ストーリー032 上石見・般若間の戦い④
帝国戦闘記録 上石見・般若間の戦い④
~塚原醍醐の視点~
連邦軍の第7大隊の多くが降伏し始めた。第8大隊は、あるものは降伏し、あるものは逃げる、と思い思いの行動に出ている。最も先に首脳部がやられたわけだから、統率も何もあったものではない。我らもたった一つの命を賭けて戦っている。降伏してくれるのが一番助かる。ありがとう、と言ってやってもいい。試合で言えば、相手が負けを認めてくれたようなものだ。ただし油断は一切できない。塚原醍醐曹長を含めて大和大尉麾下の第5大隊、第1中隊は第4大隊、第1中隊(縦巻きロールの九条大尉が指揮している)とともに本営を護衛する役割もあるのだ。それに今は茶屋中尉が代理で指揮しているので、より慎重になっている。ゆっくり行動をしているように見える。確かに森の中で、奇襲をこちらが食らうかもわからない。時折現れる如月奏准尉ら諜報部の働きによって、それぞれの部隊の位置や動きなどが正確に伝わってきている。おかげで本営ともすぐに再度合流できそうだ。
本営の北条大佐や山田驍らと合流した。先ほどまでフルに能力を展開していた山田は、今は北条大佐や小此木中佐ら幹部連中と共に戦況報告を受けつつも、一休みしている。その横で、北条大佐と小此木中佐が、決着への詰めを始めている様子だ。
「どうやら、まだ完全に敵の戦力を一掃できたわけではない様子だな。」
と北条大佐。
「はい。大まかに分析すると、敵第8大隊は早い時点で壊滅し、各部隊が散り散りになっています。彼らはヤマネコ達、斥候部隊を失ってしまったので、お互いの位置なども把握できていないことでしょう。北西方向に向かいながら撤退している者が多いようです。第7大隊は大隊長の孔融が降伏しましたので、それに引きずられるように降伏が相次いでいます。ただ、同じように撤退を続ける部隊や少数、単独の兵士もいるようです。第9大隊は大隊長の故信が戦死しました。第4大隊などの追撃でダメージもさらに大きくなったようです。残った中隊長らの統率により、わき目もふらずに退却し始めています。前方にいた約半数はすぐさま壊滅しましたので、諦めて降伏している者もいます。そして第10大隊。彼らは無傷です。」
そこまで参謀の小此木中佐が説明をしたところで、北条大佐が話を止めた。
「無傷の状態で今はどこにいる?」
「街道を西に戻り、元の野営地、般若山麓に戻りつつあるようです。」
「森から出てくる我々を迎え撃つつもりだという事か?」
「私はそのように見ております。火力にもそれなりに自信があるのでしょう。」
「確かにな。敵の火力は各大隊に均等に配分されている様子だ。覚悟は必要になろう。」
「こちらとしてはヤマネコの一人をとり逃がしたのがまずかったかも知れません。大方彼女が第10大隊に伝令に向かったのでしょう。状況を把握したのち、速やかに引いたようです。」
「そうか。伏兵戦で一網打尽に出来るかと思ったが、そこまで現実は甘くないようだ。」
「はい。森の中での掃討戦は終息に向かいつつありますから、各部隊に再集結を促しましょう。」
第4大隊の多くは、そのまま連邦軍の第9大隊を追って街道沿いに西へ進んでいった。無我夢中で奇襲攻撃を仕掛けて以降、
やはり生きた心地はしなかったが、少しずつ周囲を見る余裕も出てきている様子だ。戦意を失った相手はもはや脅威ではないが、森から不用意に出ないようにだけ各隊に指示を出しておいた。最も最左翼を担当したお手柄の堀川中尉は、
「我々だって給水タイムが必要ですし、暑い薄野原に無防備に出たりしませんよ。」
とこちらの意図を呼んでくれている様子だった。
第5大隊はそれぞれが独立した持ち場にいたような状態だったが、第1~第4大隊は一部を残して参集しつつあった。本営の指示で、第5大隊で決戦に参加できるものは、敵の第7、第8大隊を追う格好で、飯森の北西部にある、水源地を目指す。そこまで来れば、般若山麓の薄野原まであと少しである。
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~塚原醍醐は思い出しつつ~
そう「本物の」大和大尉と潜り抜けた幾多の戦いを思い起こしていた。あの頃は我ら帝国軍の各部隊が連邦軍に追い回された。今回のように敵を追いかけること自体が珍しい。敵に追われるその中でも二人は果敢に返り討ちを試みた。それが大和一郎と塚原醍醐の、武人としての誇りの一部に昇華されていたのだ。
・・・
また、いつしかの夕暮れの稽古のことを思い出していた。珍しく稽古で塚原が大和から1本取った後の事だった。大和は塚原の剣道の成長を喜び、讃えつつ、ふとこんなことを言った。
「なぁ、醍醐。剣の道って何だろうな?今や戦場はどんどん銃火器や新しい武器によって塗り替えられてしまっている。剣では銃や大砲に勝てない。ならば俺たち剣士の行く先は一体どこにあるんだろうな?」
彼の弱気な発言に驚き、塚原は言葉を失った。またその言葉に心も深く抉られた。自分だってそんなことは十分に理解している。そう塚原は言いたかった。でもその言葉に潰されるのは悔しかった。
「1本取られたぐらいで何弱気になっているんですか?行けるところまで行ってみましょうよ。そのうち私から1本も取れなくなりますよ。」
無理して作ったにやけ顔で大口を叩き、自分自身を、そして彼を鼓舞した。
「そうだな、すまない。」
と彼も笑い、立ち合いを再開した。
その後、再び彼から1本を取ることはなかった。
・・・
そんな彼も、先の撤退戦で命を落とした。
山田驍から聞いた話では、運悪く、多数の銃撃を腹部の一ヶ所に受けての失血死だろうとのことだ。剣では銃に勝てなかったのかも知れない。大和一郎も、塚原も、それでも、行けるところまで道を模索する。だから生き抜かなければならない。そう思うと息苦しかったが、ある時山田がこんなことを言った。
「連邦軍の兵士を倒し尽くしたところで、戦争には勝てても、本当の勝利は得られない。彼らは巨大な国家理論の道具になっている手駒に過ぎないんだ。農村出身の貧困者、少数民族。弱者ばかりの彼らを虐げることに何の意味もない。本当に倒すべき敵は、連邦の中枢にいる。だから、僕はいつか、この戦争を引き起こした張本人を引きずり出して、必ずこの手で断罪してやる。」
普段、だらしないほどに緊張感のない山田が言うと、その言葉のあまりの凄まじさに塚原はゾクッとした。
「銃火器で敵をたくさん倒す。そんなことは本来、必要な手段ですらないかも知れない。だから塚原の剣の力が絶対に必要になる時が来ると僕は思っている。」
山田は付け足した。付け足しだったようにも聞こえたが、塚原の中で何かが洗われたようだった。
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~水源池の十文字槍~
森の中を割る水源池に高梨大尉率いる第5大隊、第2中隊が出た。そこは木々の代わりに下草や、水草の類が群生しており、周囲は見通しが良い。そこに連邦軍の一群が発見できた。おおよそ1個中隊かそれよりも多少多いぐらいの人数だ。急遽現れた紺色の人間達に連邦軍が驚き、その驚きが感染した水鳥達が次々と飛び立つ。
水源池の周辺は、概ね足場の悪い湿地帯であった。連邦の兵士たちが転倒する。それをめがけて突き進むが、帝国兵の一部も深みにはまって思うように前に出れない。そんな中、十文字槍の名手である高梨本人が、その長い槍を使って、連邦兵を攻撃する。高梨に影響されて栗田も最近十文字槍を使い始めたが、未だに高梨ほどの力量には至らない。ひとり、またひとりと高梨と相対した兵士は討ち取られた。どうやら今発見されたこの中には、彼に比するほどの戦士は存在しない様子だ。
そのうち、前列の一部が討ち取られたこともあり、相手の士気はすでに地に落ちた様子だ。よく観察すると、殺されまいと抵抗しているだけに見える。槍は刃の部分を使用しなければ、敵に致命傷は与えず、叩いて気絶させたり、武器を排除したりなどすることが可能だ。高梨は徐々に、相手を鎮圧、説得する方向に転換し始めた。
「無駄な殺生はしない。大人しく降伏せよ。」
第1中隊の茶屋、塚原や小此木らが到着した際には、既に第2中隊によってその場は沈静化しつつあった。もはや高梨自身は少し後方に下がり、槍の柄を差し出して、深みにはまった帝国兵を救出したりしている。そんな光景にほんの少しだがほっとした気分になったが、あと少しで沼地も抜ける。その先にいよいよ、今だ抵抗を試みている連邦軍の第10大隊がいるとのことだ。先ほど、森の端から敵の布陣を如月准尉が確認している。それをもとに、街道沿いに進んだ第4大隊の主力と、水源地を抜けて般若山麓に向かう第5大隊の大多数と第4大隊の一部で、2方面から攻撃を仕掛けることとなった。
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~般若山麓で待ち構える者たち~
ほんの数百m進むとやがて森が開けてくる。森の外は般若山麓。薄の一面に広がった美しい野原だ。去年のまま残っている金色の薄と、瑞々しい今年の薄が混在している萌黄の野原だ。
その中に連邦軍を発見した。
しっかりと布陣した連邦軍の第10大隊が奥出雲街道の北側500m~1kmほどに布陣している。その全てが、我らを迎え撃つ形で待機している。その横をバラバラと逃げていく連邦の他の大隊の兵士たち。先ほどまでの動きから、第10大隊の北側を撤退(潰走?)するのは第7大隊、第8大隊の諸部隊だと考えられる。街道沿いを通り、第10大隊の南側を同様に撤退(潰走?)するのは第9大隊だ。これもまた、戦意まったくなく、細かい部隊で文字通り散り散りに逃げてゆく。彼らに第10大隊に合流する意思はないようである。
薄野原を進み、本営を守るように第4大隊、第5大隊の各第1中隊が中核を固める。北条大佐、鞍馬少佐、米田少佐、小此木中佐、諸々の幹部達も近くにいる。山田や塚原、小此木、第1中隊の仲間たちも付近に集まってきた。第5大隊の第2中隊、高梨隊や第4中隊、成瀬隊は右翼に、第3中隊、柿崎隊は左翼に展開した。
時を同じくして、第5大隊の主力が、街道の通る飯森の南側から現れた。その近くに、確保された多くの連邦兵も確認できる。位置関係等を考えると、第3大隊に追われる形で逃走していた連邦軍の第9大隊の一部のようだ。それを裏付けるように、堀川大尉率いる第2中隊から報告が入ってきた。
街道筋の方でも、ほぼ敵の鎮圧が完了し、たくさんの捕虜を得ることに成功したとのことだ。
飯森の東の方に残っていた、第5大隊、第5中隊すなわち栗田隊の主力も森の端に到着。柿崎隊のさらに左翼に合流する形で展開した。
これで、本当に態勢が逆転した。
自らに倍する敵と戦ってきた。だが、歴史的な奇襲の成功により、敵の連邦軍、第7旅団は3つの大隊が崩壊、霧散し、残るは第10大隊のみとなった。それも先の撤退戦で思わぬ被害を受けており、元々がかなり消耗している部隊だ。その数は900にも届かない。一方、一部の部隊を捕虜の監督、治療などで置いてきたものの、ほとんどの帝国軍の隊員が再集結し、飯森から出て、般若山麓の連邦軍を2方向からゆるやかに包囲する形で動いている。
帝国軍 連邦軍
第11師団 第4連隊 第7旅団
第4大隊および第5大隊 第10大隊
北条一大佐 楊許昌中佐
兵力 1,611 約850
だが依然、残存した第10大隊は戦意を失っていないようにも思われる。数だけに頼ってはならない。半数の我らが連邦軍をほぼ無傷で駆逐したように、今度は、半数の彼ら連邦軍が我らをせん滅することだってあり得るのだ。
「降伏勧告は出すべきかな?」
本営の北条大佐は、参謀の小此木中佐に問うた。
「相手は応じないでしょう。それに、この戦いを絶対的な勝利に印象付けることも大切です。行きましょう!」
力強く小此木中佐は答えた。
冷静に敵を分析する。
銃兵は50ほど。弩兵も同数かそれ以上。騎兵は少数しか存在しない。背後に流れる川。前面の起伏を利用した天然の砦。しっかりと置き盾などで身を守っており、和弓の効果はあまり期待できない様子だ。
そもそも矢の回収まで手が回らず、矢はかなり消費しつくした状態だ。
やはり、最後は彼の、山田の能力に頼るしかないか。塚原はそんなことも考えた。
と、先ほどから変身を解いていた桃瀬大尉やその他のドウジたちが再び変身すると、周りの男性の隊員たちにも力を送り始める。皆の気迫が満ちる。彼らは隊列から一歩前に出ると一列に並び、虚空に約30度の仰角で矢を放った。空を切って長い矢の群れが敵陣に飛ぶ。
わ~~。
遠く敵陣の混乱が伝わってくる。
距離約200m。
おそらくは通常の人間では届かない距離だ。ドウジやカバネ達が可能とする射程だ。相手の意表を突くには十分だったかもしれない。だが今度は敵が銃兵を前に出してくる。その数50。一斉に射撃をしてくる。有効射程の外側のようだが、それでも威力のある弾丸があちこちに襲い掛かる。今度はこちらが置き盾や荷車などの影に隠れてやり過ごす番だ。運悪く被弾して、苦しみもがく者も何名か現れた。回復術師たちの治癒魔法が乱れ飛ぶ。
連邦の銃兵が引っ込んだのでこちらは再び和弓と、銃兵も一緒に前に出る。一斉に射撃が開始される。銃弾によるダメージ、そして一瞬遅れての矢の着弾。
敵が再び銃兵を前に出したときに、白銀に輝く剣の群れが森の中から野原に出現した。
宙を飛ぶ、諸刃の剣の群れだ。
その剣の一本一本は、諸刃の剣で連邦の標準兵装グラディウスにも似ていたが、塚原には見覚えがあった。能力開発で使われていた模擬刀だ。形は古の倭刀という物に似ている。というより、確か、似せて作ったのだ。山田の能力を考えると、御剣のような片刃の大剣を飛ばすよりも、左右対称な諸刃の剣を飛ばす方がイメージしやすく、やりやすいようだったのだ。それでも敵のグラディウスを模して作りたくはなかった。
そこで考えたのが、日本の古の剣、倭刀だ。
平安期に入るまで使われていたと考えられる諸刃の剣なのだそうだ。確かに、古代の焼き物の人形、「埴輪」だかが持っている剣にしても、当時の地層から出土する剣にしても、諸刃の刃だ。天の叢雲、別名草薙の剣もこういった形状をしている。帝国人のアイデンティティが模擬刀に注ぎ込まれた。
果たして山田の能力、そして使われる剣の群れは戦塵を払う神話の剣となるだろうか?
和刀の群れは地面からの高さ1m程度を矢のような速さで進んだ。
それはまるで空を泳ぐ、美しい魚群のようにも見えたし、あるいは山田から『かなた』の話をよく聞かされている塚原にとっては、宇宙艦隊の艦列のようにも見えた。和刀の群れはまっすぐに飛び、そのまま敵陣の横を通り過ぎるかに見えたが、敵陣の斜め前方にピタッと止まった。敵軍の兵士に動揺が走る。
一部の銃兵はすぐに匍匐姿勢を取ったように見える。あの部隊は、馬季常の中隊か?山田の能力をまるで知っているかのようだ。思えば、山田と小此木軍曹を追い掛けたのは、そして我らの元第2中隊、第1小隊、すなわち大和隊を追撃して、多大なダメージを与えたのも、あの部隊だったはずだ。
それでも、他の部隊は怪奇現象に混乱を来して、剣の群れに無意味に発砲したり、こちらに一斉射撃するべきか迷っていたり、混乱を極めた。
どのような絵を見せてくれるのだろう?
塚原がそう思った瞬間に、山田の剣の群れが向きを変え、敵陣に対してほぼ真横から猛烈な勢いで襲い掛かった。まるで幾筋もの白銀の光線が放たれたかのようだった。放たれた後に青い残光が残された。わー。ぎゃー。剣が直撃して悲鳴を上げる銃兵たち。あらぬ方向に発砲される銃、剣が直撃したせいで暴発する銃。一瞬にして、敵の長距離攻撃が封じられてしまった。まるで火線を薙ぎ払ったかのようだった。
まさに圧倒的。
伝説だ。
攻撃を封じただけではない。まさしく陣形そのものが薙ぎ倒された形だった。銃兵だろうが、弩兵だろうが、白兵戦の構えをしている一般兵だろうが、とにかく暴力的な横殴りの、鋼鉄の雨に、根こそぎ倒されていた。前方に列をなしていた兵士のほとんどが、まともに立っていなかった。兵たちの転倒している様、投げ出される武器、治療に奔走する回復術師たち。
驚異の瞬間に、敵・味方関係なく体が凍結されたかに見えた。
その瞬間、騎兵の一団を率いていた北条大佐の号令が轟いた。「全軍、突撃!」高らかにラッパがなり、敵陣の南西、および北西の2方向から帝国軍が一斉に襲い掛かる。
今ここに、「上石見・般若間の戦い」最後の、決戦が始まろうとしている。




