第13話 最後の修理
帝国の旗艦〈エリジウム・プライム〉の砲門が、私たちに向いていた。
数えてみたら、十二門あった。一斉に撃たれたら、クジラも、雲の上の街も、ハチドリも、全部消し飛ぶ。逃げ場はない。ここは星空の真ん中だ。
『最後通告だ。第七を渡せ。さもなければ、焼き払う』
局長の声は、もう怒鳴り声じゃなかった。諦めの声だった。標準じゃないものは、排除する。それが彼の仕事だから、そうするしかないんだ。
私は、共鳴レンチを握りしめた。震えていた。怖かった。でも、レンチは温かかった。零の手も、私の手を握り返してくれていた。温かかった。
「零、あの旗艦の声、聞こえる?」
「…うるさい。たくさん。たくさん泣いてる。『回りたくない』『熱い』『助けて』って。みんな、同じ」
そうだ。あの旗艦に積まれている何十個もの標準機関も、黒いエンジンの欠片と同じだ。誰かの命令で、無理やり回されているだけの、可哀想な機械たちだ。
壊すんじゃない。繋げるんだ。父さんが、そう教えてくれた。
私は、父さんを見た。父さんは頷いた。
「やってみろ、エダ。お前なら、できる」
私は、ハチドリの縁に立った。星空の風が、作業着を揺らす。目の前の旗艦に向かって、レンチを掲げる。今までで一番遠い。届くか分からない。でも、やるしかない。
ブゥン!
世界が静かになる。十二門の砲門の奥で、十二個の心臓が、苦しそうに鼓動しているのが聞こえた。
『ごめんね。もう回らなくていいんだよ。休んでいいんだよ。私たちと一緒に、泳ごう』
私は、振動でそう伝えた。言葉じゃなくて、気持ちで。零の真鍮の糸が、私の声を増幅して、旗艦全体に届ける。胸の錆色の歯車が、星の光よりも強く光る。
最初は、何も起きなかった。局長が、嘲笑うように手を上げた。
『無駄だ。機械に感情など――』
その時、一門目の砲門が、ゆっくりと下を向いた。撃つのをやめたんだ。
続いて、二門目、三門目。十二門全ての砲門が、私たちの方から逸れて、星空の方を向いた。自分の意思で、命令に背いたんだ。
「な、なんだ!? 制御不能!? 何が起きてる!?」
旗艦の甲板で、白いコートの技師たちがパニックになっている。その時、ピッパが叫んだ。
「エダちゃん、今だよ! 花火、いくよー!」
ピッパが作った最後の花火。〈雲色スーパー花火燃料〉で作った、武器じゃない花火だ。彼女は旗艦に向かって投げたんじゃない。星空の真ん中に向かって投げた。
ドン!
花火は弾けて、夜空に巨大な錆色の花を咲かせた。歯車の形をした花だ。クジラの歌と同じ形の花だ。
クジラが、その花を見て、大きく鳴いた。喜びの歌だ。その歌に呼応するように、旗艦に積まれていた十二個の標準機関が、一斉に錆色に変わっていく。黒いエンジンが、錆色のエンジンになる。命令で回るエンジンから、自分の意思で回るエンジンになる。
旗艦が、光り始めた。塔だった旗艦が、クジラと同じように、生き物に変わっていく。二匹目のクジラだ。
局長は、甲板の上で膝をついていた。自分の作った船が、自分の命令を聞かなくなったのを見て、呆然としている。
マルゴが、ゆっくりと局長の前に歩いていった。
「終わりだよ、局長。あなたの標準は、間違ってたんだよ。世界は、綺麗に揃えるためにあるんじゃない。錆びても、汚れても、みんなで飛ぶためにあるんだ」
二匹のクジラが、星空の中で並んで泳ぐ。一匹は、私たちの街を乗せた古いクジラ。もう一匹は、さっきまで敵だった、新しいクジラ。雲の上の街は、二匹のクジラの間に、ふわりと支えられた。もう落ちない。雲が消えても、大丈夫だ。
零が、私の作業着の袖を引っ張った。
「…エダ。クジラが言ってる。『帰ろう』って」
帰ろう。どこへ?
私は、星空の向こうを見た。青い壁の向こうに、私たちが生まれた、あの煤けた空が見えた気がした。でも、もうあそこは、煤けた空じゃない。私たちが帰れば、青い空になるはずだ。
父さんが、私の隣に立って、空を見上げた。
「さあ、帰るぞ、エダ。祭りの準備をしないとな」
創立祭まで、あと59時間。雲の寿命は、もう関係なかった。私たちは、二匹のクジラと一緒に、家に帰る。
あとがき ― エダ・ファルクから
ここまで読んでくれてありがとう。ここはエダだ。
ねえ、聞こえた? 最後の修理の音。壊す音じゃなくて、繋がる音だった。
旗艦も、もう敵じゃないよ。新しいクジラだ。名前、まだないんだ。君、何かいい名前ない?
もし君も、私たちと一緒に家に帰りたいと思ってくれたら、ブックマークと★5つを押してくれ。あれがないと、この二匹、道に迷っちゃうんだ。
次回、やっと帰還。創立祭、どうなるかな。
感想、待ってる。錆色の花火、綺麗だったでしょ? ピッパ、天才かもな。
……錆喰い、帰るぞ。
――エダ・ファルク




