第15話 飛行祭と、錆喰いの歌
飛行祭の朝は、油の匂いで始まった。
私が工房の扉を開けると、外はもう祭りだった。歯車スラムの路地に、上層の人間がいる。上層の白い通りに、下層の子供たちが走り回っている。今まで、見えない壁があったはずなのに、今日は誰も気にしていない。二匹のクジラが、街の上と下でゆっくり泳いでいるから、街全体が、少しだけ揺れている。その揺れが、みんなを笑わせるんだ。
「エダちゃん! 早く! ピッパの超特大花火、もうすぐ上がるよー!」
ピッパが、私の腕を引っ張る。今日のピッパは、いつもの爆弾魔の作業着じゃない。パン屋のおばちゃんにもらった、花柄のワンピースを着ている。似合ってない。でも、すごく嬉しそうだ。
広場の真ん中には、マルゴと父さんが作った、変な機械があった。錆色のエンジンの欠片と、雲の欠片と、私の工房にあったガラクタを全部混ぜて作った、音楽を奏でる機械だ。クヴィリンが、嫌そうな顔をしながらも、隣で調律している。
「まったく、非効率だ。音楽なんて、蒸気の無駄遣いだ。でも…まあ、今日くらいはいいか」
「クヴィリン、素直じゃないな」
ジュリアンが、ハチドリ便の荷台を屋台にして、酒を配っている。今日は無料だ。彼のジャケットは、まだ私が返していない。
「おい、エダ! お前の分も取っておいたぞ! …あ、未成年か。お前は蒸気ジュースな」
「誰が未成年だ! 私、もう立派な修理屋だ!」
みんなが笑う。錆喰いが笑うと、上層の人間もつられて笑う。変な感じだ。でも、嫌じゃない。
広場の端では、白いコートを脱いだ局長が、子供たちに混じって、花火の作り方を教わっていた。手が油で真っ黒になっている。
「…こうか? こうやって捻るのか?」
「違うよ、おじちゃん! もっと優しく! 花火は、爆破させたいんじゃなくて、咲かせたいんだよ!」
ピッパが、偉そうに教えている。昨日まで敵だったのに、今日はもう先生と生徒だ。
私は、少しだけ広場を離れて、クジラの背中に登った。古い方のクジラだ。皮膚は温かくて、少しだけ潮の匂いがする。
零が、そこにいた。空を見上げて、座っている。胸の錆色の歯車は、祭りの音楽に合わせて、ゆっくりと回っていた。
「…エダ」
「零、祭り楽しい?」
零は、首をかしげた。楽しい、という言葉の意味を、まだよく分かっていない顔だ。でも、すぐに小さく笑った。
「…温かい。ここ、温かい。みんなの声が、温かい。楽しい、は、温かい、かな」
温かい、か。そうかもしれないな。
私は、零の隣に座った。二人で、街を見下ろす。下では、マルゴが、昔の同僚とフラスコを打ち合わせている。喧嘩じゃなくて、乾杯だ。
父さんが、下から私に向かって叫ぶ。
「エダ! 早く降りてこい! お前の歌の番だぞ!」
歌? 私、歌なんて歌えないよ。
でも、零が立ち上がって、私の手を引いた。
「…一緒に。エダと、私と、クジラと、みんなで」
クジラが、私たちの歌に合わせて、大きく息を吐いた。錆色の蒸気が、空に広がる。蒸気が、夕日に照らされて、虹色に光る。ピッパの花火が、その虹の中で弾けた。ドン、という音と共に、空に巨大な歯車の花が咲く。
その瞬間、街にいた全員が、空を見上げた。上層も、下層も、帝国も、錆喰いも、みんな同じ空を見ている。
私は、父のレンチを握りしめた。共鳴レンチが、祭りの音楽と、クジラの歌と、みんなの笑い声に共鳴して、ブゥンと震える。
直すって、こういうことだったんだ。壊れたものを元に戻すことじゃない。違う形でも、みんなが笑えるようにすることなんだ。
私は、レンチを高く掲げた。レンチが、夕日を反射して、星みたいに光る。
「飛行祭、最高ー!」
私の声は、小さかったはずなのに、クジラの歌に乗って、街全体に響いた。
創立祭まで、あと0時間。いや、飛行祭1日目、始まりだ。
これから、私たちはどこまで飛べるんだろう。星空の向こうには、何があるんだろう。
分からない。でも、怖くない。だって、みんな一緒だから。
あとがき ― エダ・ファルクから
ここまで読んでくれてありがとう。ここはエダだ。
飛行祭、楽しかった。君にも見せたかったな。錆色の花火、綺麗だったでしょ?
ねえ、この物語、ここまで一緒に飛んでくれて、本当にありがとう。錆喰いの修理屋の話、どうだった?
もし君が、また私たちと一緒に空を飛びたいと思ってくれたら、ブックマークと★5つを押してくれ。君の応援が、私のレンチを、また光らせてくれるんだ。
感想、待ってる。君の街にも、錆喰いはいる? いたら、優しくしてあげてね。
私たちは、まだ飛ぶよ。星空の向こうへ、どこまでも。
……錆喰い、行ってきます。
――エダ・ファルク




