ストーリー033 山麓にて思う(上石見・般若間の戦い⑤)
帝国戦闘記録 山麓にて思う(上石見・般若間の戦い⑤)
~般若山麓の決戦~
「上石見・般若間の戦い」最後の、決戦が始まった。
本営に戻り、記録をしていた如月奏准尉によると、総攻撃は午前10時40分に開始された。兵力数に勝り、2方面から殺到する帝国軍に、連邦軍はあっという間に押しつぶされ始める。
それでもしぶとく抵抗する部隊がひとつだけ存在する。馬季常大尉率いる第2中隊は敵軍の中央付近にいたが、先ほどの和刀による攻撃から銃兵たちを守ることに成功していた。彼らは銃兵を、一方向に集中させて補助的に使い、その他はしっかりと接近戦に専念し、帝国軍を苦しめた。もっともこの時代の銃の性能は基本的に決して高くない。遠距離から正確に狙撃することを可能にする現代のライフル銃からは程遠い、マスケット銃と呼ばれる部類の銃で射程距離も短い。だからある程度固まって戦列を組み、一斉射撃することで確実な戦果が発揮される。
戦闘に参加する帝国軍の数は今や連邦軍を逆転しており、見渡す限り帝国軍の隊員だ。自軍が見当たらない方向に撃てば、おそらくは成功であると見立てて撃つのだ。帝国軍の隊員にも、それなりの損害が生じている。被害に対応するように、前線はめまぐるしく変貌する。
そして何の因果か、運命なのか、それとも幸運か?第5大隊、第1中隊こと山田隊が馬季常の部隊と向き合うことになる。
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~戦場で思い出すことではないけれども~
帝国の銃兵のひとり小此木真凜軍曹は思い出していた。
こんな時になぜか、どこか自分と切り離されたような意識が自分のことを見つめ直している。周囲のために自らを犠牲にすることも厭わない。それが自分の羅針盤になったことによって、幾度も危険な目に遭ってきたようにも思う。妹のために海に潜り、溺れかけた高校2年の夏。女性士官に助けられなければ命を落としていた。大和隊長と共に最後まで連邦軍に抵抗して、九死に一生を得た、横手からの撤退戦。山田驍が出現しなければ、間違いなく命を落とすか、無法な兵士に乱暴されていたに違いない。自身の過去の出来事において、結局はどちらも、誰かに助けられることで命を繋いでいた。
その選択が人として間違っていた訳ではないと思う。ただ、それで自分が擦り減ってしまえば、あるいは半端に命を失うようなことがあれば、それは単なる無謀、惨めな人生の敗北だ。それは学校教育によるものか、周囲の大人たちから自然と植え付けられたものか?そうではない。分かっている。ただ、寂しかったのだと。
今までは自分を大事にすることが、自分を心底愛することが出来なかったのかも知れない。実家は飲食業でとにかく忙しく、物心ついたころから両親から放置されて育ってきたと自分は思っていた。年の離れた幼い弟、妹が生まれて、気づけば自分はいつも店の手伝いと兄弟の世話に追われてばかり。そんな存在感のない自分の存在に、誰かに気付いてほしかった。
そんなことにばかり気持ちが向かい、本当に手に入れたいものがなかったからかも知れない。圧倒的存在感の大和隊長に淡い恋心を抱いた。でも、彼は全く寄せ付けなかった。既に既婚者であるという事は、つい最近になって知ったことではあったけれど。だからその恋心(のようなモヤモヤ感)はどんな形にもならなかった。いつも損な役回りの中にいて、どうしても手に入れたい自分の未来を探せなかった。
でも今度は違う。
必要としている人がいるから、必ず生きて還る。生きて還ることを誰よりも望んでいる人がいるから、前に進める。
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~帝国の猟兵~
ババババババ~ン。
連邦軍、馬季常隊の隊列射撃が帝国軍の隊員を血祭りに上げている。
血の匂いがここまでしてくるような錯覚を覚える。
「ちきしょう!!」
報復する勢いで、藪から身を乗り出す若い男性隊員。銃を構えて連邦軍に発砲する。パ~~ン。銃弾は相手の頭上を越えて行ったらしい。単発の反撃では効果も限られる。また、敵の銃撃が襲う。
ババババババ~ン。
ヒュンヒュンヒュン!!
今度は小此木軍曹の肩口も何かが掠った。うっ。危ない!!
死ぬわけにはいかない。生きて再び山田驍の元に還るのだ。平常時ならば、心の中に描くだけでも気恥ずかしく感じるような甘い文言だが、今の彼女にはそんな躊躇は一切ありはしない。今心に描いた想いですら、最初で最後かもしれないのだ。気を抜けばきっと、無事に還ることはできない。彼女が、そして未熟で、戦力的に不安のある後輩の銃兵も含めて、部隊の仲間たちが生き延びれるように最善を尽くすしかないのだ。1発、1発。正確な射撃を撃ち込んでいく。
精密なカービン銃、アレクサンドルが彼女を、仲間たちをきっと守ってくれる。
射撃の成績が群を抜いたことで、彼女に与えられた奇跡の一品。高名な技術将校、村田少将が数ある帝国軍の隊員のなかで、彼女をはじめとする4名の隊員にだけ与えた名銃だ。間違いなく自信作、最高傑作だと彼はそう言っていた。しっかりとライフリングされた先進的な銃で、中途半端な長さの護身銃のようでありながらも、威力、精度ともに圧倒的な銃だ。
高性能と、無自覚とまで言われる本人の腕前。その両方が備わって、狙った標的をほぼ外さない射撃が幾度も連邦軍を狙撃する。それはもはやスナイパー、猟兵とも呼べるほどの存在だった。その功績はとても大きく、連邦軍の馬季常の中隊は徐々に抵抗が困難になってきた。
自らも装填をしながら、小此木軍曹は先ほどの男性隊員にアドバイスする。
「マスケットは装填時の無防備さが命取りよ。でもよく周りを見て。モグラの穴や窪みに銃床を突っ込めば、銃口の高さを抑えられるわ。」
「はい。やってみます。」
偉大な先輩であり上司のアドバイスに男性隊員は目を輝かせた。彼らマスケット組も彼女を援護するように射撃を続け、相手の銃兵を少しずつ駆逐していく。銃・対・銃。その撃ち合いに午前11時頃、山田隊は勝利を収めた。もはや敵陣からの銃撃は聞こえない。
猛将、塚原醍醐曹長率いる第4小隊が側面から攻撃をかけると、馬季常中隊の兵卒らは完全に戦意を失った。細身でありながら長身かつ屈強な馬幼常という将校が塚原の相手をしつつ殿を守った。彼は塚原の斬馬刀を数合受けたが、ついに斬馬刀の一撃が左頬を掠って、鮮血を跳ね上げる。馬幼常はこれ以上受け続けるのは無理と見て、煙玉を足元に叩きつけると、もくもくと立ち昇る煙の中、素早く身を引いて消えていった。こうして、お互いの剣戟に決着はつかなかった。
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~一騎打ちの申し出~
決戦開始より20分、馬季常中隊の壊滅により、第10大隊も総崩壊した。後方にある小川は防御のためにあったようなものだが、今はそこをばしゃばしゃと渡りながら、連邦軍の兵士が散り散りに後退してゆく。ついに、敵、本営以外の組織兵が見当たらなくなった。その直後に、一騎打ちの申し出があった。相手方、連邦軍のエントリーはなんと、大隊長の楊許昌だった。
「一騎打ちを希望する」
近世と近代の狭間、その古風な申し出は戦場にまだ生き残っていた。
古風でありつつも、これは連邦軍と帝国軍の協定上定められたものであり、戦場のルールだ。一騎打ちをしている間、その他の戦闘員は一切の相手方への攻撃を禁止される。むろん、戦線離脱や治療行為は禁止されていない。多くの人命の代わりに、各陣営から出る各1名が人柱となって戦争を代理するのだ。考えてみれば、じつに合理的な方法ではあるまいか?
先方の考えは透けて見える。というよりも、もはや隠すつもりもないのかも知れない。いずれにせよ時間稼ぎだ。仮に一騎打ちに勝てば、楊は悠々と撤退することが認められる。敗者である帝国軍側には、彼の勝利を尊重し、一騎打ち後に、こちらから先制攻撃することは許されない。これもルールだ。逆に楊が一騎打ちに負けると、勝者である帝国軍側に先制攻撃は認められる。とはいえ、一騎打ちを行う『死合いの場』の準備などで、まずはそれなりに時間がかかる。一騎打ちに費やした時間も時間稼ぎとなり、その間に部下を逃がせるのだ。
大隊長自らが命を張って、部下たちを逃がすための最後の戦いを挑んでいる。つまりはそういうことなのだ。清廉な軍人が連邦軍にもにいることに感銘を受ける。逃亡して流れ矢で死んだような大隊長もいたが・・・。
心意気を受けない訳にはいかない。
断ることも可能ではあるが、恥を嫌う文化の帝国にその選択は存在しない。また、楊を討ち取ることが出来れば、小此木大佐の言う通り、文句なしの決着点となるだろう。これを受けることは帝国にとっても十分にメリットのある話だ。
応じるとして、誰がその相手を務めるのか。問題はそれに尽きる。諜報部の情報によると、楊は頭脳派でもありつつ、なかなかに腕の立つ者だとの評判だ。帝国側の連隊の上層部は考える、彼の者を確実に討ち取れる人物。ただそれだけでなく、彼ら、連隊の上層部、北条大佐や小此木中佐らは知ってもいる。因縁などで考えるなら、楊許昌率いる第10大隊が、大和一郎を死に追いやった存在でもあるのだ。ならば、その弔い合戦という事情も盛り込む。それに合致する人物。
塚原醍醐曹長に白羽の矢が当たるのは当然のことと言えた。
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~死合い開始~
午前11時20分、帝国軍は代表者・塚原醍醐として一騎打ちの申し出に回答した。
それを確認した連邦軍は第10大隊の本営まで、次々と撤収、撤退を開始する。10分もすると、その場にはただ2人の連邦軍の軍人と、帰還用の馬2頭だけが残された。仮に楊が一騎打ちに負けた場合、その結果を伝える見届け人の帰還が必要となる。なお見届け人は審判としての役割も兼ねている。
楊許昌中佐と見届け人、なんとそれは第2中隊を率いていた馬季常大尉だった。中肉中背の体格に、細面の整った面立ちをしている。目を引いたのは、若いながら眉毛に白いものが混じっていることだ。人知れない苦労を重ねてきたのかもしれない。本来ならば、大和一郎を死に追いやった直接の下手人はこの若い将校ということになるが、塚原曹長には、不思議と憎しみといった感情や殺意は湧かなかった。もちろん、見届け人である彼の身は勝負にかかわらず保障されている。これもルールだ。
馬季常と楊許昌は親しい間柄と見えて、色々と喋っている様子だった。連邦の言葉だったし、少し離れたところで聞いていると、何を言っているのか細かいことは不明だったが、二人の間には友情や先輩後輩のような人情味が感じられた。それでもあまり時間をかけ過ぎても相手の思うつぼに違いない。鞍馬少佐が通訳を連れて寄ってゆき、最終確認をとる。
勝負は1本勝負。
どちらかが絶命するか、降参するか、まで行うシンプルな一騎打ち。
降参するならば相手の捕虜だ。だが、誇りをかけて戦うどちらかが降参するとは思えない。軽装で接近戦用の武器で戦うこのスタイル。九分九厘、決着は敗者の死亡であろう。
相手の楊許昌は連邦の軍服の身を身に纏い、先ほどまでつけていた装甲は外している。
塚原曹長は手甲や胸当てなどの装甲をその場にドサドサと落とした。彼もまた帝国の軍服のみとなると、彼の特殊兵装である斬馬刀を鞘から抜き放ち、その鞘も脱ぎ捨てた装甲の上に置いた。塚原曹長は第1中隊の皆の方を向いた。そこには新生大和こと山田、仲間たちがいる。皆が自信を持った目で塚原を送り出してくれている。
塚原は奥出雲街道上に誂えられた死合いの場に足を踏み入れる。
これで本当に全てが終わる。




