ストーリー052 敵に先んじよ (七尾城跡の戦い①)
ストーリー052 敵に先んじよ 七尾城跡の戦い①
二十八號手記 追記
~能登という地域~
自分、大和一郎こと山田驍は遠野に向けて旅立った。
美しい十六夜号は京都を後にし、琵琶湖のほとりを抜けて、日本海側へ抜けようとしている。この辺りの地理感覚は『かなた』の日本国と大差ない。だが、これから経由していく北陸の海岸線、地形はかなり変わっている。まるで能登半島が島根半島の北側にドッキングしたかのような『こなた』の日本列島。その代わりに、能登半島の抜けた加賀地域とと越中地域の間には羽咋半島と呼ばれる半島が突き出ているだけになる。まるでその先がもぎ取られたかのように。そうなると、少なからず歴史にだって影響するだろう。異なる時の流れを想像した。
時刻は深夜。窓の外は漆黒の世界。自分は『こなた』の日本地図に目を戻した。
それでも、能登半島の基本的な構造や性質は変わっていないように思われる。『こなた』の青海県の北部、峻険な山地の合間に美しい農地や漁場、都市や農村を抱えた地域がある。そこは維新以前には『能登』国と呼ばれていた。その地形は『かなた』の石川県北部、能登半島と酷似しており、文化的にもやはり同様のものを継承している。棚田の美しい珠洲、輪島の漆器など諸々の文化が息づく。違う点があるとすれば、半島の根に隣接するのが、『かなた』では加賀、越中と北陸の国々であるのに対して、『こなた』では山陰の、出雲、伯耆2か国が南側に隣接している格好だ。なので、『こなた』の能登は山陰の国のひとつに分類される。
開和維新の後、これら山陰の各国、能登、出雲、伯耆および石見4ヵ国は青海県として統合、行政区分された。西日本の大県、青海。今やそのうち旧出雲、伯耆および石見の3地域までもが連邦軍、青海方面軍に支配され、能登だけが帝国に残されている。避難した青海県の行政と第2師団が抵抗を続ける青海県の北部、能登半島。そこでまた激しい戦いの火ぶたが切って落とされることになるのだが、列車の中の自分が知る訳もない。
「真凜さん、おやすみなさい。頑張ってきます。」車窓から見える北極星に、自らのことを誓うのだった。
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帝国戦闘記録などより
~能登への避難~
残された地域、能登半島の奥座敷、珠洲に臨時庁舎を置く青海県の知事、畠山は新聞の見出しを見てうんざりした顔をした。彼のブルドッグのように垂れ下がった頬がひくついている。さほど肥満という事もないが、年齢に従い、余った顔の肉が下に垂れ下がった。親しみやすいと評判だったが、今や自分の落ちぶれた評価の象徴のように思える。少し薄くなったオールバックを毛が抜けないように優しく指で撫で上げる。
「市民を見捨てた国賊、畠山知事と上杉少将について」
国民の意見、彼らの行動を理解できるか?
理解できる 4%
どちらとも言えない 16%
理解できない 78%
「見てみなよ、上杉さん。ブン屋がこんなアンケートまで集計してやがる。」
目の前には第2師団長でもある上杉和哉少将がいる。
「厳しい戦況に不満、鬱屈感のある市民の気持ちをスカッとさせるためには、悪者が必要なのでしょう。」
上杉も記事に目を通したうえで、感情を押し殺して言う。中肉中背、十分に鍛えられた体は最近少し肩が痩せて来たようにも思う。少し白髪の混じり始めた栗色の頭髪は緩やかにウェーブしている。彼はその髪型を「おばちゃんっぽく見える」と自分の子供に言われたことを大層気にしている。
「実際あの頃、そんな余裕はなかった。岩国の例もある。私が捕まることによって、県全体を一気に手放す羽目になっていたかも知れない。今こうやって挽回の機会を狙っているではないですか。」
畠山は自己弁護を始める。
塩冶原改め戦場ヶ原で敗北を喫し、何とか立て直しつつ青海まで後退した。だがその頃には敵軍の先遣隊が追い付いてきていた。市街戦になって多くの市民を巻き込むより、青海市街を出るしかなかった。それで、青海市の北、能登の七尾市へ続く街道に陣を張って再戦したが、ここでも敗れて、北に敗走することになる。七尾に達したころ、敵の追撃も止み、その代わりに青海は完全に連邦軍の支配下に入った。
こうして今、行政組織が青海市からここ、珠洲に仮住まいを置いて、地球連邦に抵抗を続けている格好だ。更に帝国第2師団が付き従っていることで、一定の軍事力を持った小国が存続しているような状況だ。彼らは青海市の市民のほとんどを置いて、自分たちだけ逃げて来たようなものだ。青海の行政も、第2師団も新聞などのメディアから結構な批判を受けている。いくら勇ましく抵抗戦を繰り広げようとも、世論が認めないわけだ。
「青海の市民、一般人たちが無事であるのは、連邦軍の執政官が人徳者だからだ、とも書いてありますね。」
上杉も文面に目を走らせて言う。
確かに単なる幸運と言ってよい。青海方面軍のトップである官僚、執政官のバヤンは融和政策を取り、日本人に非道な行いをしないよう、軍人たちに厳しく指導している。
「確かに、現在岩国方面軍や日向方面軍の執政官をしているような人物が青海侵攻を指揮していたとしたら、全く違う展開になっていたには違いない。それならば、私の身の振り方も変わっていたでしょうよ。」
引き続き自己弁護を続ける畠山。
岩国方面軍の孫晧は冷酷な人物で、岩国の帝国市民はその圧政に苦しめられていると聞く。日向方面軍の董覇机は、怪しい人体実験をしているという噂すらある人物だ。しかも北部九州は無差別的な砲撃を受けて、廃墟のような有様だと聞く。こういった人物が青海方面軍の執政官だったら・・・畠山と上杉も今以上に批判されて、それこそ何らかの処分を下されていただろう。
「しかし各地の市民もいろいろと情報を仕入れていますねぇ。それらをもとに噂し、青海方面軍の執政官バヤンを誉め、我々をを冷めた目で見ているということですか。」
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~避難しない市民たち~
連邦軍が迫る中、市民に呼び掛けて、能登へ引率しようとした部隊もあったが、青海市の人口は多く、対応が間に合わなかった。手が及ばない地区もあったし、変わり者もいる。どうしても残るという人間もいた。
「青海命、残ります!」
「私は歩行困難だから、皆さまにご迷惑をかけるなんて申し訳ない」
とか、とんでもない豪傑もいる。
中にはさらに、もっととんでもない傑物もいる。
「仮に青海に残った自分たちが酷い目に合えば、それに怒った帝国の民が奮起して連邦に立ち向かい、やがて帝国が自領を回復する礎となるだろう。だからこの俺様が奴らを監視してやる。」
ほんとうに、思考がぶっ飛び過ぎている。いかつい親父。あれは青海の洋食屋のオーナーだったか、確か名前は小此木・・・
その名前でふと思い当たる人物が軍にも二人ほどいる。
小此木博文大佐・・・確か能力開発部を指揮してもいて、先日連隊長になった。
小此木真凜・・・多分この娘があのオーナーの娘に当たるのではないか?
新聞や雑誌にも、先の上石見・般若間の戦いでの活躍が小さく乗ることがあった。妙な縁もあるものだと上杉は思った。
あの「イカれた」オーナーの一言に影響されたのか、そのまま残る者が増えたまである。彼の親戚や縁者だけでない、通りに住まう者たちの多くがそのまま残った。彼らはひとたび被支配者になることを受け入れた。そして彼らは信じている。いつか帝国軍が勝利して、この街に凱旋してくると。
深い苦悩を眉間に沁み込ませ、それを右手の二指でもみほぐしながら、上杉の意識が、青海を去ったあの日から、今現在に戻ってきた。
気持ちを何とか整理したところで、今日の会談の内容を踏まえて、侵攻してくる連邦軍を倒さなければならない。
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~北洋艦隊の長~
待たされて落ち着かないが、もうすぐ彼女が現れる。今や自分と同格の少将、師団長になったかつての教え子、那珂川愛が来る。日本海の海戦の勝利に一番に貢献し、昨年、最年少の将軍として第6師団、すなわち北洋艦隊を率いる存在になっている。
上杉が士官学校で教鞭をとり、その生徒として彼女がいた頃には、「とてつもなく面白い娘がいるな」という子を見る親の気持ち、期待感で見ていた。その期待感は裏切られなかった。淡い栗色の髪、藍色に輝く瞳。華やかな見た目と裏腹、地味な努力を惜しまない。そんな彼女の姿を垣間見て、いつしか上杉自身も彼女のファンになっていた。レンジャーアイドルだったか、「Say!Lane→」(セイレーン)とかいう活動をしていて、最初は広報でも目指しているのかと思った。
「なんでそんな活動をしているの?」と聞いてみたら、
「皆が一体感を持って戦うには、歌が一番です。若い人達にも危機感を持って国難に向き合ってほしいですしね。」と意外にも戦略家な答えが返って来た。
当時、まだ「黒道」も存在せず、我が国は地球連邦の特恵同盟国だった。それでも一部の人達は既に地球連邦の拡大と世界情勢を十二分に危険視していた。結局活動の傍ら、影の努力をおろそかにしなかった彼女は首席で卒業して行った。それきり、しばらく彼女と会うことはなかった。彼女の先見の明のごとく、「黒道」出現後に連邦による侵略戦が海でも陸でも開始された。海では能島中将(当時は大佐)の所属する南洋艦隊や彼女、那珂川少将(当時は中佐)の所属する北洋艦隊が地球連邦の海軍をそれぞれの海域で撃破した。那珂川はあたかも士官学校時代そのままに、アイドル街道を進んでいるかのようではないか。
そのアイドル様に上杉は物資の支援などを受けながら今も連邦軍の侵攻に耐えている。
昨日の、5月13日、連邦軍の大規模な軍事行動が伝えられてきた。
3個旅団、約3万の連邦軍が能登に向けて侵攻を開始したとのこと。今までの中で最大規模の侵攻になる。この勢いだと、連邦軍は数日で第2師団の半分がいる七尾に到着し、戦闘が開始される見込みだ。七尾を守備する第1、第2連隊の約1万足らずでは心もとない。なんとか持ちこたえている間に、輪島や穴水にいる残りの第3、第4連隊の1万が到着すれば良い戦いができるだろう。最初はそういった定石通りのストーリーを考えていたが、ふと思いついた作戦があった。それを彼女と協議したい。
前向きに気持ちが切り替わったところで、ドアをノックする音が聞こえる。ノックの音に気付き、座っていた畠山と上杉は立ち上がった。
「失礼します。」
ふわっといい空気が入ってきたような感覚がした。
「お久しぶりです。どうぞ、座ってください。」
畠山も若干浮ついた気持ちで、彼女と側近たちに席を勧める。
皆が席に着くと、上杉は早速切り出した。
「昨日の、5月13日、連邦軍の大規模な動きがありました。3個旅団、総勢約3万の連邦軍が能登に向けて進軍中とのこと。進軍ルートは青海市から直接こちら、七尾市を目指す最短ルートです。」
拡げた図面で上杉は一堂に自軍と予測される敵軍の位置を示した。
「一般的な進軍速度を考えると連邦軍は3日程で、七尾に到着し、戦闘が始まってしまう見込みですね。」
那珂川は地図上の距離を測って計算した。
「能登も広く、何度かの侵攻に対応するうち、七尾をはじめ、いくつかの拠点に部隊を分散してしまったのが痛手です。七尾に第1、第2連隊の総勢1万、輪島と穴水に第4、第3連隊がそれぞれおりますので、各5000。」
失策のようにも思えるが、今更仕方ない。恥も外聞も捨てて彼女に頼ろう。
「去年のこともありますよね。輪島門前でなんとか追い返しましたが、あれも大変でした。」
那珂川は顎に手をやって考えを巡らせている。最初はこの七尾に多くの兵力を割いていた。だが、昨年の冬のはじめに半島の西の海岸線を進んで輪島へ進攻してくる連邦軍の旅団があった。降り始める雪景色の中、第6師団の海からの援護と第2師団の粘りで、なんとかこれを追い返した。その後、そのようなことがあったからには、柔軟に対応しなければと、兵を分散させたのだ。そのことが今回裏目に出ていた。
「失敗でした。我々は西からの侵攻ルートも考慮して、各連隊を分散していたのです。それが今回の危機のもとでもあります。」
補足するつもりで、上杉は素直に自分たちの失敗を認めたが、畠山は少し苛ついている。
「定石かも知れんがね。ただ、現状のままでは多少厳しいようですぞ。」
「そうですね。さらに、この七尾市街を要塞化してはいますが、平たい地形で面積的に広い市街地では限界があります。多方向からの攻撃を受けるといつまでもは防ぎきれません。」
今度は市街地周辺を示して上杉は説明を続ける。皆の視線がそこに吸い寄せられ沈黙する中、那珂川はぼそっと発言した。
「市街地だけでなく、別の場所にも兵を伏せておくのはどうでしょう?」
上杉の目が軽く見開かれた。さすがは彼女だ。
「そう。今回お手伝い頂きたいのはその事なんです。」
そう言って上杉が示したのは海からも離れたある場所だった。




