第26話 リペアの初仕事と、泣き虫の歯車
リペアの初仕事は、思っていたより、ずっと大変だった。
「師匠…動きません…」
リペアは、工房の真ん中で、大きな歯車を前にして泣きそうな顔をしている。エリジウムの下層の、パン屋のおばちゃんの店の換気扇の歯車だ。油が固まって、錆びて、完全に固まっている。
「そりゃそうだ。お前、いきなり共鳴させようとしてるだろ? まずは、掃除だ。掃除」
私は、父から教わった通りに、リペアに古いブラシを渡す。真鍮のブラシだ。
「錆喰いの基本は、まず話を聞くことだ。歯車が、何で泣いてるのか、聞くんだ。いきなり工具を当てるのは、嫌がってる子を無理やり立たせるようなもんだ。嫌われるぞ」
「話を…聞く…」
リペアは、ブラシを持って、歯車の前にしゃがみ込む。小さな手で、恐る恐る歯車の表面を撫でる。零が、隣で同じようにしゃがんで、手本を見せる。
「…こう。優しく。『痛いところ、ある?』って、聞くみたいに」
零の真似をして、リペアが歯車に触れる。最初は何も起きない。でも、少し経つと、歯車が小さく、カタ、と鳴った。
リペアの目が、丸くなる。
「…鳴った…今、鳴りました! 師匠!」
「ああ、鳴ったな。何て言ってた?」
「えっと…『重い』って…『油が、重い』って…」
重い。そうか、油が固まって重いんだ。
私は頷いて、工房の棚から、小さなオイル差しを取ってリペアに渡す。父が使っていた、星の海の蒸気から作った、特別な油だ。
「じゃあ、言ってやれ。『軽くしてやるから、もう少し待ってろ』って」
リペアは、オイル差しを持って、歯車の隙間に、少しずつ油を差していく。一滴、また一滴。油が、固まった古い油を溶かしていく。
一時間後、歯車は、まだ動かなかった。
二時間後も、動かなかった。
リペアは、汗だくになりながらも、諦めない。ブラシで擦って、油を差して、また話しかける。
「…もう少しだよ…もう少しで、軽くなるよ…」
私は、何も言わずに見守る。手伝いたくなるけど、我慢だ。初仕事は、自分でやらなきゃ意味がない。父さんも、私が初めてラジオを直した時、そうやって見守ってくれた。
三時間経った時、工房の外から、パン屋のおばちゃんの声が聞こえた。
「エダちゃん、まだかーい? 換気扇が止まると、パンが焼けないよー!」
「もう少し待ってくれ、おばちゃん! 弟子が頑張ってるんだ!」
私が叫び返すと、おばちゃんは笑って言った。
「おや、新入りかい? 頑張れ、新入りちゃん! 焼けたら、あんたにもパンをあげるよ!」
その声を聞いて、リペアの手が止まる。顔を上げて、おばちゃんのいる方を見る。
「…パン…」
「そうだよ。直せたら、パンだ。お前の好きな、メロンパンかもしれないぞ」
リペアは、大きく頷いて、もう一度歯車に向き合う。そして、最後の力を込めて、共鳴レンチを当てた。新品のレンチだ。私があげた、未来のレンチだ。
ブゥン、という音は、小さかった。でも、確かに響いた。
『…軽くなった…ありがとう…回れるよ…』
歯車が、ゆっくりと回り始める。最初はぎこちなく、でも、だんだん速く。錆が落ちて、ピカピカの歯車が顔を出す。
「回った…師匠、回りました!」
リペアが、飛び跳ねて喜ぶ。油まみれの顔で、満面の笑みだ。
私は、リペアの頭をぐしゃぐしゃと撫でた。
「よくやった、リペア。これでお前も、一人前の錆喰いだ」
その時、工房の外で、パンが焼けるいい匂いがした。換気扇が回って、煙が外に出ていく音だ。
おばちゃんが、焼きたてのメロンパンを二つ持ってきてくれた。
「はい、新入りちゃんに、ご褒美だよ! よくやったね!」
リペアは、メロンパンを持って、泣いた。嬉しくなって泣いた。今度は、歯車じゃなくて、自分の涙だ。
零が、隣で小さく笑って言った。
「…おめでとう、リペア。初めての、修理」
星の海の航海日誌、13日目。今日、工房に二人目の修理屋が生まれた。錆喰いの音は、こうやって、誰かに受け継がれていくんだ。
あとがき ― エダ・ファルクから
ここまで読んでくれてありがとう。ここはエダだ。
ねえ、リペア、やったよ。初めての修理、成功だ。メロンパン、美味しそうだったな。私も一個もらったけど、やっぱりリペアの分が一番美味しそうだった。
もし君も、リペアの初めてのメロンパンを一緒に食べたいと思ってくれたら、ブックマークと★5つを押してくれ。君の応援が、リペアの次の工具箱になるんだ。
次回、リペアと二人で、星の海へ。弟子と師匠の、初めての航海だ。
感想、待ってる。君の初めての成功って、何だった? 私は、やっぱり壊れたラジオを直した時だな。
……錆喰い、弟子入り歓迎だ。
――エダ・ファルク




