21 【完結】空想物語の終わり/ディーン
ラファエルとレティーは消えた。
帰りの馬車の中。
向かいにはオルシアが何か言いたげに、俺を見ている。
「もしかしたら、私の心が読めるのですか?」
──そういうことにしておこう。
本当は、家族全員がオルシアの心の声を聞いている。
だが、それを知れば彼女は絶対に心を閉ざすだろう。
嘘をつくのは心苦しいが、オルシアだっていろいろ隠している。
おあいこだ。
「ああ、断片的に読める。俺の隠しスキルだ。身内にしか使えないが」
そう言うと、オルシアはぴくりと肩を揺らした。
「もうやめてくださいね?」
「わかったから、君も本音で話して欲しい。いつも言葉少ないから、俺は君の気持ちが分からないんだ」
「分かりました」
素直な返事。
だが。
(ディーンの前では、ヘンなこと考えないようにしなきゃ!)
……ほら、これだ。
仕方ない。
長い間、俺はオルシアにとって『この世の最低男』だったのだから。
焦る必要はない。
少しずつでいいから、心を開いてくれるのを待とう。
屋敷へ戻ったあと、俺はすぐに団長の元へ向かった。
団長であるシャーロッテ王女殿下は、俺達の無事を喜びながらも、報告内容に驚愕する。
「まさか司祭が……あのカラス達はディーン達だったのか」
「そうです。団長、この件について、お願いがあります」
今回の件を解決したのは、すべて水龍様。
オルシアは関係ない。
――そう神殿へ報告してほしい。
未来予知。
亜空間収納。
それに、水龍との意思疎通。
もし神殿がオルシアの力を知れば、必ず連れ戻そうとするだろう。
──ダメだ!
絶対に認めない!
オルシアは、俺の妻なんだ。
「確かに、この小国には勿体ないシビル様だ。だが、神殿に奪われるわけにはいかない」
団長は、そう言って承諾してくれた。
さらに、
「神殿には大きな貸しが出来たな。寄付を減らして貰おうか」
……さすが団長だ。頼もしい。
だが安心した途端、別の不安が胸を締め付ける。
──俺は、本当にオルシアに相応しい男なのだろうか。
今回の事件。
俺はカラスになって右往左往していただけ。
結局、オルシアに助けられただけだ。
本来なら、彼女は水龍の花嫁になるはずだった。
……後悔していないのだろうか。
本当は俺と離婚したいのではないか。
聞くのが怖い。
だが、曖昧なままには出来ない。
オルシアの望みを、ちゃんと叶えるべきなんだ。
***
それからしばらく、屋敷には重い空気が漂っていた。
親友のレティーを失ったケイトの悲しみは深い。
俺も、ガルのことを考えると胸が沈んだ。
いつも明るいオルシアの心の声も、少ない。
オルシアが黙り込むと、こんなにも寂しいのか。
それでも時間は進み、少しずつ日常が戻ってくる。
神殿からは再び司祭が派遣され、我が国の寄付額も多少減ったらしい。
挙式のやり直しは春に延期した。
その話をしても、オルシアはすました顔で答えるだけだ。
「そうですか」
表情からは、本心が分からない。
だから俺は、思い切って聞いた。
「本当に俺が夫で良いのか?」
「良いですよ?」
あっさりした返事。
だが。
(あの神殿には、ぜーーーったい、帰りたくないもの)
……なるほど。
「そうか」
理由はどうあれ、俺の妻でいてくれる。
それだけで、十分だ。
***
冬が来た。
吐く息が白く凍る朝。
出勤前、オルシアが少し緊張した顔で、紺色のマフラーを差し出してきた。
「寒くなりました。良ければこれを」
そして、そのまま俺の首へ丁寧に巻いてくれる。
柔らかい指先が触れる。
(気に入ってくれるかな?)
(いらないって言われたら、泣くかも……)
……断れるわけがないだろう。
「温かいな。ありがとう」
そう答えると、ぱっと心の声が弾んだ。
(喜んでくれたわ! やっぱりディーンは優しい。冷血じゃないわ)
思わず苦笑する。
いや、十分冷血だと思うぞ、俺は。
「大切にするよ」
そう言って、額へ軽く口づけを落とした。
すると。
(え? え? うっそ! 恋人同士みたい!)
……いや。
夫婦なんだがな。
危うく吹き出しそうになるのを堪える。
本当に、オルシアは可愛い。
分かっているのは、オルシアは神殿の中で育った純真な子どものような人だということ。
そして、俺の妻というよりも、まだ<シビル>のままなんだ。
だから、挙式のやり直しは絶対に必要だ。
「俺のこと、どう思う?」
そう尋ねると、オルシアは落ち着いて答えた。
「良い人です」
(だから、好きですよ? まだ恥ずかしくて言えないけど)
胸が熱くなった。
「そうか」
──俺も好きだ!
今すぐ抱き締めて伝えたい。
けれど聞いたのは、オルシアの心の声だから……言えない。
「行ってらっしゃいませ。お気を付けて」
「行ってくる」
屋敷を出ると、首に巻かれたマフラーがふわりと揺れた。
……正直に言えば。
手編みのマフラーを巻いて出勤するのは、かなり恥ずかしい。
同僚どもには絶対にからかわれる
もしオルシアの心の声が聞こえていなければ、俺はきっと、
『マフラーなど、不要だ』
そう言って、突き返していただろう。
自覚はある。
俺は冷淡で、愛想もない男だ。
「オルシアの心の声は、俺にとっての生命線だな」
彼女の心の声を聞きながら向き合うくらいで、ちょうどいい。
あの不思議な声。
きっと神が俺に与えた救いなんだろう。
──オルシアの本音を、彼女の口から聞きたい。
なら、まずは俺から、強く、もっと強く、愛を伝えなければいけない。
「好き」なんかじゃ、足りない。
──心から、オルシアだけを愛していると。
水龍よりも、誰よりも、君を幸せにする。
毎日美味しいご馳走を、用意する。
戻ったら、俺は誓う。
その時、
「旦那様、愛しています」
笑って、そう言って、俺を抱きしめて欲しい。
オルシア。
──その時こそ、俺達の物語は、完結する。
そして、新たに始まる未来。
君を守る。
どんな困難だって、俺は乗り越えてみせるよ。
最後まで読んでいただいて、本当にありがとうございました。




