第22話 新しい航路と、修理屋の約束
母なるクジラが作った光の航路は、思っていたより、でこぼこだった。
「ギャー! 揺れる! 揺れるよ、エダちゃん!」
ピッパが、ハチドリの荷台で悲鳴を上げる。光でできた道は、綺麗だけど、まだ固まりきっていない。できたばかりの、柔らかい道だ。クジラが泳ぐたびに、ぐにゃりと曲がる。
「仕方ないだろ! できたばかりの道なんだ! 舗装工事がまだなんだよ!」
クヴィリンが叫びながら、必死に計算している。屋根裏の天才の計算機は、星の海の航路を計算するには、少しだけ性能が足りないらしい。煙を噴いている。
「非効率だ! 非効率すぎる! この航路の曲率と、母なるクジラの呼吸の周期が合ってない! 直さないと、みんな酔っちゃうぞ!」
その時、航路の先で、光が途切れている場所があった。道が、途中で切れている。まるで、誰かに切り取られたみたいに。
「あれ…?」
リナが、双眼鏡で見て呟く。
「航路が、切れてる…? 母なるクジラの道が、切れるなんて…そんな…」
母なるクジラが、その切れた場所の手前で止まった。何十匹ものクジラの街も、一斉に止まる。星の海に、静寂が広がる。
切れた航路の向こうには、黒い壁があった。私たちが最初に越えた、青い壁と似ている。でも、青じゃない。真っ黒で、何も反射しない。光すら吸い込む、黒い壁だ。
チビが、怯えて私の後ろに隠れる。
『…あそこ、行っちゃダメ…あそこは、帝国が作った、終わりの壁…入ったら、帰ってこれない…』
終わりの壁。帝国が、まだ旅をしていた時代に、外へ行かせないように作った壁だ。旅をやめる理由にするために、自分たちで蓋をしたんだ。標準じゃない世界を、閉じ込めるための壁。
私は、父のレンチを握りしめた。レンチが、また熱を持つ。壁の向こうから、何か聞こえる。助けて、じゃない。直して、でもない。ただ、待ってる、という音だ。
「…エダ。聞こえる。向こうから。たくさん。『待ってる』って」
零が、私の手を握る。胸の錆色の歯車が、壁のリズムに合わせて、不規則に回っている。苦しそうだ。
私は、ハチドリから降りて、切れた航路の端に立った。目の前は、真っ黒な壁だ。手を伸ばしても、何もない。でも、振動はある。壁の向こうで、誰かが、私たちを待っている振動だ。
「…直す」
私が呟くと、リナが驚いた顔で私を見る。
「エダ? 何言ってるの? あれは、壁だよ? 帝国が作った、一番硬い壁だよ? 直すって、どうやって…?」
「壊すんじゃない。繋げるんだ。壁だって、直せる。だって、壁も、誰かが作ったものだから。作られたものは、直せる」
私は、共鳴レンチを、黒い壁に当てた。今までで一番硬い。共鳴しない。ブゥン、という音すらしない。跳ね返される。
でも、諦めない。父さんが、そう教えてくれた。修理屋は、諦めたら終わりだ。
私は、もう一度、当てた。今度は、零の糸を、レンチに絡める。リナも、自分のレンチを重ねる。ピッパも、クヴィリンも、マルゴも、ジュリアンも、みんなが手を重ねる。何十匹ものクジラの街の修理屋たちも、自分の工具を掲げる。星拾いたちの工具が、星の海で光る。
みんなの振動が、一つになる。
『…開いて。もう、閉じていなくていいんだよ。みんな、外に行きたいんだよ。外に行っていいんだよ』
私たちは、そう伝えた。命令じゃない。お願いだ。
黒い壁が、小さく、ヒビ割れた。パキリ、という音が、星の海に響く。
ヒビは、どんどん広がる。黒い壁が、光の航路と同じ、光に変わっていく。終わりの壁が、始まりの扉になる。
扉の向こうには、また新しい星の海が広がっていた。今まで見たことのない色の星が、たくさん瞬いている。そこには、私たちの知らない街が、たくさん浮かんでいた。錆びた街も、綺麗な街も、壊れた街も、全部。
母なるクジラが、嬉しそうに大きく鳴いた。新しい海に向かって、泳ぎ始める。何十匹ものクジラの街が、その後ろについていく。
私は、父のレンチを高く掲げた。レンチが、新しい星の光を反射して、きらりと光る。
「行くぞ、みんな! 次の世界を、直しに行くんだ!」
星の海の航海日誌、9日目。私たちは、終わりの壁を、始まりの扉に直した。錆喰いの修理は、まだまだ終わらない。
あとがき ― エダ・ファルクから
ここまで読んでくれてありがとう。ここはエダだ。
ねえ、見えた? 扉の向こうの、新しい星の海。綺麗だったでしょ? 私、ちょっと泣きそうになった。
もし君も、この扉の向こうを一緒に見たいと思ってくれたら、ブックマークと★5つを押してくれ。君の応援が、この扉の鍵になるんだ。
次回、新しい星の海へ。修理屋の旅は、まだまだ続くよ。
感想、待ってる。君は、扉の向こうに何があると思う? 私は、きっと、もっとたくさんの修理屋がいるんだと思う。
……錆喰い、扉を開けるぞ。
――エダ・ファルク




