16 ラファエルとの取引/レティー
恐ろしい魔物は討伐された。自宅待機もようやく解除。
冷たい風の中、私はすぐに神殿へ向かった。
新しい司祭様が来ているはず。――オルシアより先に、会っておきたい。
胸の奥で、ぐつぐつと黒い感情が煮え立つ。
──オルシア!
シャーロッテ王女に説教されたわ。
私はシビルの資格など無いし、水龍と意思疎通できるのもオルシアだけだと。
王女は分かってない!
ディーンに相応しいのは私だけなのに。
……どうしてよ、ディーン……
あんなに嫌っていたのに、離婚するって言ってたのに!
イライラを抱えたまま神殿に着くと、ガルお兄様と鉢合わせた。
「レティー……魔物に嚙みつかれたんだ。手当てを受けたが熱が出ている」
顔色が悪い。
患部を確認すると、紫色に腫れ上がり、明らかに猛毒が回っている。
「解毒が必要だわ!」
――私は解毒できない。
司祭様にお願いしなくては!
「ディーンは大丈夫なの?」
問いかけると、兄は短く「うん」と答えた。
そして、じっと私を見つめてくる。
「レティー。もうディーンのこと、諦めろ。もっといい男を探してやるから」
――は?
「ディーンよりいい男なんていないわ。好きなの。諦めるなんて嫌よ!」
「挙式をやり直すほど、ディーンはオルシアさんを好いている。お前ではダメなんだよ」
「あんなシビル、彼には相応しくないわ! 水龍様が認めたのも、この私よ?」
言い争いはヒートアップしていく。
そのとき――
神殿の入り口に、司祭服を着た男が姿を現した。
私と同じ黒髪の男。その顔には薄い笑みを張り付かせている。
「レティーですね?」
「そうです。新しい司祭様ですか? 兄の解毒をお願いします」
そう頼むと、彼は「ふむ」と考え込んだ。
それから。
「いいですが、まずは水龍を呼び出していただきましょうか」
……え?
何を言っているの?
「取引ですよ。解毒だけではない、貴方の愛するディーンをカラスに変身させました。こちらも元通りにして欲しければ、水龍を呼び出すのです」
――最悪だ。
兄との会話、聞かれていたんだわ。
こんな男……まともじゃない。
思わず兄にしがみつく。
「ディーンをカラスに、だと? 嘘だろう?」
「嘘ではないですよ。他の騎士たちも変身させました。**偉大な計画**の邪魔になるので」
「何を企んでいるんだ!」
兄が剣に手をかける。
その横で、私は――冷静に考えた。
……これ、チャンスじゃない?
一歩前に出て、兄を押しのける。
「カラスに変える。本当にそんな力があるの?」
「証拠をお見せしましょうか?」
「ええ、兄をカラスに変えたら信じます。ああ、解毒もお願い」
「お前、何を言ってるんだ?」
震える兄の声。
「大丈夫、私がきっと元に戻すから!」
そう言って、後に回りぎゅっと抱きつく。
「離せ!」
もがく兄に向かって、司祭が呪文を唱えた。
次の瞬間――
兄は、あっという間にカラスへと変わった。
床に倒れぐったりしている。
恐れを隠して、私は問う。
「解毒は?」
「水龍が先です」
――やっぱりね。
この男に主導権を渡したら終わりだ。
私は腕を組み「水龍を呼んで欲しければ、私の願いを叶えなさい」と、あえて傲慢に言い放つ。
――交渉は、対等でなければ意味がないのだから。
「私に手出しすれば、水龍様が黙っていないわよ!」
強気に出ると、司祭はふっと肩をすくめた。
そして――あっさりと兄の解毒を行う。
「これでいいかな?」
軽い口調。
私を小娘だと見下している。
「いいわ。それで相談なんだけど──」
私の望みは、ただ一つ。
ディーンが欲しい。
それ以外、何もいらない。
オルシアをカラスに変えて、一生戻さないで欲しい。
この手で――消してもいい。
胸に渦巻く、この黒い感情。もう誰も、止められない。
司祭は頷いた。
「いいでしょう。協力しましょう」
嫌な男。
でも――取引は成立した。
神殿の外へ出た。
すると、遠くの森林から煙が立ち上っているのが見えた。
「火事だわ! 水龍様、消してくれないかしら」
そう言って、見上げた空には多数のカラスが旋回していた。
あの中に……ディーンがいる。
私は叫んだ。
「ディーン! 聞いて! 司祭と取引したの!」
「元に戻して欲しければ、私を選んで! オルシアを追放して!」
すると。
「カァア──」
一羽のカラスが鳴いて、空の彼方へと飛び去っていった。
……今のが、ディーン? なんて言ったの?
兄もまた、カラスの群れを追って飛び立っていた。
その姿を見送りながら、私は決心する。
──負けない。
たとえ、良心を捨てることになっても。
絶対に、オルシアに勝つ。
黒い心を抱えたまま、私は湖に向かって祈りを始めた。
読んでいただいて、ありがとうございました。




