10 沼地まで/ディーン
俺はオルシアを連れて、森林に入り沼地に向かっていた。
同じ馬に乗せているからか、怖がりもせず、
(高ーい。 凄い、楽しい!)
初めての騎乗に大はしゃぎだ。
素直に声に出せばいいものを、相変わらずのすまし顔。
「いつか一人でも、馬に乗れるようになってみたいです」
「練習すればいい」
そう返した途端──
(はあ~ 『教えてやろう』とか言えないのかしら、ホント不愛想なんだから)
……聞こえてるんだがな。
「……時間があれば教えてやろう」
「お願いします」
(沼地はまだかな~)
……おい、不愛想の評価を訂正しろ。俺は十分気を遣っているだろうが。
だが、不快ではない。オルシアの心の声は愉快だ。
「間もなく沼地だ。ここからは降りて歩くぞ」
(えええ──! 蛇とかいないよね)
「俺の後ろについて来れば大丈夫だ」
馬を降り、先に立って進む。しばらくすると、見慣れた沼地が視界いっぱいに広がった。
「大きな沼地ですね。土砂で埋まるかしら」
「全部でなくていい。少しでも狭まれば助かる」
「では水龍様に祈ってみますね」
そう言って、彼女はジッと俺を見る。
(水龍様が来なくても、怪しまれないよね……)
(ディーンに見られても、うまく誤魔化せるかな……大丈夫よね?)
……なるほど。《亜空間収納》はどうあっても内緒にしたいようだ。
「俺も一緒に祈るとしよう」
そう言って、彼女の後ろに回り、膝をついて目を閉じる。
(これなら、大丈夫そうね)
次の瞬間──
ドサドサ、と大量の土砂が落ちる音と共に、地面が揺れた。
目を開けると、そこにあったはずの沼地は──見事に埋め立てられていた。
改めて、オルシアの能力に感服する。
「水龍様、ありがとうございました」
わざとらしい言葉に、思わず笑いそうになる。振り返ったオルシアは、どこか満足げだ。
「水龍の恩恵は、君のお陰だったんだな。レティーは関係なかった」
「私がシビルですから」
柔らかく微笑むその表情に、俺もつられて口元が緩む。
……悪くない。こういう時間も。
再び馬に乗り、帰路につく。
(ふんふんふん──)
鼻歌とはな。よほど楽しいようだ。
それなら、もっと早く馬に乗せてやればよかった。
──オルシアの楽しそうな様子に、ケイトの言葉が頭をよぎる。
『オルシアは『レティーに命を狙われるかも』って、考えてるわ。死亡すれば、この物語は未完で終わりだって』
『なぜ? って……。流れてる噂のせいじゃないかしら。レティーがお兄様を愛してるのも事実よ?』
……そこまでやるだろうか? 俺の知っている、あのレティーが。
俺への愛、だと?――そんなもの、受け入れられるはずがない。
……だが、くだらない噂は、いまだに消えずに残っている。
ならば、やることは一つだ。
レティーとは、きっちり話をつける。
――それが、俺の責任だ。
「オルシア」
「はい」
「いま流れている事実無根の噂は、全部俺が取り消して訂正する。心配するな」
言い切った瞬間、まただ。
オルシアの“心の声”が、はっきりと流れ込んでくる。
(ええ! 私を心配してるの? ……ディーンは『我関せず』で貫く設定なんだけど)
(もしかしてここは物語の世界と──違う?)
(でも、空想の中で展開していたのは、確かにこの国での物語なんだけど)
……オルシア。もう気づけ。
これは物語なんかじゃない。現実だ。
「旦那様は私を信じてくれるのですか?」
「勿論だ。俺はこの目で見た事を信じる。この目は節穴ではないぞ?」
そう答えた途端、彼女の中の混乱が一層強く流れ込んでくる。
――どうやらオルシアの中で、俺は『この世の最低男』らしい。
……否定はできない。
結婚式をすっぽかしたのは事実だし、愛想もなければ冷淡だとも思う。最初から彼女のことを、不必要なシビルだと切り捨てていたのだから。
もし、この声が聞こえていなければ――
俺は今も変わらず、彼女を冷遇し続けていただろう。
胸の奥が、鈍く痛む。
ああ、その通りだ。俺は間違いなく、最低な男だ。
やがて森林を抜けたところで、前方から馬を駆けさせてくる影が見えた。
「ディーン!」
聞き覚えのある声。レティーの兄、ガルディーだ。
「俺の親友のガルだ」
「レティーのお兄様ですね」
――驚いた。
オルシアは、当然のように彼のことも知っている。
馬を止めると、ガルがこちらへ寄ってきて、ニヤリと笑った。
「おいおい、のんびり奥方とデートか? 団長が呼んでいるぞ」
「くだらないことを言うな! 妻に沼地を埋めてもらっていたんだ」
俺が言い返すと、ゴルは目を丸くし――
オルシアは、
(妻! 『妻』って言ったわ⁈ なんでぇぇえ)
……なんで……も何も。
今は、俺の妻だろうが。
「ちょうどいい。団長に俺の『妻』を紹介しておこう」
そう告げて、俺は手綱を引いた。
迷いはない。
馬を蹴り、ノーススター城まで走らせた。
読んでいただいて、ありがとうございました。




