ストーリー036 エピロローグ 授与
エピロローグ 授与
これが生きて還るということなのか。生と死を分けた過酷な時間を乗り越え、こうしていることが本当に不思議に感じる。
上石見・般若間の戦いは勝利に終わり、眩しい午後の陽光を浴びながら奥出雲街道を歩いて新見に帰ってゆく。誰もが朗らかに笑顔だ。本当に良かった。彼女、小此木真凜も、多くの人々も、みんなが無事でこうして笑っているのはとても良いことだ。先ほどまでここが戦場であったことを考えると、皆が油断しきっているかのようにも思えて、少し不安だったのかも知れない。笑いが絶えない隊員たちを見て、自分だけはなぜかふと、冷静だった。
塚原醍醐と楊許昌の一騎打ちの後、我ら帝国軍は連邦軍を追撃しなかった。楊許昌の目論見通り、連邦軍は十分遠くまで退却してしまった。帝国軍には精神的にも体力的にも、追撃する余力などなかった。首脳部は最初から一騎打ちをこの戦いのフィナーレに位置付けるつもりだったようでもある。既に帝国軍が獲得した連邦兵の捕虜が予想以上に多かったことがより大きな要因で重荷になっていた。そこから更に追撃を行って、これ以上敵の死人や捕虜が増えても、戦略的には何の意味もないことなのだ。自分、山田驍が一番にそれを望まない。
捕虜たちは自足歩行できる者もいるが、怪我人が多く、新見まで歩かせて連れて行くのは大変だ。帝国軍は彼らを監視する形で、彼らの前後を歩いている状態ではある。治療も進められているが、重傷だと本人の体力の回復も待たねばならない。重症な捕虜は荷車に乗せて移送している。人道的な支援で飛び回って疲れている人もいる。「全然戦い足りない」という第2中隊こと高梨隊が主に捕虜の移送や世話という大仕事を率先して頑張ってくれているので、その他大勢の隊員はその責務から解かれ、気軽にウォーキングしているかのようだ。
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自分もつい先ほどまで完全に気は抜けず、色々と指示を出しつつ歩いていたが、いよいよ何もすることがなくなった。確かに気を張ったところで、もう周囲に敵は一切存在しない。もはや大勢の日本人たちが、日本の田舎を、群れを成して歩いている、至って当たり前の光景に取って代わって良いのだ。「風光明媚な山野のウォーキング、連休の大混雑」そんな『かなた』の見出しみたいに実に長閑だ。
その隙を見計らって真凜軍曹が話しかけてくれる。
「ねー、早く下さいよ。褒章なんでしたっけ?写真を下さいよ。」
若干怒ってふくれた顔をしている。あ、すっかり忘れかけていた。確かに、こちらが悪かった。深呼吸を一つ、台詞を心で暗唱、そして厳かに言った。
「分かったよ・・・今回小此木軍曹は獅子奮迅の活躍をし、そのうえで何より、無事に生き残りました。そんな貴女を我が帝国も私自身も大いに評価し、ここに褒章を授与します。」
こんな文言でいいのかどうかも分からないが、まぁ、ごっこだ。まずは気持ちが大事だ。
胸ポケットから出した茶封筒、その中に入っている二人の写真を授与した。彼女は恭しくそれを受け取ると、大事な我が子を抱くかのように、胸に押し当てる。そして、彼女はその茶封筒を胸ポケットに入れた。
とても感動的な光景だったし、それ以上に見ていて痺れてしてしまった。当たり前の所作、動作のようだが、相手を意識すると余計に額や頬に熱がこもる。赤らんだ顔を誰にも見られたくないので空を見上げる。5月の煌めく陽光が、網膜の奥まで届くように眩しすぎて目がちかちかしてくる。先程まで自分が操っていた、忍者の人形になったみたいに体のあちこちがぎくしゃくしているではないか。そんな感じで挙動不審だ(笑)。
「どうしたんですか?大和隊長?」
真凜さんは少し怪訝そうな顔でこちらを見た。が、それも一瞬で、彼女の表情がふわっと変わった。まるで春風のように微笑んだ。彼女は胸ポケットの上に両手を重ねて、もう一度その大切な宝を守って見せた。その刹那、奇跡が起こった。彼女を眩い光が包み、なんとタマヒメの姿に変身したのだ。
周囲の隊員たちもその光景に意表を突かれた。
「分隊長が変身したわ。」
「戦闘後に変身、意味ね~。」
そんな驚きや笑いの声で隊内がざわざわしている。
だが真凜さんと自分は目を見合わせた。そしてハイタッチして、手を取り合って大喜びした。それは間違いなく、何かを乗り越えた瞬間に違いなかったからだ。
「やった、やったぞ!」
「本当。一人でできた!」
大はしゃぎで、二人で手を取り合ったままぐるぐる回ると、周囲の人間は少しついて行けずにぼーっと見ている。彼女の青が混じるシルバーグレーの髪が光を放ってなびく。彼女の菫色の目が輝いている。自分はその宝石を覗き込んで何度も頷いた。
ひととおり羽目を外したあとに、一度手を放し、彼女は上品に自分の右手を差し出す。その手を自分は左手でしっかりとつかんだ。彼女はしばらくの間タマヒメでいたが、歩きづらそうだし、無駄に能力、もとい体力を浪費しても仕方ないので、じきに元の人間の姿に戻った。人間に戻ってからも、手をずっと繋いで歩いている。風紀的には問題だ。だが、大和一郎が既婚者だという事は一般の隊員達はそもそも知らないらしい・・という事を最近知った。本当に彼は秘密主義なのか何なのか。
「今日は特別だね。」
うつむき、少し顔を赤らめて真凜さんが言う。
そうだな。何から何まで特別な日だ。
地獄の戦場から彼女を救い出した。護り、護られ二人きりで帰還した。その話はもはや隊内の噂話を超えて、伝説かおとぎ話のようだ。その帰還が今回の戦いの予備知識にもなったりしているから、人生はどこで何が役に立つか分からない。
もはや一緒にいて自然というか、何の違和感もない空気感。だが、自分を含めた少数の人間は知ってもいる。大和一郎は既婚者であり、はるか遠く、東日本にある彼の故郷、遠野には妻子も、彼の親族もいる。その事実から、自分、山田驍は目を背けて逃げる訳にはいかない。戦争だけではなく、自らの境遇、問題を乗り越えてはじめて、自分は『こなた』の真の住人となれる。そしてその時こそ、正々堂々、彼女を迎えに行くのだ。
帝国の、そして自分自身の運命が、今大きく動き出そうとしている。時に正暦1800年(明照5年)5月3日。自分が『かなた』より異世界転移してわずか1か月と少ししか経過していない。今までの人生で、こんなに濃厚な時間を過ごしたことがあっただろうか。目まぐるしく激動する時間の中で、何とか自分を失わずにやって来れた。それは隣にいる彼女、小此木真凜をはじめとする多くの人々が暖かく自分を支えてくれたからに他ならない。
「能力」が存在し、黒道という突如出現した陸地によってユーラシアと陸続きになり、別次元の歴史を歩む日本帝国。だがそれは、自然や風土などで言うならば、自分がかつていた『かなた』の日本とまさに双子のような国だった。そして、『かなた』の日本が失いつつあるような美しい精神性や文化をしっかり留めてもいた。その別次元の列島に住む日本人たちと共に、自分は今こうして必死で戦っている。
「能力」が使えるからといって、死んだ人が蘇るような奇跡は一切存在しない。殉職者の絶えない過酷でリアルな戦争と『こなた』の人々は向き合って生きている。彼らをこの悲劇から絶対に開放してみせる。それが、圧倒的な能力を手にした自分からのささやかな恩返しであるに違いない。彼らには既に数えきれないほどの善意、友情そして愛情で自分、山田驍は助けられており、これからもそのなかで生かされていくことだろう。生き残らなければならない。皆を護っていかなければならない。最初は大和一郎を継ぐことがある意味義務として、自分の中に存在していたが、いつしかそれは至極当たり前のことになっていた。
鳳凰の羽を背負ったデザインの日の丸。『こなた』、日本帝国の国旗だ。今日はその美しい旗が一段と輝いて見え、鳳凰の羽そのもののごとく風にはためいている。その風に想いを乗せる。あの時の、大和一郎が語りかけてきた山桜の奇跡のようなことは起こらなかったが、ふと、写真の中の花山ともえ大尉が自分に笑いかけたように思った。
そうさ、この無双の力を使いこなし、皆で生きて還ることが出来たのだ。死亡フラグなんか、完膚なきまでに叩き折ってやったさ。これからも、自分のその力はそのために捧げるのだ。自らを鼓舞する。
自分こそは帝国最弱。
最弱にして空前の最強を目指す者、山田驍。
帝国軍を無事に勝利に導いた山田驍。その山田に接触せんと帝国軍の首脳陣が動き始める。
同時に、少しずつベールを脱ぎ始める敵国、地球連邦の姿、そして山田自身の過去。だが、些細な感傷に浸る余裕すらなく、山田と仲間たちは幾多の激戦に身を投じてゆく。遥かなる戦塵の果てに、山田は、仲間たちは何を見るのか?
君よ、生きてこの地に返り咲け!
地を命を誇りを、その全てをこの手に取り戻す!
国としてのハッピーエンドを約束した主人公、山田驍にはどのような結末が待つのか?第2巻に乞うご期待。




