第14話 帰還と、創立祭
二匹のクジラに支えられた街は、青い壁を越えて、エリジウムの空に帰ってきた。
星空から、青空へ。私たちが突き抜けた時、周りにいた帝国の追跡艇は、もういなかった。逃げたのか、壊れたのか、分からない。でも、もう追っては来ない気がした。
眼下に、エリジウムの上層と下層が見える。上層の白い建物は補助機関の煙で黒く汚れ、所々が傾ぎ、下層の歯車スラムも歯車が外れてぶら下がっていた。無事、というには程遠い。でも、落ちてはいなかった。全部、そこにあった。そこから上がる蒸気が違う。前は黒くて、重かった。でも今は、錆色の、温かい蒸気だった。二匹のクジラが吐く息だ。
「…帰ってきた」
零が、私の隣で呟いた。胸の錆色の歯車は、もうすっかり私たちのエンジンの一部になっていた。星空で見た時より、少しだけ小さく回っている。安心しているみたいだった。
「ただいまー!」
ピッパが、ハチドリの上から大声で叫ぶ。雲の上の街に残っていた住人たちが、私たちに向かって手を振っている。下層からも、上層からも、たくさんの人が空を見上げていた。
最初は、誰も何も言わなかった。錆喰いの街が、クジラに乗って帰ってきた。そんなこと、誰も信じられなかったんだと思う。
最初に動いたのは、パン屋のおばちゃんだった。おばちゃんは、焼きたてのパンをいっぱい抱えて、私たちに向かって走ってきた。
「エダちゃん! おかえり! あんた、星空まで行ってきたって本当かい!?」
その声をきっかけに、街が騒ぎ始めた。上層の人間も、下層の人間も、関係なく、みんなが空を見上げて、歓声を上げる。白いコートを着た人も、油まみれの作業服を着た人も、みんな一緒に。
旗艦…いや、新しいクジラの背中に乗っていた局長が、よろよろと降りてきた。白いコートは、錆色の油で汚れている。
「…標準が…間違っていたのか…」
マルゴが、局長の肩に手を置いた。
「間違ってたんだよ、局長。でも、直せばいい。修理屋は、ここにいるんだから」
局長は、私を見た。蔑んでいたはずの目が、今は、少しだけ泣きそうな目になっていた。
父さんが、私の頭を撫でた。
「さあ、祭りの準備だ、エダ。創立祭まで、あと59時間あったな。でも、もう創立祭じゃないな。新しい名前を付けないとな」
新しい名前。
私は、工房の屋根の上に立って、街を見渡した。上層も下層も、もう分かれていない。二匹のクジラが支える、一つの街だ。
「…飛行祭。空を飛ぶ、祭りだ」
私がそう言うと、ピッパが、残りの花火を全部空に打ち上げた。昼間なのに、錆色の花火は、はっきりと見えた。歯車の形をした花火が、エリジウムの空に、次々と咲く。
クジラが、その花火に答えるように、大きく鳴いた。二匹の歌が重なって、街全体に響く。蒸気の音じゃない。歌だ。
零が、私の作業着の袖を、また引っ張った。今度は、袖じゃなくて、指先を直接握ってきた。
「…エダ。クジラが言ってる。『これからも、一緒に飛ぼう』って」
一緒に、飛ぼう。
私は、零の手を握り返して、空を見上げた。青い空の向こうに、星空が少しだけ見えた気がした。あの星空の向こうには、まだ私たちが知らない世界があるんだ。
ジュリアンが、ハチドリの上で叫ぶ。
「おい、エダ! 祭りの準備なら、私の酒も必要だろ!」
「お前の酒は不味いからいらない!」
クヴィリンが、いつもの嫌そうな顔で言い返す。でも、その顔は、笑っていた。
創立祭まで、あと59時間だった。でも、もうカウントダウンは必要なかった。私たちの街は、もう落ちない。クジラと一緒に、どこまでも飛べるから。
私は、父のレンチを、空に向かって掲げた。共鳴レンチが、星の光を反射して、きらりと光る。
「行くぞ、みんな! 飛行祭、始めるよ!」
あとがき ― エダ・ファルクから
ここまで読んでくれてありがとう。ここはエダだ。
ただいま、って言ったら、おかえりって、たくさん言ってもらえた。嬉しかった。
ねえ、飛行祭、楽しそうでしょ? 君も来る? 錆色の花火、たくさん用意するよ。
もし君が、この先も私たちと一緒に飛んでくれるなら、ブックマークと★5つを押してくれ。君の応援が、クジラたちの新しい航路になるんだ。
次回、飛行祭本番。帝国も、上層も、下層も、みんなで踊るんだ。
感想、待ってる。新しいクジラの名前、君が決めてくれない?
……錆喰い、ただいま。そして、いってきます。
――エダ・ファルク




