東方鋼魔伝 ストーリー003
異世界転移した主人公、山田驍。生者のいない森の中から半狂乱で抜け出し、異世界に来て初めて、生きた人間を目の当たりにする。だがそこに見たものは、さらなる地獄絵図だった。
ストーリー003
二號手記 二人だけの生存者
~生きた人間~
身も心も氷のように停止してしまった。
自分自身の亡骸を安らかな寝顔を見て、いつまで呆然としていただろう?混乱がじわじわと心を侵食し始めていた。先ほどまで見てきた地獄絵図。うんざりするほどの死者の世界がそこにあった。そこから抜け出せたと一瞬思わせておいて再度奈落の底へ突き落されたようだ。
何故ここに、自分の死体がある??
恐怖で平常心を欠いた心では、正しく思考、判断することもできなかったのだろう。自分が分裂して、その片割れが死んでいる?いや違う。よく似た人物が死んでいる?それとも自分は死んで、今ここにいる自分は別の姿になっている??混乱していた。
ただ感情のどこかでは、この死体は、死ぬことについての警告?と思えて恐怖した。
ここは間違いなく地獄に違いない。事実かあるいは比喩的にかは分からない。
「うわぁぁ。」2回目の情けない叫びをあげつつ、さらに先へ、ふらつきながら走り出す。
枯葉や枯れ枝を踏み散らかしながら、林の中をひた走る。パキパキと乾いた音を立てて折れる枯れ枝が、まるで敷き詰められた白骨を踏んでいるようでぞっとする。「ひやっ。」些細なことにも鋭敏に反応して悲鳴を上げている。
わずか50mかそれ以上か、走った先に複数の人影を発見した。
人だ。人がいる。助かった。・・・と安堵に浸ったのはほんの数秒ほどだった。
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~絶体絶命~
近づくにつれ、とてもそんな安堵できるような素敵な状況ではないことが理解できた。そこには若い美しい女性ひとりと5人の男たちがおり、何やら揉めている様子だった。今まさに、男たちの中で一際大きな男が、無遠慮に女性に手を伸ばそうとしていた。
「やめなさい。協定違反でしょう?」
紺色の軍服?の女性は向かい合っている大柄な男に毅然と言い放ち、身を引いて距離を取った。
「ひっひっひ。悪いことはしないヨォ。ちょっとごソウダンがあるネ。」
対して相手の男の言葉は妙な片言の日本語だった。だが下品な笑い声や信頼できない怪しい目の光から、彼の目的は明らかだった。深緑の軍服の集団、下品な彼らの立ち居振る舞いはどこか女性を突け狙うゴブリンを思わせた。女性の口から出た「協定」が何かは分からないが、人道的なそのルールを無視して女性に悪戯をするつもりだろう。
走りこんできた自分に気づいたものの、男は一瞥をくれただけで女性のほうに目線を戻した。所詮新手は自分一人だけ。相手にとっては形勢逆転でも何でもないに違いない。そして横にいた取り巻き(?)たちに何か言った。おそらく自分を始末するように指示したのだろう。
取り巻きの4人は自分を包囲するように半円型ににじり寄ってくる。その時になって気づいた。奴らの深緑色の軍服は先ほど倒れていた人物が来ていた軍服と全く同じものであった。そして先ほど地面に刺さっているところを見かけた、例の長剣を携えている。
また、先ほどの戦場には女性と同じ色の紺色の軍服姿も倒れていた。ああ、そういうことか。ここまでくると、誰にでも想定できるような話だ。おそらく女性の所属する軍隊はこの緑色のならず者たちの軍隊に敗れた。そしてこの女性だけは生き残ったので、降伏しようとしたのだ。女性が「協定違反」のようなことを言っていたように、何かしらのルールはあるらしい。だが、卑劣にも緑の勝者はルールを破って蛮行に走ろうとしている。
こんな胸糞悪い光景に黙ってなどいられない。どうあってもこの女性を助けたい。しかし・・・
こんな場面に居合わせながら、自分はただの丸腰の、無力な、民間人だという事実に悲しくなる。せめて何か武器のようなものでも持ってくればよかった。ハッタリでもないよりはましに違いない。据わった眼で、4人の男たちが剣の鯉口を切り、じりじりと間合いを詰めてくる。今度こそ死んでいくだけの運命なのか?悲しみと恐怖心が同時に心を締め付ける。視界の端では大柄な男が、懲りずに女性ににじり寄っていくのも見える。
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~目覚めよ~
生命の危機が迫ってくる。4人の男たちの顔がよく見える距離まで近づいた。そのとき、そのうちの一人の顔が緊張で強張るのがわかった。彼は、何かを口走り、隣の同僚に目を向けた。やはり理解できない言語だったが、明らかに自分の顔を見て、それに怯えたようだった。会話が飛び交い、皆が青白い顔をしている。異変に気付いた大男もこちらをもう一度見て、そして立ちすくんだ。
その一瞬と並行して、自分の中で「天変地異」が起ころうとしていた。
先ほどの不調が、頭痛の原因が、制御可能な演算になって、脳の中で動き始める。そうだ、ただ禍々しい光景に恐れをなしていただけではない。自分の中に芽生えた新たな力。その力の覚醒により、脳漿がオーバーヒートしかかっていたのだ。
敵に悟られないように、自分は呼吸を整える。必ずできる。イメージ通りにできるはずだ。
自分は森の中に打ち捨てられた武具たちを思い出していた。先ほど転げまわった地獄。そこにあった血糊のついた数々の剣、日本刀、ライフル銃。どれも母体は鉄の塊だ。彼らは、鉄塊は、自分の意思で使役できるのだ。それこそが自分に覚醒した力。
「おのが重力の枷を解き放て」
ふっと数々の武具が宙に浮かぶ現象を脳で感じた。
「我がもとに参れ」
あたかも無重力の空間にあるかのように、彼らが等速直線運動で飛翔してくるのが感じられる。
否。そうイメージしたが、思ったよりすこし直線から軌道がずれて高度が下がっていく。
武具の素材である鋼には鉄以外にも不純物として炭素などが含まれており、決して純粋な鉄とは呼べないのだ。その他の成分からなる部品も付属している。気持ちを切り替え、不純物の存在も補正値として演算、意識に込めていく。純粋な鉄のお盆に余分な荷物、荷重を乗せるイメージだ。といっても、この力を使えない人に実際の感覚として説明するのは難しい話なのだが。
ともあれこの短時間で覚醒した力に修正がかかり、鉄塊どもの飛翔が理想に近似してくる。
こうして思考、脳内で演算していた時間も、せいぜい1、2秒だろうが、自分はその間、ぐっと敵である緑色のならず者の兵士たちを睨み返してた。なぜだか形成はとっくに逆転して、緑色の兵士たちは金縛りにあったようになっている。彼らにとっては、本当に都合悪く、武具の飛翔する時間を稼ぐ結果となってしまった。
女性も異変に気付く。そして不思議そうな、希望を見出したようにも感じる目で自分を見た。
その目と目が合った瞬間、自分は女性に向けて叫んだ。
「伏せて!!」
自分の日本語には女性だけが俊敏に反応した。
突如、木々の間から無数の刃が飛来した。白銀の刃は細い木々の枝を切り飛ばし、棒立ちになっている緑色の兵士たちを、奥に並ぶ太い木々の幹を、次々に刺し抜いていく。
ドスドスドス、ザクッ、ドスドスドスドス
「うわ~」「うおお~」男たちの断末魔。「ギョエエ~」「キエエ~」慌てて飛び立つ野鳥の声。ヒュンヒュンと空気を切り裂く刃の音がいつまで経っても収まらない。男たちがドサッと倒れる音、切れ飛んだ枝が落ちるザザッという音が方々で聞こえた。
ほんの数十秒だったろうが、まるで一夜の嵐にあったかのような狂騒だった。
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~貴方の名は~
腹ばいになって嵐が去るのを待っていた自分は、やがて起き上がって周囲を見渡した。
緑色の男たちは胸や腹などの部分に複数の刃を受けて絶命していた。ひとりだけ、太い幹の死角に入っていた小男が生き残っていたが、「アイヤ~」というような悲鳴を上げて転がるように逃げ去っていった。自分には既に追いかける元気も残っていなかった。まず、相当な精神力の消耗を感じたし、この壮絶な状況にも驚いていた。
まっすぐに飛翔する幾多の剣。このような技はゲームやアニメでしばしば見られるが、相当な大技だ。
自分がしでかしたことではあるが、先ほど見てきた「地獄」がそこには再現されていた。死んだ男たちはやや後方に吹っ飛んだ形で仰向けに亡くなっており、複数の刃が深く垂直にその体に食い込んでいた。壮絶な出血のあとが禍々しく染め上げる。まさに地獄の戦場の再来。ならず者とはいえ、手を合わせずにはいられなかった。
大柄の男の亡骸、その少し手前に、女性がうつぶせになっていた。
「大丈夫ですか?」としゃがみこんで声をかける。
はっ、と女性も我に返ったようだった。
うつぶせから正座に体勢を変えてこちらを見た。改めてみると、ほんとうに美しい女性だった。印象的な大きな瞳には菫色の色彩が浮かび、水色とも見えるシルバーヘアーは艶やかに輝いている。整った目鼻立ちの下の薄紅の唇が何かを言いたげにしている様に、無意識に引き寄せられるものを感じた。紺色の凛々しい軍服ですら、彼女の美しさを引き出すためのアイテムのひとつにすら思えてくる。
まともに目が合って、どぎまぎしてしまった。きっと場所もわきまえず、頬を赤らめていたに違いない。彼女のような女性の叫びに呼応して自分が呼び出されたのではないか。そう思うのは自惚れだろうか?だが幸い、先方はそんな自分の劣情(?)とは無縁のことを考えてこちらを見ていたようだ。そしてこちらに謝り出した。
「隊長、すみませんでした。隊長の言うとおりに、もっと遠くに逃げるべきでした。」
「??」
「諦めて投降すれば、何とかなると思いました。でも実際は違いました。連邦軍は卑怯で下劣です。」
やはりそうだったか。想定したとおりだったようだ。
「怖かったです。乱暴されるなんて、やっぱり心では受け入れられなかった。」
軍人らしい凛とした態度の隙間から、彼女の本当の声が漏れ出たように思った。一筋の涙が頬を伝う。
それは恐怖から来た涙か、あるいは安堵の涙か?ハンカチでも差し出そうとしたが、残念なことに小物は持っていなかった。
さて、どうにも自分は敵味方関係なく、その「隊長」と間違えられていたように思う。隊長・・・自分にそっくりな男。先ほどの敵兵(連邦軍の兵士?)の恐怖に怯えた様。もはや確信した。これまで何もかも理解不能、恐怖と悪夢のような流れだったが、ようやく自分を取り戻せそうだ。霧が晴れたように、これまでの現象が明らかになってゆく。
「私はあなたの言う隊長ではありません。山田驍という名前の一般人です。」
軍服の彼女が自衛隊員である可能性は限りなく低い。もうその時にはそのように認識が固まってきた。
戦争が起こっているこの日本めいた世界に、自分はなぜか来てしまったということだ。
「異世界転移」
既にその可能性の方をこの時点でおぼろげに考え始めていた。なので、どのような状況、世界でも話が通用するように名乗り、説明してみた。果たして、彼女は驚きつつも、自分の言うことに納得したようだ。
「どおりで。服装も違ったので不思議に思っていました。やはり隊長は。」
彼女の表情が悲し気に曇ったが致し方ない。真実を隠したところで何も始まらない。二人ともあの場所に戻ってみるべきだ。目で見て、理解し、そのうえで心にも区切りを付けないと。そう思い、自分は先ほど来た道をたどる。意を決したように、彼女もついてくる。
先ほど「自分自身」、ではなく「隊長」が眠っていた場所へと。
異世界の人間を初めて救った主人公、山田驍。救い出した女性軍人、倒した敵の軍人。それらからこの世界の置かれている状況の輪郭が見えてくる。次回、「継承」お楽しみに。




