ストーリー031 上石見・般若間の戦い③
帝国戦闘記録 上石見・般若間の戦い③
~それは一つの決着~
黄大黄は腹をくくった。
ならば行くしかないっしょ。今は目の前の敵に集中したい。1対1ではまず勝てない。回復術師の彼女がついたことで、ぎりぎり互角だろうかと計算する。やってみないと分からないことだってある。日が昇り、気温が上がる森の中、額の汗が止まらない。こちらの、そして相手の間合いが詰まっていく。じりじりと。
右手はグラディウスの柄、鍔のすぐ下を握っている。これに対して左手は添えるだけで、まだ握りこんではいない。後ろの彼女、宋紅花に金色の光が浮かび、彼女はモリビトと同じ回復術を可能とする姿に変身した。それは連邦内では天仙娘々(てんせんにゃんにゃん)と呼ばれる異能者だった。その空気の変化が生じた瞬間、黄大黄は大地を蹴って突進した。
うおぉぉ~~。
3歩、4歩、シュッ。
手に持った瓶の中身の液体を、同時に撒き散らす。
ジュワッ!発泡性の液体が帝国の将校を襲う。
ぐっ。
将校は何とか直撃を避けながらも、最初の理想的な構えを崩した。穂先は彼の右肩を守るような位置にずれた。
チャンス。
「ひょ~~~」
怪鳥のような雄叫びとともに、黄大黄は懐に入り込み、鋭い突きを放つ。それでも将校は全身は崩さず、柄の部分で突きの軌道をずらした。
ガツッ。
柄の部分が切っ先を弾く派手な音が響き渡る。黄大黄はそれによって右に傾いて、少し体の重心が傾いた。それを逃さず、強烈な上からの斬撃が彼を襲う。咄嗟に身を引き、すんでのところで回避・・・
したつもりが、
右の太ももを、しっかりと切られている。
鮮血が自らの目にもわかるくらい、ビシッと飛んだ。
癒しの光が、右脚を包み、傷が少し回復する。
いいぞ、伍長。助かった。
と、今度は相手の突きがこちらを襲う。幅広い槍の先端が、こちらを追い込む。ギン!グラディウスで横向きの刃を受け太刀をしつつ、縦向きの刃は体を少しずらして避けた。十字に突き出た刃の形状がこんなにも厄介だとは思わなかった。相手は鍔迫り合いに拘らず、すぐに槍を引くと、今度は斜め下から突き上げる。
うっ。 まただ。
今度は横向きの刃が左の前腕を掠った。
鮮血がわきの木立を染める。焼けつくような痛み。深い。
必死に癒しの力を流し込む宋紅花。だが必要とされる能力の大きさに、体中ががくがく震えている。やがて、彼の傷が塞がったその刹那、彼女は力尽き、倒れた。視界の端にそれをとらえ、自分の無力さにも、彼女の離脱にも絶望的な気分になる。
次で最後だ。これ以上はもう、自分も保たない。
地を蹴って走り出す。
既に相手の間合い。
まっすぐな突きが襲う。
飛んで躱して、木立の幹を蹴って、再度跳躍。
斜め上から将校に切りかかる。「これで、終わりだあ~~!!!」
空を切る斬撃。
将校は地面に低く伏した。右手に、奇妙な槍を持ったまま。
斬った・・・訳ではなかった。彼は斬撃を躱すために地べたに落ちたのだ。今までにない奇妙な位置関係だった。2mほどの高さ、宙に浮かぶ黄大黄と、地べたに這いつくばるようにいる将校。
一瞬二人の目線が合う。
刹那、バシッと将校の持つ槍の柄が彼の脇腹を直撃し、黄大黄は宙に浮いたまま、真横に飛ばされる。木の幹に体ごと打ち付けられて、気を失った。
朦朧とする意識の中、彼はなぜか思い出したくもない人物のことを思い出していた。黄大黄たちを蔑み、差別していた人物だ。そのくせ、本人に大した才能があるわけでもない。強いものに媚び、下に辛く当たるクズの見本だ。どうせ帝国軍に討ち取られたのだろう。どこにも見当たらなかった。いや、あるいはこの劣勢の中、簡単に降伏などしかねない輩だ。
例え味方であろうと、奴だけは許さねぇ。そう思っていたが、死んでしまえば皆同じだ。自分はあの世に向かうのだ。後から奴が到着した時に、あっちの世界では仲良くできるだろうか?そんなくだらないことを考えつつ、底なしの闇に彼の意識は落ちていった。
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~それも戦術というべきなのか?~
連邦軍の、第7大隊のうち行軍の後ろから中央にいた第1、第2、第5中隊は被害が大きく、潰走を続けていた。
帝国軍の第5大隊のうち第4、第5中隊は果樹園の戦いに勝利した後も、この辺りの敵軍を追って行った。その多くの助けとなったのが、ネコマタの斥候である如月准尉だった。彼女が様々な敵の位置を確認して伝えてくれるので、あらかた掃討が済みそうな勢いになってきた。この近辺で小規模に動いていた敵軍は皆降伏して捕虜となることを選んだ。ただ、第4中隊は、回復術師であるモリビトが多くいる部隊だ。先ほどの奇襲攻撃で自軍も傷ついたが、人道的な配慮から、敵兵である連邦軍の兵士も治療している。残存している第7大隊の兵士達を追撃するのは主に第5中隊の仕事になった。
それでも孤立していた敵の部隊の抵抗は少なく、徐々に戦後処理の様相を現わし始めている。
「まだ最終的な決着のことまでは言えないが、我々は勝っているのかも知れない。」
ほとんど戦わずして下ってきた古株っぽい中隊長もいる。年齢、風貌から、かなり経験のある人物にも見える。それにも関わらず、ろくに戦わずして下ってきた。そもそもが忠誠心などないのかも知れない。その男、中隊長の安重陳大尉はこちらを値踏みするような顔で見ている。連邦の言葉の分かる人間を通訳にして、彼に降伏後の流れなどを説明している。
「貴殿の身柄は、当方の安全のために一旦、拘束具などを使って、拘束させていただくことになります。」
こちらの身の安全の事もあるので、縄などの拘束具を用いて、腕を縛って・・というぐらいならばどこの戦場でも見逃されてきている。「別段問題ない。」と、相手も特にこだわりのない様子だった。新米の隊員がビクビクしながら腕を縛り上げていく。いきなり襲い掛かって来たりしないだろうか?その態度をどことなく面白げに見ているようにも思える。栗田大尉はその余裕が癇に障っていた。
「両軍の協定により、身の安全は保障します。ただ、捕虜交換などの機会があるまで、不法入国者と位置付けて収監し、我が国に対し、勤労奉仕にて貢献することを義務づけます。それでも構いませんか?」
これは戦争なので、拒否した場合は殺さざるを得ない。あくまで事務的に、確認として言っている訳だが、癇に障った分、相手にプレッシャーをかけたい気持ちも湧いて、少し意地悪な感じに言ってしまった。
「大丈夫だ。」
余裕を感じさせる日本語が帰ってきて、余計にむかついた。栗田大尉は相手の顔を睨めつける勢いで覗き込んだ。厚い瞼の下の目は細く、基本的に無表情で、何を考えているのか分からない。隙を見て、襲い掛かってくる可能性も無きにしも非ずか・・・。他に捕えた同じ大隊(連邦第7大隊)の人間とも一緒にしない方が良さそうだ。先ほど最後まで抵抗してきた若い下士官たちの事も思い出していた。
回復術師と十文字槍に臆せず対抗してきた、身軽なオレンジ男のコンビには栗田大尉も苦戦した。今は多くが怪我したり、気絶したりしているが、彼らとこの男が共謀しても面倒だ。安重陳の見張りにはしっかり1班、5人をつけて、それ以外の捕虜と隔離した。さらに、仮におかしな行動を見せて危機感を感じたら、容赦なく殺害するよう、班長に指示しておいた。
これで、我々が無法者に闇討ちにされる危険は最小限にできただろう。栗田はそう自分を納得させると、一部をその場に残し、自身も西に向かって再度進撃を再開した。
「第1~第4中隊に後れを取るな!」
一旦萎えかけた自分自身や隊員たちの気持ちを鼓舞した。
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~崩壊する第9大隊、退く第10大隊~
連邦の第9大隊は前方の3つの中隊がダメージを負ったものの、後方の2つの中隊は最初の奇襲の段階では難を逃れていた。とはいえ、前方の中隊の兵士たちが後方の中隊のいる場所に向けて逆走しはじめたために、統率を保っていた後方の中隊は布陣を邪魔されてしまい、思うような抵抗をすることが出来ない。追い打ちをかけるように、帝国軍の遠距離攻撃が再開される。帝国軍の第4大隊は引き続き再び森の中、木の上、街道とあらゆる角度や方面から遠距離攻撃を仕掛けてくるので目標を定められず厄介だ。
大隊長の胡信中佐は自軍も森に入り、敵を迎え撃つべく、後方の2つの中隊をそれぞれ街道の南北に分けて布陣を進めた。自らは街道の北側を選択して森に入った。そちらのほうが野営地であった般若山麓に近い。彼の中では既にその場から逃げることが計算に入っていたのかも知れない。これが決定的なミスだった。帝国軍の斥候、如月奏准尉は果樹園での戦いを見届けたのち、本営近辺を動いていたが、それを発見したのだった。
それを本営に伝えに行くと、すぐさま側面攻撃の部隊として、第5大隊の第1中隊、すなわち大和一郎大尉こと山田驍の仲間たちがそれに選ばれることになった。この『山田中隊』は街道を使わず、森の中を進み、真東から胡信の統率する中隊に迫った。この辺りも、元果樹園に向かう通路などが存在しており、比較的に開けている。進軍は難しくない。胡信は1個中隊と共に応戦したが、第5大隊と山田中隊に左右から挟撃されることになり、じきに統率不能になった。
そして最も恥ずべきことに、大隊長である故信が逃亡を図った。銃や和弓の帝国軍の隊員たちが次々と胡信めがけて狙撃を繰り返す。幸運にも、周囲の木々に阻まれ、数々の狙撃は失敗に終わる。だが、その中でも執拗に追ってくる者もいる。帝国の女性下士官、小此木真凜軍曹は胡信を再び発見し、発砲した。一度付近の樫の木に阻まれて目標を外したものの、手早く再装填するとそのまま走って追ってくる。
次の一発は銃弾は低く足元を狙ったものだった。
シュンッと下草が刈られるような音を立てて銃弾が走り、直後に胡信は転倒した。足首にジワリと滲む血の赤。足首を見事撃ち抜かれていたのだ。驚きもあり、びっこをひきつつパニックに陥る。それでも彼は往生際が悪い。馬車に繋がれていた馬に近づくと、馬車からの手綱をグラディウスで切り飛ばした。そして、その馬に跨ると、その上にしがみつきながら、一目散に駆けだした。
その後、無軌道に馬を走らせたことが祟った。馬は街道に出てしまい、彼は第5大隊の流れ矢を何発も受けて、絶命した。ただ生きるために逃亡を図ったことが、彼の死期を早めたのだろう。覚悟を持って撤退するのとは違う。持ち場も部下も何もかも捨てて逃げる醜悪な者に、幸運の女神がほほ笑むことはなかった。「死なんと思えば生き、生きんと戦えば必ず死するものなり。」という言葉があるが、恐らくはこういうことを言うのではないだろうか。単純なことだが、覚悟を失い、敵に完全に背を向けた状況が最も無防備なのだ。
大隊長を失った連邦軍第9大隊はその後もまともに帝国軍を防ぐことは出来なかった。帝国軍の第4大隊、その半数以上が第9大隊と交戦していたとはいえ、600程度なので、もともとの数としては拮抗している。彼ら連邦軍が嘲笑ったように、銃火器も少ない。ただすでに勢いが違っている。街道を東から西へ、交戦地点は少しずつ移動しつつ帝国軍が連邦軍を押してゆく。午前9時半を回る頃、生き残った隊長らの指示で第9大隊は全軍すべての物資を見捨てて、退却する道を選んだ。
・・・・
時刻を同じくして、満身創痍のヤマネコの諜報部員が第10大隊本営の楊許昌の元へたどり着いた。すでに丁小虎が捕縛され、残りの二人は先に降伏していた。彼女は、4人の斥候のうち残された最後の一人だった。血の気を失った薄紅の唇から、彼女は必死に言葉を繋いだ。
「本営および第8大隊の受けた壊滅的な打撃、それを挟む第7大隊および第9大隊も崩壊に進んでいる状況です。帝国軍は・・前方及び北側の森に残った我が軍の残存部隊を駆逐しつつあります。」
「ありがとう。項道栄大佐は今どのような状況に?」
「項道栄大佐は討ち死に。本営の者達も多くは討ち死に、もしくは降伏しました。」
こちらとしては聞くに堪えない現状だったが、楊は静かに報告を聞いた。苦しそうに喉の渇きを訴える彼女に水を飲ませた。兵士に支えられながら水を飲み切った彼女は、変身が解けて、気を失った。楊は唇をかみしめると、考えた。項道栄なき今、この先の事は自分が考えるしかない。周りの兵たちを集め、言う。
「我ら第10大隊は速やかにこの森から離脱する。般若山麓の野営地に戻り、ここに再布陣して、退却する他の大隊を支援する。そして・・森から出て追撃してくる帝国軍を全力で迎え撃つ!!」
彼は依然として帝国軍に屈しない態度を、明確にそこに示した。
「了解。」
自らの隊の先頭にいた馬季常ら、各隊長もそれに応えた。




