ストーリー046 水壁の女王
ストーリー046 水壁の女王
南洋艦隊、航海記録 明照5年、5月8日
陽光煌めく紀州水道を艦隊が北上する。優美でかつ壮麗な戦艦たちだ。その先頭、旗艦、金剛の舳先にこれまた優美な女性が立っている。小麦色に焼けた肌、栗色の髪は穏やかな水面のように緩やかにウェーブしており、肌も髪も艶めかしいまでに光沢を放っている。叡智を湛えた翡翠色の瞳は力強い光に満ち、彼女が揺るがぬ意志を持った女性であることをこの上なく物語っている。彼女ほどこの戦艦にふさわしい主人はいないに違いない。カリブ海を我が物とした女海賊を彷彿とさせつつ、白く輝く海軍の軍装が彼女の正義感や愛国心を現出する。左胸には幾多の勲章。中央の広い黄の下地に星二つ。両肩に輝く中将の階級章。
未だ陸・海軍の明確な区別すらない帝国軍22万。彼女こそが、その全てを束ねる能島夏実中将その人であった。
南風に運ばれ、艦隊は勢いを増して飛ぶように進む。停泊時に受け取った幸先のよい戦果報告に後押しされるかのようだ。一昨日、5月6日に蒲郡で停泊していた際に受け取った、第11師団の2つの大きな戦果、上石見・般若間の戦いでの戦勝、天王台の戦いでの戦勝、それらだった。その中で特に興味を引いたのはもちろん、盟友、小此木博文が心を砕いてきた異世界人、山田驍の活躍だった。
航行に支障がないことを確認した彼女は甲板を下りて、自らの居室である船長室へと戻った。
鍵がかかっていない船長室のドアを開けると、自らの部屋に既に先客が訪れていた。普通ならあり得ない話だが、艦隊の副司令官である彼だけは特別だ。日焼けした浅黒い肌。肌は張りがあり、彼の生き生きとした健康さがそこに現れているようだ。四角い、がっしりとした輪郭。おでこに刻まれた浅い皺は日焼けによるものか。我慢強そうな唇を真一文字に結んでいる。
「入港作業の指示は終わったのですか、司令?」
「うん。余裕っすよ、ブンちゃん。それより、彼の事は聞いた?」
軍帽をポイっと執務机の上に放って、髪をゴシゴシする。
はあっ
もっと威厳を持っても欲しいな。そう村上文吾は思った。帝国が命脈を保っているのも、彼女がいたお陰なのだ。2年前、トカラ列島の海戦で連邦軍の連合艦隊を壊滅に追い込んだ帝国随一の英雄『水壁の女王』・・・なのですが。
「ええ、報告書も読みましたよ。あの異世界人、山田君でしたっけ。彼の能力や活躍ぶりも伝わってきました。」
「別世界の日本から来たって言っていたけれど、本当なのかしらね?」
「間違いないそうですよ。この世界には存在しない物の話などもしているそうです。」
「ふうん。この世界よりも科学が進歩した世界からやって来た、ということね。」
「それで、来て早々に、偶然にも姪っ子の小此木真凜曹長と遭遇し、共に行動したとのことですね。」
「その時には既に、鉄を浮遊させる能力や感知する能力を身につけていた。」
つけ足すように能島は言う。
「彼自身の身の上を考慮しつつ、小此木大佐はそこに目をつけた感もありますな。」
「ヒロは本当に面白いものに目をつけるわね。」
「ヒロが珍しい男性能力者であることも一因かとは思いますけどね。」
村上にも能島の調子が少し感染ってきたが、書記官もいるので、仕事モードで行こうと思い直す。
「そうそう、私も一度しか見たことないんだけれど、男のモリビトだったよね。」
「我らが一押しの『能力開発部』で自身の能力も色々分析、開発しているみたいですから、そのうち新しい魔法でも使えるようになるかもしれません。」
「アハハハ。ヒロらしいなぁ。山田君も色々とモルモットにされているみたいだけど、ヒロ自身がモルモットじゃ文句も言えないわね。」
「確かに。それにしても山田君の能力、羨ましいですね。その能力を応用して、空だって飛べるんですよ。」
「男も女も、皆、空を飛びたいしぃ。」
ははははは。書記官も含めて、全員が笑った。
「けど。」
力強い光が能島の目に宿る。
「戦術的にこれ以上可能性に満ちた能力はないわ。」
やはり彼女は勝利に対して貪欲なのだ。そうあって貰わなければ困ると、村上は思った。陸に上がって戦っても限界があるのが海軍。天下最強の南洋艦隊も陸軍の各師団を物資、人員の運搬や海からの援護射撃で補助する程度の立場だ。今まで陸軍の苦戦に心痛めつつ、もどかしさを感じつつ、最近の彼女には少し覇気が足りない気がしていた。我らの成さねばならぬ偉業は、まだ遥か彼方にある。
村上文吾は「なっちゃん」こと能島夏実のやる気が少し戻った気がして、満足げにほほ笑んだ。
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第二十三號手記の追記 真庭からの帰り道
真庭から新見への帰り道。他の士官達が馬で移動するのに対して、我々は能力開発を兼ねて、飛行で新見へと戻って行っている。叔父さんも楽しそうに盾の上に乗っかっての飛行を楽しんでいる。結構、結構。叔父さん自身の興味、楽しみの比重がおそらく9割を占めているだろう。
「低空飛行ってのは、こんなに楽しいものなのか!まるで自分がつむじ風にでもなったみたいだ!」
「あまり手を伸ばしたり、無駄なことをしないでください。低空だから何かにぶつける可能性も多いですよ。わっと、危な~い!」
普通に何かの木の枝にぶつかりそうだったので、自分は叔父さんの軌道を瞬時に変えた。はぁ、子供や節操のない大人がアトラクションに乗ったらこんな風に注意するのかな?全く、疲れるよ~
「戻ったらすぐ出発するのかい?」
しばらくして飛行に慣れて来たのか、飽きて来たのか、話しかけてきた。特別休暇をもらった自分が、大和一郎氏の奥さんである大和若菜さんに会いに行くため、氏の故郷である東日本の遠野を目指す旅行計画の事を聞いている。
「えっと、休暇は12日からですから、出発はその日の朝にしようかと思います。」
「そっか、じゃぁ、帰ったら、明日から3日間、またみっちり特訓できるな。」
「・・・はい。」
今日は8日・・・明日、9日から11日までの3日間、一日も無駄にせずに精進だ。通常業務が終わってから、毎日、特訓というか能力開発をしている。今日一日はなんとか休めそうなので、よかった。これほどの軍畜もないだろうと思います。
「明日からはより沢山、綺麗どころも呼ぶから、楽しいぞ。」
「叔父さんは、僕と真凜さんの関係を妨害しようとしてるんですか?」
「とんでもない。これは君に対する試練だ。それに花を添えて何が悪い。」
「もしも~し。論点がずれております。」
本当に、天才とアホは紙一重だと思う。そう。馬鹿ではなくアホ。本当に楽しそうな、アホ。この殺伐とした、帝国の存亡がかかっている情勢の中で、何だか一人だけ緊張感がないようにも見えてしまう。いつだか自分に言った言葉は嘘だったのだろうか?「帝国は今存亡の危機に立たされている。君の力が必要なんだ。」そう言われてほだされない人間も少ないとは思う。あの時の瞳は間違いなく本物の国士だったのだが・・・本当に底が見えない人だよな。
あ、というか、単なる特訓好きか。自身が特訓大好きだから、それに自分、山田驍を当たり前のように付き合せるのか。そりゃまぁ、帝国に命を捧げると、ほだされた自分は言った。だが、自分は特訓もそうだけれど、早く本物の軍人になりたい。つまり、他の隊員から見劣りしている各能力を補完したい。したいのだが、叔父さんはそこではなく、自分の能力を伸ばすことだけに力を注いでくる。
「叔父さん、僕はまっとうな帝国軍人になるために、弓術、馬術、剣術、射撃・・・そういった当たり前の能力値を底上げしたいんです。特訓、能力開発も大事だと思います。でも、そういった基本的なことが欠けていたら、誰も助けてくれない状況で窮地に陥ると思うんです。」
「言わんとすることは分かるが、それにはとても時間がかかる。君はまた近いうちに帝国のために前線に出るのだから、少しずつやっていけばいいんじゃないか?心配しなくても皆が援護してくれるよ。わはははは。」
「はぁ。このままでは一体いつ『最弱王』を卒業できることやら・・・」
「さ、さいじゃく?面白いことを言っているね。そうか『最弱王』脱出を目指して頑張っていると。」
「は、しまった。余計な独り言を聞かれてしまった。」
「剣もまともに振れない最弱王・・という訳だな。醍醐の奴にたまに教わっておけば、上達するだろ。」
なかなかに見透かされてしまった感だ。山田が大和隊長として帝国軍に所属できているのは、ひとえに叔父さんのお墨付きがあればこそなのだ。素直に聞き入れてやるしかないだろうが、焦りがあるのだ。
「上達はしていますが、より道が遠いことを実感するばかりで。」
「いいじゃないか、帝国軍人全員が焦っている。ある者は、剣の道が一体いつまで通用するのだろうか?と焦っている。またある者は、回復能力が、武器による殺傷能力に追いつかないのではないか、と焦っているる。はたまた、自分の戦略は古いんじゃないだろうか?そう思いながら盤面と戦っている者もいる。だから、君はみんなと一緒なんだ。一緒に生き抜いて、少し成長した時に、何かが見えるはずさ。今は自分の能力を信じて、皆に役立てなさい。」
本当に凄いな。
そうだ。自分は皆と共に最強を目指す。
それが、自分の目指す帝国になる。
「がっつり、説教されてしまいましたね。」
「説教じゃないな。布教活動さ。」
「ありがとうございます。」
心から言える感謝は自分自身も気持ちいいものだと思った。




