第27話 師弟と、星の海の初航海
弟子と一緒の航海は、思っていたより、うるさかった。
「師匠! あれ、星ですか!? 星が流れました!」
「あれは流れ星じゃない、クジラの蒸気だ。落ち着け、リペア」
「師匠! ハチドリ便、揺れてます! 私、落ちちゃいます!」
「落ちないように掴まってろって、さっき言っただろ!」
ハチドリ便の荷台で、リペアが大騒ぎしている。初めての星の海だ。無理もない。私も最初は、ああだった。いや、あんなにうるさくはなかったはずだ。たぶん。
零が、クスクス笑いながらリペアの荷物を押さえてやる。
「…大丈夫。落ちても、私が、糸で、掴むから」
「零師匠、優しい…!」
零師匠って、なんだ。零は私と同い年だ。師匠は私だけだ。でも、まあいいか。零も、十分師匠だ。
今回の依頼は、光の航路の途中で止まってしまった、小さなクジラの街からだ。名は〈アステル〉。人口は五十人くらいの、小さな小さな街だ。街の心臓の歯車が、星の海の新しい振動に合わなくて、止まってしまったらしい。新しい海に行ったせいで、古い歯車が合わなくなったんだ。
ハルモニアの星拾いだけじゃ直せないって、リナから連絡が来た。錆喰いの出番だ。
アステルのクジラは、航路の端で、小さく丸まっていた。痛いのか、寒いのか、震えている。
リペアが、クジラを見て、怯えた顔をする。
「師匠…大きい…私の街より、大きいです…」
「大丈夫だ。大きい方が、直しやすい。声が大きいから、聞き取りやすいんだ」
私は、リペアの手を取って、クジラの皮膚に手を当てさせる。
「ほら、聞いてみろ。何て言ってる?」
リペアは、目を閉じて、耳を澄ます。新品のレンチを、恐る恐る当てる。
ブゥン…という音は、小さくて、途切れ途切れだった。
『…寒い…回れない…古いから…もう…ダメかも…』
ダメかも、か。
リペアの目から、涙がこぼれる。
「師匠…この子、諦めてます…『ダメかも』って言ってます…」
「そうか。なら、諦めさせないように、言ってやれ」
「え…?」
「『ダメじゃない』って。『私がいる』って。修理屋の仕事は、歯車を直すことじゃない。諦めない心を、直すことだ。父さんがそう言ってた」
リペアは、涙を拭いて、もう一度レンチを当てた。今度は、両手で握りしめて。
『…ダメじゃないよ! 私が入るよ! 私、リペア! 錆喰いのリペア! 直すからね! 一緒に回ろうよ!』
リペアの振動が、レンチを通してクジラに伝わる。小さな、でも、真っ直ぐな振動だ。私の振動より、ずっと綺麗だ。
クジラが、小さく鳴き返す。
『…リペア…? 温かい…名前…』
回り始める。一枚、また一枚と、心臓の歯車が回り始める。古い歯車が、新しい振動に合わせて、形を変えていく。錆びた歯車が、錆色の光に包まれて、新しい形になる。星の海の新しい海に合った、新しい歯車だ。
アステルの街の明かりが、一つ、また一つとついていく。止まっていた風車が回り始める。止まっていた洗濯物が、また揺れ始める。
街の人たちが、屋根の上から手を振る。
「直ったよー! ありがとう、修理屋さんー!」
リペアは、その声を聞いて、また泣いた。今度は、嬉し涙だ。
私は、リペアの頭を撫でて言った。
「よくやった、リペア。お前の初航海、成功だ」
「はい! 師匠! 私、やりました!」
帰りのハチドリ便の中で、リペアは、疲れて私の膝の上で寝てしまった。手には、まだ新品のレンチを握りしめている。離さない。修理屋のレンチは、命綱だからだ。
零が、小さく呟いた。
「…エダ。リペア、いい音、してた。エダの、昔の音に、似てた」
昔の私の音、か。どんな音だったっけ。もう忘れちゃったな。
星の海の航海日誌、14日目。今日、私は弟子に、修理屋の仕事を教わった。教えることで、思い出すことも、あるんだ。
あとがき ― エダ・ファルクから
ここまで読んでくれてありがとう。ここはエダだ。
ねえ、リペアの初航海、どうだった? ちょっと泣き虫だけど、頑張ったでしょ?
もし君も、リペアの次の航海を見届けたいと思ってくれたら、ブックマークと★5つを押してくれ。君の応援が、リペアの新しいオイル差しになるんだ。
次回、師弟の星の海。修理の依頼は、まだまだたくさんあるよ。
感想、待ってる。君の師匠って、どんな人? 私は、やっぱり父さんが師匠だな。
……錆喰い、師弟で行くぞ。
――エダ・ファルク




