6 災害の前触れ/オルシア
ディーンと結婚して、今日で十四日。
秋雨が続いているけれど、居心地は最高だ。
今は第一章の真っ最中なんだけど、どうにもおかしい。
完全にシナリオが狂ってる。
この家族、キャラ崩壊してない?
使用人まで全員優しいとか、どういうこと?
メイドの嫌がらせ、どこいったの?
石みたいに硬い黒パンも、カビの白パンも出てこない。
虫入りスープも……ない。
そして一番おかしいのが、ディーン。
なにあれ。
崩壊しすぎでしょ。
本来は冷血で、家に一か月は帰らないはずなのに。
私のこと、ちょっぴり気遣ってくれている。
これじゃ私――可哀そうヒロインどころか、
ただの幸せヒロインじゃないの!
……困るんだけど。
いや、まだ分からない。
物語は始まったばかり。先は長いのよ。
そんなことをベッドの上で考えていたら、ノックの音。
入ってきたのはディーンだった。
「旦那様、どうされました?」
「少し話をしようと思って」
そう言うなり、彼はベッドの端に腰を下ろす。
え?
――襲われる⁉
「襲わないから安心しろ。俺は君と夫婦になるつもりはない」
うん、それが正解。
ディーンは騎士団長が好きだもの。
──でも彼女、ベビーフェイスが好みで、貴方は論外なのよね。
「ベビ……あ、いや、そうか。あ……君だって、その、俺が夫では不満だろう?」
なぜか、しどろもどろのディーン。
「いいえ、貴方さえよければ、妻になりたいと思っています。貴方が愛して下されば嬉しいです」
──今はそう答えておこう。
何を言っても、どうせディーンとは夫婦になれないんだし。
今すぐ神殿に戻されたら困る。
ここでの生活は最高だもの。
ディーンはしばらく考え込んでいたが──。
「はあ……本当に、そう思うのか?」
「はい」
「なら、俺も君とちゃんと向き合おう」
「え?」
……また話がズレてる。
「ふざけるな!」──ディーンのセリフは、これでしょう。
「あ……!」
しまった、口に出してた!
「失言しました。申し訳ありません」
「オルシア、言いたいことが有れば、正直に言ってくれないか」
ディーンは怒るでもなく、呆れた調子でそう言った。
でも、正直に言ったところで、結末は見えている。
私だって馬鹿じゃない。臨機応変に、ベストな答えをちゃんと選ぶわ。
――まだここを追い出されたくないんだから。
「お互いをもっと知ってから、夫婦になれるかどうか考えよう」
真剣な顔で、ディーンが言う。
こんなセリフはなかった。空想の中とは、違う。
でも――
今すぐ夫婦にならない、その一点だけは同じ。
「よく分かりました。私も旦那様と正直な気持ちで向き合いたいです」
そう答えると、ようやく解放された。
彼が部屋を出ていった瞬間、なぜか部屋が広く感じる。
……ディーンの存在感、強すぎ。
彼は私の夫なんだ……
これはもう、物語でも遊びでもない。
指の震えが止まらない。
初めて“現実の男性”に触れた気がして、
少しだけ――怖くなった。
***
翌朝。
激しい雨の中、私は馬車に揺られて湖畔の神殿へ向かっていた。
ゴロゴロ、と雷鳴が響いた瞬間、胸がざわつく。心臓がドキドキして落ち着かない。
あれ?
これ、がけ崩れの前触れじゃなかったっけ。
確か、大規模ながけ崩れで道が寸断されて、復旧には時間がかかるのよね。
材木が間に合わなくて、取引に違約金が発生したら大変! っていう……あのイベント。
つまり。
私が来たせいで災害発生。
<オルシアは災いの元凶だ!>とか、人々に言われる流れ。
……いやいや、現実だったら普通に大迷惑でしょ。
でも大丈夫。
湖で眠っている水龍が助けてくれる。
空にその姿を現して、土砂を吹き飛ばしてくれるのよ。
そしてそれが――レティーの功績になる。
……うーん……
──なんかムカつく!
こんなイベント、なんで空想しちゃったのよ!
でも。
そもそも、がけ崩れって……本当に起こるのよね?
水龍様だって、現れるの……よね?
本当に崖が崩れて、誰かが怪我したり、命を落としたらどうしよう。
ああああ、どうしよう!
……そんなことまで考えていなかった。ごめんなさい!
今からシナリオ変更!
がけ崩れイベントはパス! ──起こさないで!
この日、私は神殿でそう祈り続けた。
ああ、神様お願い!
読んでいただいて、ありがとうございました。




