19 最終章/オルシア
決意を胸に、神殿へ向かう。
護衛は帰した。
無謀かもしれない。
──物語では、まだ先のはずだった。
だって、編んだマフラーさえ、まだディーンに渡していないんだから。
展開が早すぎる。
シナリオはどんどん変わっていく。
長年、何度も何度も思い描いてきた物語なのに。
たった一か月余りで終わろうとしているなんて……。
本来なら春先。
私はディーンと離婚するために神殿を訪れて──ラファエルと対決するはずだった。
最後までディーンは私を信じてくれなかった。
彼は私の敵。味方は水龍様だけ。
けれど今は違う。
──この現実。
きっとラファエルは、何も知らない。
レティーに水龍を召喚する力がないこと。
未来を知る私が、圧倒的に有利だってことも。
見えて来る。
──湖畔の神殿の前に立つ、二人の悪党。
私が何も知らず、のこのこ祈りに来たと思っているのね。
ポーカーフェイスなら得意よ?
聖職者を装った罰、きっちり受けてもらうわ。
──こちらの勝利は確定している。
ここから最終章が始まる。
神殿前に着くと、ラファエルがにこやかに手を差し出してきた。
「シビル・オルシア、久しぶりですね」
「はい、またお会いできて光栄です」
すまし顔で、握手する。
その横で、レティーが冷めた目を向けてきた。
「今日は先に、湖で祈りを捧げたいと思います。先日の鎮火のお礼を、水龍様にお伝えしたいのです」
私が言うと、すぐにレティーが口を挟む。
「あら。それなら私が、既にお伝えしたから必要ないわよ?」
「貴方のお礼など伝わりません。シビルは私なのですから」
「私が召喚したのよ! 能無しシビルのクセに!」
相変わらず沸点が低い。
ラファエルが「まあまあ」と割って入る。
「それなら、オルシア殿、まずは湖に向かいましょう」
──ここまで計画通り。
湖は、嘘みたいに静かだった。
私は水際に立ち、祈るふりをしながら心の中で呼びかける。
(水龍様、ラファエルを倒す為の力をお貸しください)
背後でラファエルが動く気配。
大丈夫。ディーンがついてる。
「カァアアア──!!」
鋭い鳴き声。
続いてラファエルの悲鳴。
「うわぁああ、やめろ!」
振り向くと、多数のカラスがラファエルに襲いかかっていた。
彼は必死に杖を振り回している。
そのとき。
「止めなさい! オルシアを殺すわよ!」
ひやりとした感触。
ナイフが、私の喉元に突きつけられていた。
カラスたちは一斉に空へと舞い上がる。
……レティー。
ここまで凶悪じゃなかったはずなのに。
ラファエルだって、騎士をカラスに変えるなんて悪知恵、なかった。
ディーンが正義に傾いた分──
あちらの悪意が、増幅している。
きっと、未来のバランスがそうやって調整されているんだ。
「オルシア、もう消えていいわ!」
「待て! オルシアにはまだ役目があるのだ」
二人の声が重なる。
その隙に私は唱えた。
「レティーの銀のナイフを収納! レティーのドレスも収納!」
一瞬でナイフが消え、
レティーは下着姿になっていた。
「いやぁあああ!」
悲鳴を上げて、その場に崩れ落ちる。
続けて、
「ラファエルの手にある【神龍の檻の指輪】を収納!」
これは危険だもの、早く収納しなきゃ。
──空想の中で、何度も見て来た戦闘シーン。
私は<収納術>なんて使わない。カラスもいなかった。
ラファエルの正体を知らなかった私は、ただ驚くだけだった。
そんな私に危機が迫って、水龍様に助けられる。
でも今は、私だって戦う!
「収納だと?」
ラファエルが目を見開いた瞬間、無数のカラスたちが一斉に襲いかかる。
「水龍様──今です!」
早く!
水龍様?
……あれ?
出てこない?
(ねえ、出番ですってばーー!)
杖を振り回すラファエル──彼のダメージはほぼゼロだ。
これはマズイ!
「ラファエルの司祭服を収納! 下着も収納!」
次の瞬間、ラファエルは完全に素っ裸になった。
その全身に、カラスたちのくちばしが容赦なく突き立てられる。
「や、やめろ! この!」
……さすがにこれは、見ていられない。
でも、水龍様はまだ現れない。
なんでよ、今でしょう!
水魔法で、早く片付けてください!
すると突然――
ボンッ、と衝撃波が弾けた。
傷だらけのラファエルの体から放たれたそれで、カラスたちが一斉に地面へ叩き落とされる。
「ディーン!」
思わず叫ぶ。
ラファエルが、こちらへゆっくり歩いてくる。
「指輪を返せ! そうか……お前だったのか。レティーには騙されたな」
確信した目で私を睨む。
そしてレティーに杖を向けて、短く呪文を唱えた。
「いや、やめ……」言い終わる前に、レティーはカラスの姿に。
未来予知に、あの杖は無かった。
「ラファエルの手にある杖を収納!」
叫ぶけど――消えない。
【神龍の檻の指輪】みたいに特別な、固有名を持ってるの?
「指輪を返すんだ。そして水龍を呼べ! そうすれば命だけは助けてやる」
私に杖を向けるラファエル。
(水龍様、どうして現れてくれないの?)
その時。
ラファエルに向かって、一羽のカラスが果敢に飛び込んだ。
体当たり!
「しつこい!」
杖で叩き落とされる。
それでもまた飛び上がる。
殴られても、何度も、何度も。
――ディーン? やめて、無茶しないで!
再び衝撃派が放たれ、力尽きて倒れたカラス。
だが、ラファエルは容赦なく杖を振り下ろす。
「もう止めて!」
私は震える手で【神龍の檻の指輪】を取り出し、ラファエルに向けた。
──あの悪党を封印してやる!
読んでいただいて、ありがとうございました。




