20 空想物語の終わり/オルシア
胸の奥に、黒い感情が渦を巻く。
──ラファエル、絶対に許さない!
そのときだった。
(【カラスの霊杖】だ)
頭の中に、水龍様の声が。
その響きに、張り詰めていた力が一気に抜けた。
……もう!
遅いのよ!
「【カラスの霊杖】を収納!」
叫ぶと同時に、杖はふっと消えた。
「オルシアァアア────!!」
ラファエルが狂ったように叫んだ。
すると――
カラスたちが一斉に舞い上がり、彼を取り囲む。
逃げ場を奪い、激しく襲いかかる。
ラファエルはただ悲鳴を上げ続け──
やがて力尽きて崩れ落ちた。
──終わった。
私はすぐに駆け出していた。
「ディーン、死なないで!」
瀕死のカラスを抱きしめる。
ぽろぽろと、涙が止まらない。
その背後から、呑気な声が降ってきた。
「凡人が、呪遺物を使用するでない。汚れるぞ」
……は?
今ごろ?
そこには、ようやく<人型>の水龍様が現れていた。
さっきまでの死闘が嘘みたいに、場が静まり返る。
「呪遺物は我が預かろう」
私は収納庫から杖を取り出し、指輪と一緒に差し出す。
水龍様が杖を掲げると――
カラスたちが、一斉に騎士の姿へ戻った。
そして、気絶したラファエル。
水龍様の手によって、真っ黒な魚へと変えられ、そのまま湖へ放り込まれる。
──うわぁ……。
もう黒い魚、絶対食べられない……。
「オルシア!」
次の瞬間、強く抱きしめられた。
ぎゅうぎゅうと……
ディーン!?
ちょっと――今、大勢見てるんですけど!?
「うぉおおお──! おおおおお──!」
騎士たちの歓声が響き渡る。
……恥ずかしすぎる……!
……でも。
無事に終わった安堵と同時に、じわりと別の感情が湧いてくる。
私は、水龍様を軽くにらんだ。
「どうして直ぐに来てくれなかったのですか!」
「其方たちの国だ。其方たちで守れ。我は見守るだけだ」
……はあ?
契約しないと、こんなに冷たいの?
「そうだ我々で守るんだ、この国を!」
「シビル様がおられる限り、この国は安泰だ」
「あのような噂を妄信するなど、今までのご無礼、お許しください!」
周囲から、口々にそんな声が上がる。
ようやく――私は、正当なシビルとして認められたようだ。
私の前にガルディーが進み出る。
レティーを私の前に跪かせた。
「シビル様、本当に申し訳ございません。どうぞ、妹に罰を与えて下さい」
「私、アイツに利用されただけなの。わざとじゃなかったのよ」
……いや。
ナイフで私を消そうとしてたよね?
「謝罪するんだ!」
「なんでよ、嫌よ。ディーン、助けて」
「許されるはずないだろう! お前も水龍様の罰を受けろ!」
ディーンの鋭い怒声に、レティーは泣き出した。
この場は静まり返り、全員がレティーを見ていた。
すると突然、レティーの体がふわりと宙に浮いた。
次の瞬間。
ポンッ、と軽い音が響き――彼女は一羽のカラスへと変わってしまった。
「カ、カァア⁈」
さらに、水龍様が指を鳴らすと、
──カラスになったレティーの姿は、跡形もなく消えてしまう。
「我の精神界で生涯反省するがよい」
冷たい宣告だった。
この結末を、私はレティーに謝らない。
彼女は私が設定した悪役ではない。
悪事は全て、レティー自身の選択だった。
ガルディーが深く頭を下げる。
その横で、ディーンがぽつりと呟いた。
「俺も、ああなったかもしれないな」
……そうかも。
本来なら、このあと私は水龍様の花嫁になるはずだったのだから。
でも――。
「仲睦まじく暮らすがよい。さらばだ」
別れの言葉を残し、水龍様は静かに姿を消した。
しばらく誰も動けなかった。
やがてディーンが周囲を見回し、隊長らしく声を張る。
「よし、全員これで解散だ」
さらに命じる。
「一連の出来事は、王家に報告するまで口外しないように!」
騎士達は一斉に敬礼し、それぞれ帰路についた。
「俺達も帰ろう。司祭が消えて挙式は伸びてしまったな……」
「そうですね」
──お腹空いた……。
横でディーンが、ふっと笑った。
えっ。
今、読心術使った?
あとで絶対、問い詰めるんだから!
何か忘れてる……。
「あ、神殿でお祈りしなければ」
大切なシビルのお仕事。
私は祭壇の前で静かに手を組む。
神様。この国の平和は守られました!
これから先の未来は、もう予想できません。
きっと、手探りの日々になります。
それでも。
──幸せになれる予感。
祈っていると、また光景が頭に浮かんできた。
春の日。
私とディーンの賑やかな挙式。
盛大な拍手。
祝福の中、私達はキスを交わす。
そして夜……二人だけの甘い時間が……
──ひやぁぁあ。どうしよう!
これは予知なのか、それとも空想なのか。
分からない。
でも、もし願いが現実になるのなら。
私は幸せな未来だけを、思い描き続けたい。
祈りが終わり、家族が待つ屋敷へ帰った。
ディーンの無事に、屋敷は喜びに包まれた。
幸せな時間。
これからも、私はディーンの妻として、ここで暮していく。
これが――私がずっと描いていた、空想物語の終わり。
読んでいただいて、ありがとうございました。




