ストーリー034 あの日に勝利する!(上石見・般若間の戦い⑥)
ストーリー034
帝国戦闘記録、塚原醍醐の回想録などより あの日に勝利する!(上石見・般若間の戦い⑥)
~塚原醍醐の戰語り~
斬馬刀を鞘から抜き放ち、その鞘も装甲の上に置いた。私は第1中隊の皆の方を向いた。そこには新生大和こと山田、仲間たちがいる。皆が自信を持った目で私を送り出してくれているのが分かる。その気持ちが後押しとなっている。
死合いの場
幅約5mほどの奥出雲街道に諸刃の剣が柵のように等間隔に刺さっている。街道の脇、両側にそれぞれ20本ずつ、約10mほどの列が並んでいる。その端から街道を横断する形で10本ずつ諸刃の剣が刺さっている。幅約5m、長さ約10mの特設ステージが完成している。とくに広さに関してはこれといったルールがあるわけではないが、これだけあれば十分だろう。
諸刃の剣は先ほど山田が連邦の銃兵たちめがけて射出した模擬刀だ。その剣は鈍らで、ほとんど死人を出さなかった。目的はあくまで銃撃を阻止することで、突撃を支援するために行ったものだ。もちろん誤射や銃の暴発、打ち所が悪かったなどで命を落とした連邦兵はいたようだ。それでも見た目の派手さからは想像もつかない、人道的な戦術だった。
山田はこの戦術のことを「鎮圧」という言葉で表現した。
鈍らの剣を使う。それは彼、山田なりの覚悟だと知った。以前山田は小此木中佐から、敵を倒す覚悟がないと指摘されていた。その言葉に彼は悩んでいた。そして答えを探していた。この強大な能力で多くの敵を惨殺することが自分にできる、するべき事なのかと。勉強熱心な彼は、この世界『こなた』のことをどんどん吸収していった。4月も終わりに近づいたある時、彼はこんなことを私に言った。
「連邦軍の兵士もたいがい悲惨な境遇だと思うよ。そんな連邦軍の兵士を倒し尽くしたところで、戦争には勝てても、本当の勝利は得られない。彼らは巨大な国家理論の道具になっている手駒に過ぎないんだ。農村出身の貧困者、少数民族。弱者ばかりの彼らを虐げることに何の意味もない。本当に倒すべき敵は、連邦の中枢にいる。だから、僕はいつか、この戦争を引き起こした張本人を引きずり出して、必ずこの手で断罪してやる。」
鈍らの剣は彼なりに辿り着いた一つの答えなんだろうと思う。彼の正義。人道的な選択。向かうべき真の決着へ。私は少しずつ彼を尊敬し、惹かれている自分に気づき始めていた。
満足に武器も使いこなせず、最弱王とも呼べる偽大和大尉、山田驍。
平和な『かなた』の日本国から異世界転移して来た不思議な男に、私も、皆も刺激を受けて日々アップデートされていく。
鈍らの剣の刃を触ってみる。おもちゃの刀のように指には傷一つつかない。それどころか、あちらこちら刃こぼれしまくっている。冶金学を専門としていた私にはわかる。これは純度の高い、「軟鉄」だ。そのほうが、鉄原子だけを標的にして力を及ぼす山田にとっては都合良いというか、不純物が少なくて負担が少ない。さらにその性質だ。強度は高くないため、殺傷力も落とせたわけだ。
「分かった。任されたぜ。山田。」
口の端に笑みが浮かぶ。柵の合間を抜け、死合いの場に入る。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
一礼したのち、相手の顔を見た。
赤々と日に焼けた、やや彫りの深い顔には所々深い皺が刻み込まれているが、元の肌の色はきわめて白い。ちょうど今の、5月の青空のような水色の瞳。歳は40~50歳ぐらいだろうか?エキゾチックな顔立ちのため、よくわからない。平均的な連邦兵の見た目とは少し違う風貌だ。きっちりと刈り込まれたサイドのツーブロックと頭頂部の辮髪?に中世的な戦士の匂いがする。背丈は192㎝ある私とほとんど変わらない。だが、体の厚みは比較しようもないほど。細身の私と比べると、腕も一回り太く見える。
左八双に構える棍棒は金属製の洗練された代物で、彼が持つと殊更細く見えた。先端の鉄球から鋭利な棘が何本も突き出て、金平糖のような形になっている。西洋の兵士が使うバトルメイスという奴だろうか。打突の効果範囲の広さには十分注意しなければならない。
初動が勝敗を決める。相手は力量もあるので危険は避ける。下段に構え、突きへの変形をイメージした。
瞬間、敵の鉄球が剣先を襲った。
ドォーン!
鉄球の打撃が両者の間の地面にクレーターを作っていた。砂利も混じった土煙が飛び散る。
間一髪、剣先を引いた私は、長い斬馬刀を隠し剣の位置に構え直そうとしてよろめいた。そこに敵の突きが襲い掛かる。今度はしっかり足が体を運んだ。鉄球の棘が上腕を掠める。
避けた・・
つもりだったが、鉄球の棘は私の皮膚を掻きむしった。ぐおっ。何という剛腕だ。
片手から突き出される重いメイスが、まるでフェンシングの突き、払い、切り下ろしのようにしなやかな曲線の軌跡を描いて次から次へと襲い来る。
美しい。
魔に魅入られたかのように、間合いと表皮を削られていく。
4回、5回と半ば敵の攻撃を食らいながら、左後方にじりじりと追い込まれる。それでもただやられてはいない。こちらは清流のように足を運び、体の主軸を敵の攻撃から逃れさせる。かつて多くの打ち合いを重ねてきた、大和一郎の十八番だ。ジグザグというよりも波形の滑らかな動きは、相手にその正確な位置を読ませない。複雑なステップの組み合わせ。その流れに合わせて、突き、そしてそこから連ねるように細かい斬撃を入れて反撃する。
だが、ぬるい。
打ち合えないという絶対的なペナルティーが自分を追い詰めている。
言い訳程度の攻撃。相手はその程度では揺るがない。
さらに半歩下がりながら、虚空に袈裟切りを放つ。そこから畳んだ腕でさらに切り上げる。「やぶれかぶれ」に近かったが、相手には相当な脅威だったらしい。再び距離を取り直した。はっ。はっ。息が切れる。なんとか助かった。やった。成功した。
ごくっ。粘っこい、嫌な熱を持ったつばを飲み込む。何とか敵の猛攻に耐えた。
それでも一時しのぎに過ぎない。
また再び、あの魔の攻撃が襲ってくる。無駄に動かされたせいで息が上がってきた。全身のあちこちに沁みるような痛みを感じる。血も滲んでいるのだろが、見ている余裕はない。頬を伝わってきた汗が顎の先から落ちる。こんな戦い方は初めてだった。
「武器破壊」
それは自分の中の常識を覆す戦い方だった。まともに打ち合っては斬馬刀を折られて負ける。自分も武器も守りながら戦わねばならない。足枷をつけられたようなもどかしさに自分の戦い方を見失っている。焼けつきそうな喉の苦しさ。呼吸を整えつつ相手との間合いを測る。周囲のざわめきを感じる。手に汗握る帝国軍の隊員たち。不安そうな視線。彼らの祈り、何かに縋るような、か弱い気持ちが私自身にも伝わってくる。締め付ける胸の苦しさに反抗する。
大丈夫だ、きっと勝って、生きて還ってくる。
もう一度相手をしっかりと見据える。
相手も苦しそうに胸を上下させている。そうだ。戦いなんて我慢比べだ。か弱い人間同士の我慢比べ。勝機を探せ。過去の自分の経験から。戦いの基本から。自分は何を学び、何を血肉としてきたか。この戦闘狂の剣道馬鹿は何を考えて、相手から1本を取って来たのか?
薄の穂を払う風を頬に感じながら、自らの追い風となるきっかけを探る。打ち合うことで武器を破壊される。受け太刀することができない。肉を切らせて骨を切る。言うは簡単だが、それは不可能だろう。相手の武器の形状を見て見るがいい。違う。全く違う。そんなものは何も必要ない。私は最初から勝っている。その勝利を忘れて、自分の小さな枠に閉じこもっただけだ。私がするべき事。
それはただ、
私の領域に入った敵を打ちつけるだけだ!
私は首を左右に振って、まとわりつく嫌な汗を飛ばした。
今度はこちらが八双に構えを変えた。相手の目からは私の斬馬刀がただの一点にしか見えていないはずだ。そしてじりじりと距離を詰める。さぁ、読み違えろ。そのわずか一寸の読み違えが、貴殿の敗北だ。
それに対し、相手はなんと正眼の位置に先端を向けた。大和一郎と出会った、あの打ち合いを思い出した。目の前の武人に大和が重なる。今度は、今度こそは、勝つのは私だ。
刹那、鋭い振り下ろしが左脇をめがけて襲い来る。
メイスの逆胴だ。
その一撃を神速の足さばきで後方に引いて躱しながら、右肩に峰打ちを叩き込んだ。
ミネエエエィ!!
面の1本など不要!
1本すらいらん!!
実戦は全身が当たり判定だ!!!
ビシッ!!!と手ごたえが伝わる。
直後、腹部を掠った棘の痛みにまた顔をしかめる。ぐぐっ
・・・でもいい。心地よい痛みとでもいえばよいか。剣道で1本は取れなくても、1本しっかり取られても。実戦で相手を前に最後まで立っていたのは私だ。相手はもはや視点の定まらない目で虚空を見上げている。ついに、過去の因縁にこの私は勝利出来たのだ!
カランッ
楊許昌の手からバトルメイスが零れ落ち、そして、彼もまた膝からその場に崩れ落ちた。
「勝負あり!!」
審判のひとり、鞍馬少佐が右手を掲げた。
「うおぉ~~~!!!」
歓喜のどよめきが大地を揺さぶった。抱き合い、はしゃぎ合う帝国軍の隊員たち。飛び跳ねる隊員たちによって土埃が巻き上げられる。
楊許昌は意識がないまま捕縛された。強打に失神しているが、命に別状はない。もう一人の審判であり、見届け人でもある馬季常大尉は黙ってその様子を見ていたが、一礼すると帰還用の馬に乗馬して去って行った。
現場の隊員たちはいまだワイワイと熱く語っている様子だった。「つかはら~」「だいご~」「こくしむそ~」黄色い声や茶色い呼び声も方々から聞こえる。嬉しさや誇らしさにアドレナリンが沸き上がるのを感じつつ、呼吸と共に徐々に気分が落ち着いてくる。第1中隊の方を見ると、山田や小此木中佐らが親指を上に立てている。「ぐっどさいん」という奴らしい。今やられると本当に恥ずかしいが、私はギリギリの勇気を出して「ぐっどさいん」を彼らに返した。
しばらくして、首脳陣も皆、私の元に集まってきた。
「塚原君、本当に見事というしかない。国士無双だそうだな。おめでとう。」
優しいおじいさんのような表情で北条大佐が私を労った。にこにこ微笑みつつ、たまに左腕をさすって顔を顰める。銃創、その他もろもろの傷に包帯が巻かれている。上半身こそ起き上がっているものの、バッチリ担架で運ばれてきた。総指揮官がこれである。今回の決戦がいかに激しいものだったかを物語っている。
「大佐や皆さんが私を信じて下さったからです。」
「何をまた、殊勝なことを!その傷、しっかり治療してもらいなさい。」
各隊の回復術師たちが飛び回っている。やがて私たちのところにも術師が回ってきた。珍しい男の回復術師が担当として当たった。どこかで見た顔だと思ったら、叔父さんこと小此木中佐だった。山田が見たら、「男エルフだ。カッコいい~!」
と大興奮しそうだ。普段のどこか締まらない印象から一転、高い耳の小綺麗な男性がそこにいる。手際よく私の傷を治療しながら、嬉しそうに興奮してべらべら喋る。
見かけは変わっても、中身はいつものままだった。
「いやぁ。本当に迫力あったよ。しかも敵を生け捕りにするなんて、前代未聞さ。普通はもう殺すしか、相手を止める方法はない。そう諦めるしかないよね。相手も相当な実力者な訳だし、手加減すらできない。峰打ちだなんて、イリュージョンとしか言いようがないよ~。」
私は苦笑しつつ適当に言った。
「ええ。まぁ。死ぬ気の覚悟でやれば何とかなるもんですね。」
うんうん。そうだね。そう頷きつつ、小此木は真面目な顔になって言った。
「山田君もそうだけど、被害者を最小限にしようとする君たちの覚悟。今更になるけど、僕も応援するよ。僕自身は冷酷な軍師というか、つい効果的な勝利ばかりを目指してしまうのだけどね。君たちの志は理解しているつもりだ。」
「ありがとうございます。」
なんだかようやく、自分の中のつっかえがとれたようにも思う。
「皆、撤収、撤収!新見に凱旋するぞ。」
鞍馬少佐ら元気な隊長達の声が隊員たちの尻を叩く。無事生還した皆を、降り注ぐ5月の日差しが祝福していた。




