてそう言い切れる?」
「あの王都はかなり大きいと見ます。七千や八千では、全ての箇所を守り切れません」
「手が足りないとみるか」
アタシの言葉に、バーナットは頷いた。
「王都の構造を聞き取りましたが…」
そう言いながら立ち上がったバーナットは、絵図上の王都に、黒い駒と白い駒を並べていく。
「おおよそ、大門はこの黒駒の位置、防衛点はこの辺りの城駒と考えてよろしいかと。七千から八千となると、一か所に付き五百が限度でしょう。こちらが兵を集中運用すれば、大門の突破はそう難しくはありません」
その言葉に、ほぅっという感嘆があちこちから鳴った。
けど、本当にそうか…?
「ミーア、王都の人口は?」
アタシが人口を聞いた意味をミーアはすぐに感じ取ったらしい。
「……こっ、これは戦争開始前の情報になりますが……およそ七万程…と見ています」
そう声を詰まらせながら報告してくれた。
七万、か。
かなり怖い数字だよな。
追い詰められれば何をしてくるか分からない。
そういう手を打つのが、王なのか、それとも他のやつなのかは分からないけど…
「ミーア殿の情報に相違ない。少なくとも、半年前まではその程度はいたはずです」
そう声をあげたのはハルラド男爵だ。
彼は…まだ、その可能性について、思い至っていないのかもしれない。
「……市民兵、ですか」
そう声をあげたのは、ジーマだった。
アタシはジーマに頷いて返す。
「あり得ないと言い切れるかな?」
アタシは、誰に言うでもなくそう零す。
皆が、ぐっと押し黙った。
「いや、あり得ない」
そう声をあげたのは、アレクだった。
声も、表情にも変化はない。
一見すれば淡々とした様子だ。
その揺れる瞳以外は…。
「理由は?」
「それだけの兵を徴用する力はない」
「王に、ってことか?」
「いや、八千の兵にだ」
アタシの言葉に、アレクは瞳を揺らしながら答える。
「市民を徴用するなら、脅すか、煽るかをする必要があるだろう。しかし、八千の兵で何万もの市民を脅しきれない。下手をすれ市民が蜂起して兵が数で押し負ける」
「煽る手はどうだ?オルターニアが仕返しに来た、皆殺しにされるぞ、とか」
「ノイマールの市民なら皆、誰が嘘を吐くかを知っている」
アレクの言葉は、力強くも、切実でもなかった。
ただ、一切の迷いもなかった。
「アレクシア様の意見はごもっともかと」
今度は、ミコスト男爵がそう言いながら手をあげた。
「ノイマールの市民の多くは、軍事力拡大のための犠牲を強いられてきました。そのうえ、現在は国内のあちこちで物資が不足しています。王政に対する反感はかなり強いと思います」
「…それなれば、“夜鷹”に扇動させてみる、というのも手ではありませんか?」
バーナットが、少し間を置いてそう発言し、チラっとアタシに視線を送って来た。
本当に気が利く男だ。
「その策は絶対に取らない。そんなことをすれば、あの防壁内は悲惨なことになりかねないからな…市民は守るべき対象だ、兵でもなければ駒でもない」
自分で言って、ちょっと胸が痛む。
だけど、マーランのときとは根本的に方向が違うから、と自分の中で無理矢理に折り合いをつけた。
アタシの言葉に、バーナットは謝意を示すように頭をさげた。
他の誰かが発言する前に、自分が言って叱られておこうとでも思ったんだろう。
あとで、礼を言ってやらないとな。
「ノーフォート様。どう思われますか?」
アタシは、おじさま…ノーフォート子爵様にそう話を振ってみる。
子爵様はアタシの目を見て頷かれた。
「娘や、ミコスト男爵様の言葉の通りかと。下手に煽ろうものなら、脅すのと同じ結果になるでしょうな」
なるほど…だとすれば、やはりアレクやバーナットの言うように、籠城はない、か。
「野戦になるな」
アタシが言うと、
「そうでしょうな」
とノーフォート子爵様が相槌を打ってくださった。
アタシは子爵様に頷いて返し、アレクに視線を向ける。
「アレク、どう出て来ると思う?」
「西門を使うだろう」
アタシの言葉に、アレクはすぐさま反応した。
「野戦を選択するなら、南から迫るこちらの正面に出るより、東か西に出てこちらの側面を狙うように動く方が有利を取りやすい。東は背後に防衛拠点のハズランを背負えるが、そちらはバイルエイン伯様が攻勢を掛けている。ハズランが陥落すれば前後を挟まれる形となって逃げ場がなくなる。だから西だ。こちらの側面を突けるうえ、劣勢になっても西方に逃げ場がある」
アレクは相変わらず淡々とした口調で…そして一息も付かずにそう説明する。
その視線は、絵図の一点に注がれていた。
……アレクの話の中身に関しては、自然だと思う。
アタシとしては東に出る可能性も捨てきれないとは思うけど、アレクの言うことはもっともだ。
まともな判断なら、東には出づらいだろう。
「野戦となれば、陣はどのように?」
士官のソランがそうアレクに声を掛ける。
アレクは、アタシに確認は取らずに反応した。
「中央に歩兵隊の横陣を敷く。その後背に弩弓隊を配して、曲射で矢を降らして敵を削ぐ。
騎馬隊は両側に置いて、敵の側面をうかがうように動く牽制役とする。敵の反応が鈍いようなら突き掛かっても良い」
手堅いよな。
少なくとも、そう簡単には負けそうにはない陣容だ。
まぁ、アタシが用兵やったらすぐに崩れちゃいそうだけど、そこはアレクの役目だ。
「良いと思いますな」
「私も賛成です」
「良き案かと存じます」
方々からそう声が上がる。
さて…やっぱり、ここだろうか。
アタシは、一瞬、そう逡巡する。
宙を泳がせていた視線がミーアとぶつかった。
ミーアが小さく、アタシに頷いてみせる。
そうだな、やっぱ、ここだよな。
アタシはそっと息を吸って言った。
「だが、敵は追い詰められてる…何をしてくるか分かんないところはあるよな」
アタシの言葉に、一瞬、天幕の中が沈黙に包まれる。
それでもアタシは構わず続ける。
「相手が死兵になると厄介だ…どこかの突撃バカみたいに、こっちを狙ってひたすら突撃を繰り返してくるようなことだって起こるんじゃないのか?」
そう言ってアタシはチラっとアレクに視線を送る。
アレクは瞳を揺らしながら、静かに言った。
「可能性はあるだろう。だが、対応できる範囲だ」
アレクなら、本当に難なく対応してしまいそうだから怖い。
いや、むしろ好機と思うかもしれないな…
そんなことを考えていたら、不意に
「その点に関しては、警戒しておいた方がよろしいかと存じます」
とノーフォート子爵様が声をあげてくださった。
アタシは子爵様に頷いて返す。
「やはり、そう思われますか」
「はい。王が劣勢になれば、自らが逃れる時間を稼ぐために兵隊を突撃させてくる可能性もあります。その際、討たれるようなことにはなりますまいが、ティアニーダ様やアレクシアのいる本陣が狙われる危険性はありましょう。どう思われますかな、バーナット士?」
子爵様はそう言って、バーナットに話を振る。
バーナットは子爵様の言葉に頷いた。
「は、確かにその恐れが全くないとはもうしません」
まったくない、とは言いきれない。
これは知ってる。
そういう話の持って行き方、だ。
ジルベール様のアレは、子爵様譲りだった、ってことか。
「我らは混成軍です。ひとたび指揮系統が乱れれば、全軍の混乱、ひいては崩壊につながりかねません」
「なるほど、指揮系統ですか。ご指摘感謝します、確かに、これまで考えから抜けていた部分でした」
アタシはそう応じて頷く。
それから、ゆっくりと言葉を継いだ。
「万が一、本隊が混乱に陥った場合、あるいは指揮官からの打診があった場合に備えて、指揮権を移譲する次点の者を選んでおく必要がありますね」
* * *
翌朝、野営陣地を撤収したアタシ達は、すぐに移動を開始した。
ただし、その進軍速度はゆっくりだ。
それもそのはず、部隊がすでに、戦闘用の陣に展開しているからだ。
昨日の晩にアレクが提案した通り、中央には短槍が主装備の軽装歩兵隊の横陣が伸びていて、その後方に弩弓隊。さらに両翼には騎馬隊が控えている。
アタシ達のいる本隊は、弩弓隊の後方。
直掩の歩兵隊と少数の騎馬隊に守られている。
本隊に残っているのは、アタシにアレク、ミーアとベアトリス。
それにノーフォート子爵様と本隊の直掩部隊の指揮を任せたジーマだ。
子爵様に代わって解放軍の部隊の指揮を担うエリクと、ハルラド、ミコスト両男爵、それからバーナット達はすでに戦闘陣で兵達の指揮を執っている。
この状態で王都に迫り、向こうの出方をうかがう方針だ。
軍はすでに山の陰を出て、平地に差し掛かっている。
昨日までは見えていなかった、王都の防壁が遠くに見えている。
当然王都からも、こっちを視認できているはずだ。
馬の手綱を握る手に、グッと微かに力がこもった。
「ミーア、敵の動きが入ってないか?」
「いいえ、ティアニーダ様。まだ入って、ないよ」
ミーアは、途中から話し方を戻しつつ言う。
その表情は、少し強張っているようにも見えた。
「そうか…まぁ、この距離だ。動きを知らせる伝令より、敵が見える方が先かも知れないな」
アタシはそう言って笑顔を返してやる。
正直に言って、この段階になるとミーア達“夜鷹”にできることは少ない。
戦う方が楽ってわけじゃないけど、戦況を見守ってるだけって言うのも心臓には悪そうだ。
「ジーマ。兵の掌握は問題ないか?」
今度は、ジーマにそう声を掛けてみる。
「はっ、支障ありません」
そう言ったジーマは、程よく肩の力が抜けて見える。
ジーマの方は大丈夫そうだな。
元々十人長だったけど、任せた本隊の直掩は百人規模だ。
ディットラー領を出る前に百人長に据えたソランと遜色ないか、それ以上の力量はあると思ってる。
生きて帰ったら、必ず親父殿に言って一つ上の役職にあげてもらおう。
「子爵様、次点の指揮官の任、受けて下さり感謝します」
今度は、ノーフォート子爵様に向かって礼を言う。
「もったいないお言葉です。その時が来るようなことがあれば、確と務められるよう努力致しましょう」
「ベアトリスを傍にお付けします。我が方の兵のことで分からないことがあれば、彼女を使ってください」
「感謝いたします」
子爵様はそう言って、軽く頭を下げられた。
「それにしても、ハルラド男爵様が辞退されたのはちょっと意外だったわ」
そんな話を聞いていたベアトリスが、そんな言葉を漏らす。
「まぁ、その辺りは難しいだろ。順位的には男爵様なのかもしれないけど、なにせあっちは兵の数が少ない。バイルエインの兵の次に多いのは子爵様が連れてる解放軍の兵だ。子爵様に次点をお任せする方が混乱を抑えやすい」
「それはそうなんだけど…戦後のことを考えたら、ここで役立つところを見せておきたいって思うような人かと思ったのよね」
あぁ、なるほどな…もしかしたら、アレク経由の人物像を聞いているのかもしれない。
今は、下手なことは避けておこう。
「存在を示すだけなら他にやりようはあるだろう。無理をして失敗すれば、返って価値を落とすかもって考えたのかもな」
「あぁ、それはありそうよね」
アタシの言葉に、ベアトリスは小首を傾げつつも頷いた。
そんな様子を見て、やっぱりどこか心苦しさを感じた。
そしてそれから、アタシはアレクに視線を向ける。
すぐ隣で馬に揺られる彼女の視線は、彼方の王都の防壁にまっすぐに向けられていた。
表情はない。
全身が強張っている様子もない。
だけど、触れていないのに、アレクの体温が感じられるような気がする。
白く残る吐息の熱すら伝わってきそうなほどだ。
「アレク」
「ん、なんだ?」
アタシが声を掛けると、すかさずアレクが反応する。
視線は王都に向いたまま、だ。
「昨日の夜もチラっと言ったけど、野戦の指揮に関してはたぶん役に立てない」
「そうだな」
アレクはそう言った。
何の淀みも、迷いもなく言った。
そしてそのことを気にもしない様子で
「私に任せておけ」
と言葉を添える。
傷付いたり、悲しいと思ったりはしなかった。
「ああ、頼む」
アタシはそうとだけ言って、視線を王都に向ける。
力がこもっていた手を手綱から離して、馬の上でギュッと伸びをした。
強張った体がミシミシと音を立てて、同時に寒さが肌を刺す。
手綱を握り直しつつ、外套の前を合わせて息を吐いた。
「ティア」
不意に、ミーアの声が聞こえた。
振り返ると、彼女は彼方に視線を向けている。
その先には、こちらに駆けて来る馬の姿があった。
乗っているのは、兵には見えない。
商人風の見た目だ…“夜鷹”だろう。
動きがあったか。
ブルっと、体が震えた。
「何かあったか?」
少し離れたところから、アタシは先にその男に声を掛ける。
礼はいらない、なんてやり取りすらやっていられる心境じゃなかった。
そんなアタシの意図を汲んでくれたのか、ミーアがすぐに男に促す。
それを受けた男も、それを察した様子だ。
「はっ。敵軍、出撃を決めた模様。西門に集結しつつあり」
「構成は分るか?」
「歩兵部隊が主。重装歩兵が僅かに。騎馬部隊は三百程かと。加えて、近衛師団も三百程。総数は不明なれど、昨晩の報告以上の戦力ではありません」
「王旗は?」
アタシと“夜鷹”の男のやり取りに、アレクがそう言葉を挟む。
チラっとアタシを見た“夜鷹”の男に頷いてやると、男も首肯して
「近衛師団の中に見ゆ、との情報があります」
それを聞くなり、アレクは言った。
「ティア、西へ進路を取る」
「西?まっすぐ北西に向かうんじゃなくてか?」
「西に背を向けさせるとそのまま引いていく恐れがある。王都を背後に抱えさせる位置を取る」
逃がさないために回り込みたい、ってことだな。
何を優先した判断なのかはさておき…ここでアタシが言えることは、一つだ。
「任せる」
そう応じた刹那、アレクは声を張った。
「伝令、各隊!転進、西へ!」
「はっ!」
そう応じた兵の一人が、すぐに本隊から駆けだして行く。
そんな後ろ姿を見送りつつ、アタシは“夜鷹”の男を傍に寄せる。
「まだ中に残ってる者がいるか?」
「はっ、二名おります」
「お前は戻るのか?」
「はっ、その予定になっておりますが…」
「よし、これ以上の報告は無用だ。戻ったら身を潜めろ。必要な状況が発生したら、こちらから人を出す」
「はっ」
男はそう応じると、すぐさま馬を返して王都の方へと駆け戻って行った。
「ありがと」
小さな声で、ミーアがそう言って来る。
「無理をさせてる、当然だ」
アタシはそう応じて、ミーアに頷いてやった。
それから、ほう、と一息吐いて、横目でアレクに視線を送る。
アレクの目は相変わらず王都に向かっていた。
相変わらず、表情はない。
相変わらず、強張ってもいない。
全身から感じる熱もそのままだ。
ただの一つ。
揺らいでいたその瞳だけが、何かを定めたように制止していた。




