第3話 郵便飛行船と、花火と嘘
「エダちゃーん! 抱きしめてー! 成功した記念に!」
爆煙の中から飛び出してきたのは、全身煤だらけのピッパ・シュトゥルムだった。
十五歳。工房の火薬と騒音担当。超エネルギッシュ。
彼女は私を無視して、一番抱きしめてはいけない人間のところへ突進した。
「クヴィリーーン! 久しぶり!」
「触るな! 離れろ! 騒音の塊か!」
屋根裏から降りてきたばかりのクヴィリン・ヴァルトが、顔を真っ赤にして叫んだ。
ピッパはお構いなしに背中に飛びつき、首にしがみついた。クヴィリンは完全にフリーズしている。対人耐性は、零より低い。
「えへ、クヴィリン、今日もいい匂い。埃と紙の匂い!」
「だから離れろと言っている! エダ、何とかしろ!」
「ピッパ、降りなさい。クヴィリンが壊れる」
襟首を掴んで引き剥がす。頬を膨らませたピッパは、すぐに目の色を変えて作業台の上の黒い塊を指さした。
「それより見て! これ、私が第七釜炉の廃棄物から作った新しい花火! その名も〈泣き虫蒸気菊〉! 綺麗でしょ? ちょっと爆発が大きすぎて、隣の区画の洗濯物が全部黒くなったけど!」
やっぱりか。
マルゴが頭を抱えた。
「昨日も言ったよね。廃棄物で火薬を作るなって。まだ燃える蒸気が残ってるんだよ」
「だって、もったいないじゃん! 上層の人はゴミだって捨てるけど、下層じゃ宝物だよ! エダちゃんも言ってたじゃん、捨てられたもので戦うのがパンクだって!」
都合よく使わないで。
その時、零が静かに歩み寄ってきて、花火をじっと見つめた。
「……美味しそう。食べられる?」
「食べられないよ! 食べると爆発するよ!」
「……残念。桃の方が美味しい」
相変わらずの偏食だった。零はベッドに戻って、缶詰の残りを大事そうに抱えた。
外から違う音が聞こえた。
ブォォォォ……という、大きな気嚢が空気を切る音。
郵便飛行船だ。
「おいおい、ここが噂の自爆工房か? また苦情が来てるぞ」
窓の外に小型の飛行船がホバリングしていた。真鍮と木でできた船体、横に〈ハチドリ便〉と書かれている。下層と上層を繋ぐ、唯一の非公式な郵便屋だ。
ひらりと降りてきたのは、ジュリアン・クレインだった。二十六歳。パイロットジャケットを羽織り、口元にはいつも余裕の笑み。下層の女の子たちには滅法モテる、噂の伊達男だ。
「やあ、マルゴ。相変わらず美しいね。……あ、エダもいたのか。その大きなレンチがよく似合う。まるで君自身みたいに頑固でね」
「からかわないでください、ジュリアンさん」
頭に手を置こうとして、私が睨むとすぐに引っ込める。こういう距離感が分かっているところが、嫌いになれない理由だ。
彼は懐から一通の封筒を取り出した。油染み一つない、上等の紙。上層のものだ。
「エダ・ファルク宛だ。上層の工務局から。……いや、差出人は違うな。〈ファルク〉という姓だ」
心臓が跳ねた。父の姓だ。
封を開ける。走り書きのメモが一枚だけ。
『エダへ。第七を止めるな。祭りの夜、気をつけろ。父より』
たったそれだけ。父の字だった。間違いない。
「お父さん……」
マルゴが肩越しに覗き込んだ。
「やっぱりね。上は本気だよ。第七釜炉を止める気だ。祭りの夜に」
クヴィリンがメモをひったくった。
「非効率だ……全てが非効率だ。なぜ直接会いに来ない。……待て、この紙……上層の公用紙じゃない。工学院の旧式の図面用紙だ。父さんはまだ、旧工房にいるのかもしれない」
旧工房。私が生まれる前に父が使っていた、上層の端にある工房。今は封鎖されているはずだ。
ジュリアンが腕を組んで私たちを見回した。いつもの軽薄な笑みが消えていた。
「状況は分かった。君たちは72時間以内に上層の第七釜炉に行って、それを止めようとしている奴を止めたい。違うか?」
「……行くの、エダちゃん? 上層なんて酸素薄くて嫌だよ」
ピッパが袖を引っ張った。
行くのか。行かないのか。行けば工房は無人になる。検査官に見つかれば終わりだ。でも行かなければ、この大陸は傾く。父にも会えない。
私は父のレンチを強く握りしめた。重い。
「行く。私の工房は、私が守る。機械も、神様も、勝手に殺させない」
零が初めて、小さく笑った気がした。気のせいかもしれない。でも確かに口角が上がった。
「……いい。あなたは、修理屋だ」
ジュリアンは深くため息をつき、またあの笑みに戻った。
「しょうがないな。美しいお嬢さんのお願いは断れないのがポリシーでね。ハチドリ便、チャーターになるけど……運賃はどうする? お金、ないだろ?」
「……ツケでお願いします」
「やっぱりね。君のツケ、もう飛行船が一機買えるよ」
クヴィリンは嫌そうな顔をした。
「飛行船なんて最も非効率な乗り物だ。墜落率は……」
「クヴィリンも来るの?」
「当たり前だ! 君たちだけに行かせたら100%失敗して私の屋根裏も一緒に落ちるだろうが! 私の蔵書が!」
結局、全員行くことになった。
マルゴが最後に、私の耳元で囁いた。
「エダ。コギちゃん。上層では、そのあだ名、もっと嫌になるかもね。上層の人間は、君みたいな子をなんて呼ぶか知ってる?」
「……何よ」
「〈錆喰い〉だよ」
一拍置いて、彼女は笑った。
「錆を食べて生きる、下層のネズミってね」
嫌な響きだ。でも、なぜか少しだけ誇らしい気もした。
ハチドリ便のエンジンが、ブォンと大きな音を立てて蒸気を吐き出した。
創立祭まで、あと71時間。
読んでくれてありがとう。エダだ。
工房の家賃、72時間後に払えないと本当に潰れるんだ。
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次回、上層。ハチドリ便、飛びます。
……あ、コギちゃんって呼んだら、修理代3倍だからな!
――エダ・ファルク




