15 ラファエル/ディーン
──早朝。
国境を越えて、厄介な魔物が流れて来たという報告が入った。
俺はすぐに団長と合流し、状況を聞く。
自在に姿を消し、人を襲い、生き血を吸う――厄介極まりない魔物。
俺たちの隊は森林へ。団長たちは街の防衛に回る。
「討伐が終わるまで、決して屋外に出てはならない」
住民に警告を出し、森へ踏み込んだ。
中に入ると三隊に分かれ、捜索を開始する。
三日三晩、不眠不休で探し続けたが――影すら掴めない。
本当に国境を越えてきたのか……?
五日目。
冷たい北風が吹いていた。
「少し休息しよう」
部下たちの疲労は明らかで、俺自身も焦りを隠せなかった。
……オルシアとの挙式が伸びそうだ。
交代のラファエルという司祭は、悪人らしい。
早くこの件も片付けないと。
それでも――少しだけ安堵していた。
オルシアはようやく、この世界を現実として受け止めたらしい。
何がきっかけだったのか、気になるが……今は任務が先だ。
「そろそろ行くか……」
そう口にした瞬間だった。
後方で、「うわぁあ!!」と悲鳴が上がる。
振り返ると、ガルが地面に倒れ込んでいた。
苦痛に顔を歪めながらも、ガルの腕は見えない何かを掴んでいる。
そして首筋から、血が一筋流れていた。
――来たか。
俺は迷わず剣を振る。
すると、確かに手ごたえがあった。
地面に散る、黒い液体――魔物の血だ。
「逃げた!」
ガルが叫び、俺は即座に動く。
黒い血の跡を追い、視線を前方へ。
わずかに揺れる空気――そこに奴はいる。
躊躇なく、俺は剣を投げつけた。
「ぐぎゃあああ!!」
断末魔と共に、姿を現したのは――真っ黒で、醜悪な魔物。
そこへ追いついた部下達が、止めを刺した。
――討伐完了。
終了を告げる号音ラッパが、森に響き渡る。
死体を確認する。
人と蝙蝠と爬虫類を掛け合わせたようなその姿に、誰もが顔をしかめた。
「姿が見えなかっただけで、大した魔物では無かったですね」
「うん、住民に被害が出なくて良かったよ」
「魔物め、腹を空かせて、我慢しきれずに俺を襲ったんだな」
「ガルが一番美味そうだったに違いない」
部下たちの軽口が飛ぶ。
それだけ余裕が戻った証拠だ。
マントを外し魔物を包むと、馬を止めた地点まで運ぶ。
そこで俺は短く指示を出した。
「司祭様を呼んで来い。浄化してもらう。ガルも治療を受けてこい」
ガルと部下の一人が、湖の神殿へ馬を走らせた。
分かれていた2隊の騎士達も、魔物を見ようと集まって来る。
あとで魔物を焼いてしまいたいが、強風だ。明日にしよう。
俺は大木にもたれ、目を閉じる。
司祭を待つ間の仮眠――体が沈むように重かった。
どれくらい経ったか。
蹄の音で目を覚ます。
顔を上げると、若い司祭が馬から降りていた。
……もう交代していたのか。
目の前の男――オルシアが話していた、ラファエルなのか?
──今ここで切り捨てるべきか!
いや、本人と確かめてからだ。
「討伐、お疲れさまでした」
司祭の声は穏やかだ。
「貴方は、ソードマスターのディーン殿ですね」
「そうだ。司祭殿、これの浄化をお願いしたい」
俺が魔物を指さすと、司祭は「承知しました」と応じ、古びた杖を掲げた。
低く呪文を唱え――次の瞬間、杖で地面を強く打ちつける。
魔物を中心に、地面が広範囲に光り出した。
すると。
――俺の体が、変化するのを感じた。
視界が跳ね上がり、感覚が狂う。
腕が、軽い。いや、違う――羽だ。
俺は、カラスになっていた。
それだけじゃない。
周囲を見れば、部下たちも全員、黒い羽に覆われたカラスの姿へと変わっている。
……なんだこれは!
咄嗟に危険を感じ、俺は空へ飛び上がった。
同時に、部下たちも一斉に後を追ってくる。
──やはり、切り捨てておくべきだった!
何という失態!
……くそっ!
「カァア―――」
叫んだはずの言葉は、ただの鳴き声にしかならなかった。
俺たちは神殿の屋根に止まり、息を潜めて様子を窺っていた。
やがて――ラファエルが戻ってきた。
こちらに気づくと、奴は口角を上げる。
……くっ!
どうすれば、元に戻れる……!
頼れるのは、オルシアしかいない。
いや、だめだ。
頼れば、オルシアまで危険に晒すことになる。
──その時だ。
遠くの森から煙が上がった。
ラファエル、森に火をつけたのか?
神殿からレティーが出てくるのが見えた。
──司祭に気を付けろレティー!
「カァア──!」
だが。
ここで、俺はレティーの本性を見てしまった。
彼女は、司祭と取引をしたと、俺に告げた。
──裏切られた。
俺は翼を大きく広げた。
そしてオルシアの待つ屋敷に、一直線に飛び立った。
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