ストーリー039 神楽を死守せよ(天王台の戦い②)
帝国戦闘記録などより 神楽を死守せよ(天王台の戦い②)
~揉め始める、二人の将軍~
夕刻、郭奕の陣を訪れた劉勝は早速悪態をついた。
「あのですね。あんな無謀な作戦、無理ですわ。」
「まぁ、状況は聞きました。敵にも勘の良いのがいたのでしょう。簡単には陽動に引っかからなかったようです。」
それでも涼し気に郭奕は受け流す。
「指摘しましたよね。一度、美甘に降りて、音羽から敵の背後に回る。そうすれば、ちょうど夜になったころに敵の背後を突くことが出来、完全な挟撃が可能になったはずです。」
「将軍の御指摘も耳に痛いです。そこでなのですが、それこそ今から、その作戦を実行してみては如何でしょう?」
え?また働けってことなの?こんなにこき使われる援軍なんて、歴史上存在するかしら?劉勝は耳を疑った。それでも平然と郭奕は続ける。
「斥候の情報によると、帝国特戦隊は未だに真庭手前の上河内にいるとのことです。騎兵主体で進軍の速い彼らと言えど、到着は明日の午後以降になるでしょう。あと、新見にいる第3連隊もこちらに援軍を派兵したとのこと。彼らは更に鈍足で、どれほど急いでも明日の夜半以降の到着です。将軍のおっしゃる通り、勝負に『賭け』るのであれば、明日の正午をタイムリミットとするべきでしょうね。」
第3連隊のことは聞いていた。これで、こちらも項道栄らの別動隊に新見を攻撃させる手筈が整ったというものだ。だがしかし、劉勝は自らがまさかこんなに追い込まれて戦う羽目になるとは思ってもみなかった。
「了解しました。休息したらすぐに出立します。ただ、我々だけ決死隊になるのは御免ですな。そちらも一部隊ついて来てもらいましょう。」
劉勝は言う。つけてくれなかったら、ゴネて決死隊を今度こそ第7旅団に押し付けるつもりだった。が、
「分かりました。うちの第10大隊をつけますので、共に背後を突いてください。」
サラッとつけてくれて断れなくなった。
げっ・・・
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~歴史的勝利?~
「じゃんけんで負けた部隊が0時から4時の当直な。」
大隊長の高杉少佐がぼさぼさ感のある黒髪をボリボリやりながら、めんどくさそうに言う。長身で膂力もあり、実力者なのだが、普段の彼はだらけた唯の30代独身男だ。
その一つ下の部下に当たる、中隊長たちは目の色を変えて決戦に挑む。5人の中隊長の一人、高槻ほのか大尉も美しい緑色の目を血走らせてじゃんけんに参加しようとしている。
高槻の心中は穏やかでない。こんな理不尽な決定があるだろうか?当直なんだから当番制を敷くのが常套手段なのではないだろうか?じゃんけんが公平な決定だなんてこれっぽっちも思わない。じゃんけんは心理戦に強いものがその場を支配するのだ。通常の戦いなどであれば異議はない。戦いには常に強者と弱者が存在する。その戦いの手段にじゃんけんを選んでもいい。だが、こういった公共的な当番というものにそういった強弱、勝負を持ち込むことは正しい事なのだろうか?だが、高槻以外の中隊長の誰一人として異論を唱えようというものは居ない。皆ノリノリで参戦しているのだ。なんてことだ。こいつらは命知らずだ。負けたらどうするのだ。いくら戦場だからって、人間の体は普段通りを求めるのだ。夜起きて活動している『自宅警備員』ならともかく、太陽の運行に従った健全な体内時計を持っている、まっとうな人間なのだ。睡眠のゴールデンタイムの核の核である0時から4時に一睡もできないなど、拷問に違いない。そんな拷問に遭ってたまるか!お肌にも悪い。自分だけの問題じゃない。後ろに約200人の隊員の命を背負っているのだ。ここで負けたら、この残念な結果を自らの中隊に持って帰ることになる。高槻の人望もがた落ちだ。そしてこれよりも更に醜い争いが、高槻中隊の中で、我らの仲間の中で繰り広げられてしまうのだ。だから、絶対に負けるなんてことがあってはならない。あってはならないのだ。
ここまでの思考は約0.5秒ほどだった。
じゃん、けん、ぽんっ。
ぱー、ぱー、ぱー、ぐー、ちょき。
高槻は『ちょき』だった。
誰だ『ぐー』を出したやつは。高槻の一人抜けが阻止されてしまったではないか。大体初回に『ぐー』を出すとか、トウシロー(素人)か?じゃんけんの初回、何も考えなければ緊張のため、体は自然に『ぐー』を出してしまうのだ。だから、その一段上の思考を持ったものは保険をかけて『ぱー』を出すのだ。通常はそのレベルだ。だからそのさらに上、『ちょき』でその『ぱー』を狩りに行ったのだ。でもこれで全く読めなくなった。次は何を出せばいいのだろう?
じゃん、けん、ぽんっ。
ぐー、ぐー、ちょき、ぱー、ぱー。
高槻は『ぱー』
理解不能のトウシローは『ぱー』を出している。狙いを定めた前回『ぱー』の3人も戦略が分かれる。だが、こちらは基本戦略のままに行くだけだ。ちょき→ぱー→ぐーと前回の自分の手に負ける手を出してゆくことで、心理的に勝利しやすい結果となる。次こそ決着をつける。
じゃん、けん、ぽんっ。
ちょき、ちょき、ぐー、ちょき、ぐー。
高槻は『ぐー』、もう一人といっしょに一抜けだ。「私の戦略的勝利だ」と高槻はふんぞり返ったが、実際のところは運だけだったかもしれない。しかも、この歴史的勝利?に輝いたにもかかわらず、彼女の眠れない夜が始まろうとしているのだ。
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~彼女の眠れない夜~
高槻ほのか大尉は勝利を自らの中隊に持ち帰り、皆と興奮して話していたら、なんだか寝付けなくなってしまった。馬鹿げている。でもそれで良かった。寝る必要など、全くなかったのだから。
高槻は耳が良い。
静まり返った山野に地響きがしている。
無数の足音。
片方の耳を地べたにつけて横向きで寝ていたので、余計にはっきりと察知できる。天幕からバッと飛び出すと、負けて夜警当番になった第3中隊の隊員があくびをしながら見回っている。時刻は0時30分ごろ。
「敵よ!後方の音羽の方角から近づいているわ。皆を起こして!」
「敵襲!」「敵襲!」「音羽からだ!」「別動隊だ!」
カン!カン!カン!警鐘も鳴り響く。
高槻は隣の第3大隊の野営にも飛び込んだ。
「敵襲、後方の音羽から神楽の東に別動隊が回ってきているようです。」
「本当か?凄いな。」
飛び起きて寝ぐせのついた大隊長は感心した。
「はい。スセリビメですから。地面の揺れで分かります。」
-スセリビメ-
それは土の申し子。西洋風に言えば蛇神ナーガに変身することが出来る能力者集団を言う。人魚に変身できるタマヒメと似ているが、腰から下が蛇なので、古来人々の畏敬と若干の毛嫌いを誘発してきた悲しさもある。ただ、この大戦が始まってからその能力が見直され、人々の見る目も変わってきている。
「お手柄だ。ありがとう。自部隊に戻ってくれ。」
「戦闘配備。後方、東方向からの敵襲に備えよ。」「矢の補充、済んでます。」
慌ただしく配置につき始める各部隊。最も後方の敵に近い第3大隊はこれで問題ないだろう。
高槻は自部隊に戻った。高杉も飛んできた。
「お手柄だぞ、高槻君。これで始末書はきっと全部帳消しになるぞ。」
「う、嬉しいです~。」
何とも微妙な喜び方だった。
説明しよう。慣れない砲兵部隊の長になったばかりの高槻だったが、不慣れなこともあり、ドジっ子でもあり、演習や実戦で既に3門の大砲をお釈迦にしている。元々10門しかなかった第2連隊の数少ない火力装備。それを30%も駄目にしてくれた伝説の女なのだ。敵発見の功績を立てても、まだまだ昇進は遥かに遠いのである。
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~神楽を死守せよ~
十八日目の突きが高い位置から明るい光を浴びせている。それに照らされて、遠巻きに敵影が見える。やがてその敵影から何かが飛び上がる。
ひゅーっ
パッ、パッ、パッ
花火のようにも思えるが、そうではない。照明弾だ。ロケット砲みたいなもので打ち上げられたのだろう。夜空に明々とした太陽が出現したが、すぐに消える。合図か何かだろう。
「昼間の続きだな。今度はちゃんと背後を取られてしまって最悪だ。」
高杉は横にいる高槻に話しかける。
「はい。今回もこの神楽の西側を死守することが第一目標です。」
「ここが正念場という訳ね。あい分かった。」
高杉は全軍に向き直ると声を張り上げる。
「総員守備配置。神楽の台上を死守する。とにかく弓だ。銃や大砲は本営に集まれ、指示あるまで装填したままで待機だ。」
前衛に白兵や弓兵が集まり、後方に火力が引いてゆく。白兵や弓兵、旧来の兵種は傾斜地になっている、いわば台地の縁を護るように布陣する。一方の火力兵種は指示通り本営の近くに集まってきた。本営は明かりがついているので充填しやすくて助かる。いくら月が出ているとはいえ、暗い中での装填は苦難を極める。
それから数分の後、連邦軍が一斉に押し寄せてくる。弓の弦が一斉に鳴り、敵軍である連邦軍に降り注いでゆく。
わっ、がっ、ぐっ
連邦軍から苦悶の声が上がり、前列が乱れる。そこに帝国軍の白兵部隊が下りてきて襲い掛かる。激しい金属音がいくつも木霊する。当然ながらここまでは帝国軍の優勢で進む。だが、連邦軍はそこまで崩れてはいない。一部の中隊規模の兵団は整然と後退を始める。約200名、一個中隊に相当する敵戦力がいなくなった空きスペースがぽっかりと空く。
カシャ、カシャ、カシャ
「?」「たっ、隊列射撃だ。」「伏せろ」「後退!後退~!」
ガガガガガガガガガガガン!!!
ぐはっ、がっ、ぐおおお。やられた。畜生っ
倒れ込む幾多の帝国軍の隊員。次々に味方に肩を貸しながら、後退する隊員達。寄って来て治療を始めるモリビトの救護係。「後退、後退」各中隊の指示はどれも同じだった。そうしなければ、無駄に命を捨てるようなものだ。既にもう諦めた命もあるのだ。
折角相手からもぎ取った台地下の地帯であったが、帝国軍第2連隊の第1大隊は潔く後退する。やや後方に位置していた弓兵は一斉に弓を放ち、後退を援護する。高低差もあるために、うまい具合に一部は敵軍の銃兵にも届く。
あっ、がっ、ぐががっ。ぎゃあっ。
これはいい具合だ。「弓兵、5歩前身。第2斉射!!」
あああ、うおおお、がはっ
バタバタと銃兵が倒れ始めた。最強兵種の意外な弱点に気が付く。暗い中では昼間のように装填が出来ないのだ。弓兵は暗い中でも装填に問題などありはしない。それでも明るい月夜を選んではいるのだ。もたもたと装填を頑張る銃兵をめがけて、更なる斉射が続く。
「第3斉射!!」
うわああ、ぐっ、ぐはっ、ドサッ、バタッ
高位置からの弓の威力を嫌がり、連邦軍は一旦後退すると、こちらの様子を伺い始めた。第1大隊は一呼吸を置くことができた。第一波は防ぐことが出来たようである。だが、過酷な夜は始まったばかりである。




