14 水龍様の教え/オルシア
──これは夢?
周りの景色は見たこともない美しい桃源郷に変わっている。ふわりと甘い香りまで漂ってきて、現実味なんてどこにもない。
そして目の前には――
降臨された水龍様。
うん、やっぱり。
私が空想していた通りの、とんでもない美男子だ。
「夢ではないぞ。ここは我の精神界だ」
澄んだ声が、静かに響いた。
「水龍様ですよね?」
「そうだ。其方はなぜ、我に会いたいと願ったのだ?」
私は、この方に教えて欲しかった。
この世界は物語の中なのか、現実なのか。
私はこれまでのことを、全部そのまま打ち明けた。
「では、この国の世界は、其方が我の花嫁になる物語だと言うのか?」
「はい。私が空想していた物語がそのまま展開しているんです」
……とはいえ。
「かなり、話がズレてはいますけど」
正直にそう付け加えると、水龍様は呆れたように目を細めた。
「それは其方の《未来予知》ではないのか? 神殿の神聖な祈りの間で、其方は未来を見つめていたのではないのか?」
え? 予知?
思わず瞬きをする。
「未来は変化する。それを『ズレている』と勘違いしているのではないのか?」
そう言われて、はっとした。
「そういえば、ここに嫁いできてから、物語を空想できなくなりました」
……だから、物語の行方が曖昧で、分からなくなっている。
水龍様は静かに頷く。
「其方が願う結末を、実現させれば良い。もし我の花嫁になりたいなら、叶えても良いぞ? この世界で其方の寿命が尽きるまで、傍に置いてやっても良い」
思いがけない言葉だった。
でも――
私は小さく首を傾げる。
水龍様に、私を救う理由なんてない。
だって、今の私は不幸を嘆くヒロインじゃない。
むしろ、幸福なヒロインだ。
ディーンのいるあの場所は、天国なんだもの。
だから聞いてみた。
「ここに、ご馳走はありますか?」
「精神界にあって、食べる必要はない」
「じゃあ、いいです」
即答した。
「ではこれまでだな」
あっさりと話を切り上げて、水龍様は去ろうとする。
……けれど、急に止まった。
次の瞬間、整った顔がわずかに歪む。
「そうだ! シビルよ、其方の夫君が我を呪ったぞ!」
「ディーンがですか?」
「夫君は告げた。『俺の嫁を攫いに来てみろ、その首を撥ねてやる』と! 無礼千万!」
思わず、笑いがこみ上げた。
「ふふふ」
あの時。
ディーンは祈っていたんじゃなくて、文句を言ってたのね。
「それは申し訳ございません」
謝りながら、ふと疑問が浮かぶ。
「なぜディーンは、水龍の花嫁の件を知っているのかしら?」
「奴はソードマスター。読心術でも心得ているのであろう」
……ああ、なるほど。
それなら全部、辻褄が合う。
しかし。
ズン! と胸が重くなる。
──私の心を読んでいたですって?
ディーンは自分の未来を知った。
だから、挙式をやり直したいなんて言い出した?
後悔したくないから?
それとも――別の理由?
「さらばだ」
「あ! お待ちを!」
消えかけた水龍様に、慌てて声をかける。
「ラファエルを倒してくださいね!」
返事はなかった。
水龍様の姿は、そのまま静かに消えていく。
――そして。
私は、元の部屋に戻っていた。
さっきまでの出来事は、まるで夢みたい。
でも――頭は妙に冴えている。
水龍様は教えてくれた。
ここは現実の世界。
私は祈りの間で、この国の未来を見ていたのだと。
私は何も行動してこなかった。
ただ、成り行きを眺めていただけ。
変えたのは――ディーンだ。
気づかないうちに、心を読まれていた?
そして彼は、私が見ていた未来とは違う選択を、何度も選び続けていた。
彼の花嫁。
いくらでも選択肢がある。
レティーでも、シャーロッテ王女でも。
他の誰かでも、よかったはずだ。
それなのに――
ディーンは、私を選ぼうとしている。
胸の奥が熱くなると同時に、ひどく痛んだ。
……ちゃんと話さなきゃ。
これは物語じゃない。
現実なんだ。
*
翌朝。
日の出と同時に、浅い眠りから目が覚めた。
やけに下が騒がしい。
急いで階下に降りると、ちょうどディーンが出て行くところだった。
「旦那様、こんなに早くからお出かけですか?」
「ああ、ちょっと厄介な魔物が出たようだ。行ってくる」
いつも通りの、変わらない口調。
私も、澄ましたまま告げる。
「お気を付けて。ここは現実の世界ですから」
一瞬の沈黙のあと、
ディーンは、ふっと優しく微笑んだ。
「やっと気づいたか。戻ったら話し合おう」
そう言い残して、彼は急いで出て行く。
私はその場に立ち尽くしたまま、目を伏せた。
──彼は知っていた。
何もかも知っていたんだ。
読んでいただいて、ありがとうございました。




