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東方鋼魔伝  作者: 東志郎
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東方鋼魔伝 ストーリー002

異世界転移としては定番の(?)交通事故で異世界に来たらしい主人公、山田驍やまだ・たける。寒々しい初春のその山林は、恐るべき「地獄」だった。飾らない本人の手記が、その時の光景を蘇らせる。

ストーリー002


一號手記 異世界転移者・山田驍


~死亡?転移?~


 自分の名前は山田驍やまだ・たける。名前だけはしっかり思い出せるが、記憶は曖昧だった。


 先ほどまで仕事中だったという認識だった。どのような仕事だっただろうか?何らかの会社に属して、クリエイティブな仕事をしていたことが自分の誇りだった。・・・そんな程度のイメージが浮かんでくるばかり。それが正しいかどうかの自信すらない。残業の効率が上がらず、コンビニエンスストアに間食とも、夜食ともいえるような食事や飲み物を買いにオフィスから降りてきていた。そう。とっくに外は暗かった。


 さほど時間を掛けずに買い物を終え、道路の反対側にある我が社のオフィスに戻ろうとした。その道路はさほど幅もない、表通りではない公道で、歩道脇には躑躅つつじの植え込みがある。どこにでもありそうな都内の公道だった。ただ自分はそこをよく横断するので知っていた。その道路は幹線道路と並走しているため、いわゆる抜け道として使われ、交通量も多かった。その夜も十分に警戒しながらこれを横断しようと試みたところ、スマートフォンを見ながらこちら側に横断してくる若い女性が先にいる。嫌な予感しかしない。


 悪い予感通りに、速度の出ているトラックが、右手から迫る。


「あ、バカ」という言葉が声になるかならないかというタイミングで体が動いていた。


 彼女を道路脇の、まだ蕾のままのツツジの植え込みに突き飛ばしていた。が、自分は突き飛ばした反発力で道路の真ん中にとり残されてしまった。迫る眩しいヘッドライト。先ほどの言葉が自分自身に帰って来たようにも思った。


 その瞬間が、おそらく職場の近所で起こったその事件(?)の最後の記憶に違いない。


 眩しい光の中、自分は車に轢かれて昇天?・・・のような気がする。


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 なにせその直後に、何かゆがんだ別次元の空間の中を泳いだような感覚があったのだ。別次元と仮定した方が、辻褄が合っている。そこでは明らかに肉体を失っていたと朧げに記憶している。金縛りのように、意識だけが存在する状況で、肉体はどこか自分から離れて浮遊していた。しかも自分の忠実なしもべであるはずの五感ですら、そこでは存在しているのか曖昧だった。視覚(?)から伝わってきたのは歪んだ金属製の球体が何層にも重なって溶けているような空間。そう見えるようでもあり、実際はその球体から外を見ていたのかも知れない。感覚の方向性すら無いのだから、自分の内側へと情報を引き込む感覚というものに分類できるのだろうか。


 さらに時間が正常に機能していたのかが分からない。その空間に入り、そして出るまでの時間が普通にあったという脆弱な根拠だけが残った。時の流れる速さが通常だったかも分からないし、証明のしようもないのだから。後にも述べるが、そこに入った時間とそこから出た時間の連続性がないのだ。


 自身の感覚で5分から10分。大雑把にそれくらいの空間浮遊だった。


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 その空間が普通の山林に変わり、その瞬間に自分の肉体も再構築されたような印象だった。鈍麻していた神経が元に戻り、地面から足の裏に伝わる感覚が現実を取り戻した。夕方の山林の中を元の姿のまま歩いている。ジーンズに上はTシャツの上にパーカーを重ね着。しっかりと盛り上がったフードのシルエットがお洒落でお気に入り、ワインカラーのパーカーだ。森の中、日はとうに西に傾いており、そのせいで薄暗い木々のトンネルは、ここに迷い込んだ自分をとてつもなく心細くさせた。手先を半分、パーカーの中に引っ込める。所々に生える山桜は固いつぼみを抱えたまま、目を伏せている。


 肌寒さは単に不安だからだけでなく、実際の気温の低さによるものだと分かってきた。かなりな山の上なのだろうか?標高が高いところにいて、気温が低いのだろうか?職場周辺ではもう、桜が半分散り、葉桜になっていた。あの足元の躑躅の植え込みも蕾が出ていた。


 桜の開花が遅れていることなどからも、職場周辺よりも寒い地域に来たか、季節が逆戻りしたか。いやいや、何の根拠もなく「季節の逆行」などという非科学的な話をしたわけではない。時間の連続性からして全くおかしいじゃないか。時刻が夜間から夕方に逆行しているからだ。そもそも、アスファルトで固められた都市部から、自然豊かな山林の中に自らの肉体が短時間に移動したこと自体が全く非科学的だと思う。


 今までの自らの状況を思い出し、並べて整理しみるが、到底理解には辿り着かない。


 このような怪奇な体験は、「死」なのか、あるいはライトノベルや漫画などのメディアに出てくる「異世界転移、あるいは転生」の類なのだろうか。一見、日本の普通の野山だが、全く別の次元、世界に来てしまっている可能性だってある。頭がぐらぐらした。正体不明の気持ち悪さも胃から食道を登ってきて、酸っぱさと苦さを感じる。嘔吐しそうになるのをすんでのところで耐え、心と体を落ち着かせようと息を整える。


 早まった鼓動の動きはおさまらないが、吐き気だけはなんとか落ち着いてきた。背を丸め、両上腕をそれぞれ反対の手のひらでさすりながら歩む。とぼとぼと枯れ草を踏みしめる。いや、諦めるな。まだ完全にそうと決まった訳ではない。現状をもう一度しっかり確認しよう。こういった場合、できることからやっていくのが良い、と何かに書いてあった。まずは現在地と時刻だ。先程気になった時間の連続性にしたって、単に約一日、気を失っていたのかも知れないし。


が・・・腕時計を確認しようとして愕然とする。


 左手首にあるはずの腕時計がない。それどころか、スマートフォンも、財布も、カードケースも。一切の小物を持っていない!履き古したジーンズのあらゆるポケットに手を突っ込んだが、何も入っていない。買ったばかりのジーンズを確認するかのように、ポケットに手を差し込んでは出してを繰り返す。やっぱり何もない。前頭葉を圧迫されるような不快感が襲い、先ほどの吐き気が戻ってきた。「あはは、落とし物かな~」と独り言を言いながら、へらへらと笑ってみるが、答える者もなし。今歩いてきた地面に目を走らせて探索してみるが、引き続き何も出て来はしない。


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~地獄の戦場~


 額にじんわりと嫌な汗を感じながら周囲の探索をつづける。それにしても気持ち悪い。なんだか空気が臭う気がしている。こんな森の中なのに潮の香りにも似た濃厚な臭いがする。似ているけれど、はっきりいってもっと生臭い、異様な臭気だ。明らかに今、自分に吐き気を起こしている最も有力な理由だろう。

その理由も気になって、周囲を注意深く見渡してみる。


 木々のごわついた幹、熊笹の葉が膝丈に。去年の枯れ草、芽吹きつつある新緑。どこにでもある山林の風景に、違和感を覚える。そこに見たのは地面に突き刺さった金属の棒・・・いや、剣だ。なぜだか触らなくとも、それが鋭利なものであることが分かってしまう。模擬刀か何かでは決してない。明らかな真剣。その禍々しい威容に心底慄いた。柄の部分には若干時間がたったことを物語る、ワインレッドの血糊がべっとりとついている。


 その根元に人が倒れている。深緑を基調とした軍服のようなものを着ている。自衛隊の人とか?


「大丈夫ですか?」そう言葉をかけようとして、言葉を飲み込んだ。とっくに息絶えている。


 うつぶせに倒れているその亡骸は、左肩がぱっくりと切られていた。おぞましいほどの深い傷。自分の脈拍と呼吸が急激に早くなるのが分かった。


 怖い。早く逃げ出したい。


 本能的に自身にも身の危険を感じる程の光景だった。とにかくその場から逃げたくて、ふらふらと走り出そうとしたが、足元にある何かに躓く。やはりそれも死体だった。「ひいっ」情けない悲鳴をあげて走るが、また別の死体に躓く。死体、死体、死体、死体。「うわぁぁ。」信じられない悪夢の連鎖、その光景に、言葉にならない言葉を叫びながら林の中を転げまわる。ついには耐え切れず、吐いた。打ち捨てられた武具の数々とおびただしい数の犠牲者たち。切り刻まれた木々の幹。これらの造形が映画撮影のようなまがい物でないことは火を見るよりも明らかだった。


 ここは本当の地獄だ。「うわっ、ひっ、誰か。誰か~」生きた人間のいない地獄を這いずり回る。


 なんとか死体の散乱する地帯を抜けて、何もない地帯へ足を踏み入れた。あぁ、やっと解放された。普通に走り回った以上の疲労が自分の心臓や肺の周りに重くのしかかっているのが分かる。また時間をかけて深呼吸してみる。吐き気や頭痛もなんとか治まってきた。


 細かいことを気にする余裕もなかったが、日の光を背にして進んだ記憶もあるので、東の方角に少し

進んだのかもしれない。周囲がただの山林に戻っただけで、不思議と気持ちが落ち着いた。その時の心理の問題かもしれないが、そこだけは何か神聖な場所のような気がしたのを覚えている。山桜やブナといった木々の合間に小さな広場が開けている。その広場は昨年の(と思われる)落ち葉が積り、ふかふかの茶色いじゅうたんを成している。金色の木漏れ日が幾重にも差し込み、あたかもその場所が聖域であるかのように彩りを添えていた。


--------------------------------------------


~そこに見たものは~


 深い息を一つ吐いた。


 ようやくまともに空気を取り込んだような気がする。自分はじゅうたんを踏みしめながら前に進んだ。


 だが、残念なことにそこにはまた死体が転がっていた。それでもなぜだろう?その亡骸だけは特別な存在のように思えた。特別に誂えられたこの場所がそう思わせたのかも知れない。あるいは自分はすでに、幾らか死体の存在にも慣れてしまったのかも知れない。自分は臆せずその死体に近づいてゆき、そのわきにしゃがみ込み、両手を合わせた。瞑目して、その冥福を祈った。(後から冷静に考えると、他の犠牲者と区別して失礼な話だが)


 しばしの後、目を開けてその犠牲者の顔をまじまじと見て、そして、身も心も氷のように固まってしまった。


 自分が、山田驍が、安らかに!そこに!眠っていたのだ!


地獄の先に、さらなる地獄。そこに横たわっていた主人公、山田驍やまだ・たける自身とは一体?

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