ストーリー028 ドールマスター
ストーリー028
十九號手記 ドールマスター
~敵を欺くために~
運命の一夜が始まる。自分は引き続き索敵能力を発動している。といっても、ほんの一瞬レーダー探知機のように気を飛ばしているようなイメージだ。以前からいろいろな場面で少しずつ手ごたえを得ていたが、単位時間の能力の消耗は能力を行使する内容によって差はあるが、全て時間との掛け算で総消費量が決まってくる。ということは、能力を使用する時間が短ければ、高度な能力行使でも、ある程度は消耗を抑えることが出来る。引き続き依然として範囲内に敵に動きはない。予定時刻の午前2時、帝国軍は移動を開始した。
上石見から飯森までおおよそ5km、その間は耕作地が広がっているが、まだこの辺りは耕作業務の手が届いておらず、荒れ放題だ。元が田んぼなのか、畑なのかすらわからない。飯森に近づくと起伏も出てきた。3.5km程来たところで見覚えのある光景に出くわす。浅い竹林の根元に小さなお地蔵さんの祠があり、そこで道が分かれている。
まっすぐ進めばそのまま奥出雲街道だ。充分な幅があり、横一列に5~6人が並んでも十分な幅がある。西北西の方角に進み、飯森に入る。左の細い道はせいぜい2人が並んで歩ける程度の幅しかない。さすが名ばかりの参道。ほとんど林道。今になってやっと考えが及んだが、これでは進軍に時間がかかってしまう。自分は少し焦りを感じて、額に嫌な汗をかく。
行列の先頭には自分を含めた本営の面々、それを護衛することも考慮しての第4大隊の鞍馬少佐や、先ほど会議で論戦していた縦巻き金髪ロール、九条大尉などの姿も見える。本来なら、軍団の頭に当たる我々が先頭というのは異常だし、長く伸びた隊列が危険極まりない。だが自分が索敵能力を使用できる間は、伏兵の心配もする必要もなく、安心して進めるだろう。行列の後半が第5大隊、その先頭が我ら第1中隊だが、まだ遠く後方、中央辺りにいる。
帝国軍 行軍の並び
本営 大和大尉(こと自分山田驍)
如月准尉 ほか諜報部
小此木博文中佐
北条大佐
輸送隊 桃瀬大尉および木暮少尉ほか若干名、特命にて同行
第4大隊 鞍馬少佐
第1中隊 九条大尉
第2中隊
・
・
第5中隊
第5大隊 第1中隊 茶屋中尉 小此木真凜軍曹 塚原曹長ほか
米田少佐
第2中隊 高梨大尉
第3中隊 柿崎大尉
第4中隊
第5中隊 栗田大尉
それでも30分もすると我々を先頭に森に入り始めた。不気味に静まり返った夜の森。敵の位置が分かると言っても、それでも不安な気持ちが本能的に発生する。さらに30分、全軍の全てが飯森に入ったであろう時、自分の脳に激震が走った。敵が少数、森の中に入ってくる?その数4人。
しかも、探知をする度に、恐ろしいほど距離が縮まってくる。現時刻で午前4時になる直前だ。敵が哨戒している。自分は北条大佐や叔父さんはじめ、隊列の先頭にいる主要人物たちにこのことを報告した。
「敵はあのヤマネコとかいう能力者達か?」
大佐から質問された。
「森の中で相当な高速で移動しています。おそらく間違いないでしょう。」
「こちらを認識する可能性は?」
鞍馬少佐も話に入ってくる。
「街道の両脇を中心に動いていますから、うまくすれば見過ごされるかもしれません。」
彼女らの弱点は、所詮人間のため、夜目は効かないというところだ。それでも経験豊富な者、武術に長けた者などは勘も鋭く、決して侮れない。じきに朝日も差し込んでくる。ある程度は街道から距離を保って潜んでいるとはいえ、発見されずに済むだろうか?希望的なことを一度言ったものの、自分の眼は心の迷いで視界を彷徨う。
ふと、叔父さんと自分は目が合った。自分は言った。
「試作品を今使うなら、今しかないと思います」
叔父さんは一瞬驚いていて見せたが、やがてワクワクと楽しんでいる感じで言った。
「いいね。存分に『彼女たち』に頑張ってもらわないと。」
いや、もちろん頑張るのは自分なんだけどね。
自分は北条大佐や叔父さん、本営のメンバーに飯森内の詳細な地図を見せ、今いる地点、敵のいる地点、そして試作品を持っていく地点を示して小声で言った。
「今我々がいるこの場所に目が届かないように、敵の目を引き付けます。試作品を使った陽動作戦です。うまくいけば、敵の思い込みを完全に誘発することもできます。」
そう言うと、自分は静かに念を込めた。荷台の一番上に乗っている人間実物大の人形が、多少ぎこちなくはあるが、まるで人間のように上半身を起こして止まった。そして、両腕でぐっと体を前に押し出すと、荷車から自力で飛び降りた。だらんと垂らした両腕に違和感があるが、どちらかというと気になるのは『彼女』のフォルムだった。どうやら叔父さんと制作部はそのあたりのデザインというか、細かい表現がマニアックなのかもしれない。そもそも、この人形の試作品はもともとの衣装や全体的な風貌が非常にへんてこだ。西洋風の鉄兜の下はレオタードのようなぴちっとした紺色の肌着で、真っ赤な襟巻を着ている。忍者らしさを出すために、赤い襟巻をしているのだ。一応忍者、くのいち(?)ということなのだろう。くノ一という事で、棒手裏剣を『彼女たち』は標準装備している。体のラインに女性のような雰囲気を無理やり出しているのだ。なんというか、ぴちっとしたレオタードのような服装で、スタイルがとにかく抜群。豊かな胸。
豊かな胸でスタイル抜群の『試作品』を見た女性隊員達からの白けた目線が突き刺さる。学校でグラビア写真を持っているところを見られてしまったような罪悪感、羞恥。いや、違うんだ。いかにもな女性の体形を形作って、ネコマタの斥候に見せよう、というのが目的なのだ。別に変なお遊び趣味というか、妄想を現実にした訳ではないのだ。というか、そもそも製作に自分は関わってはいない。助けてよ~。叔父さんを見ると、自分と目を合わさないように視線を宙に踊らせている。あ、あんたねぇ。
なぜこのようなデザインになったのだろう?叔父さんの趣味?頭が痛くなる。
さっさと視界から消えてもらおう。ふんっ。自分が念じると、鉄片を随所に組み込んだ人形は、アクション映画の忍者さながらに木の枝に飛び乗ると、枝から枝へ飛び伝いながら夜の闇に消えていった。先ほどまでの変態を見るような痛い視線は感じない。皆の「おー。」という感嘆のどよめきが拡がる。どよめきが森の空気を揺らして、居場所がばれないか心配でしょうがない。自分は更に2体を動かすと、彼らも同様に動かしてみせた。あまり離れてしまっては操ることも出来ないので、自分はまた、鋼鉄製の盾の上に乗ると、『彼女たち』の上空に陣取ることにした。それにしても、上空は風が強く、高所恐怖症でない自分にとっても、かなり恐怖を感じる状況だった。それでもなるべく地上からの距離を稼ぎたかった。月光の明るさも侮れない、自分自身が発見されては元も子もないのだ。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
~仕組まれた遭遇/実況、山田驍~
自分は探知能力をたまに発動しつつ、敵と人形の遭遇地点を考えていた。全部で4人いるヤマネコの斥候たちは、街道の北側を2名、南側を2名で分担しながら東に向かってきているようである。このまま下手をすると、南側を進むどちらかに我らが発見される可能性が出てきた。しかも、南側のうち先行している斥候は動きがとくに活発で移動範囲も広い。これはいよいよ危険だ。そう自分は感じた。先行している彼女(おそらく女性で間違いなかろう)は4人の中でも一番南側を偵察しながら進んできているようだし、きわめて都合が悪い。彼女と帝国陣営の潜んでいる辺りとの距離が近づいてくる。なんと距離としても数百メートルのところまで来ている。自分は彼女に敢えて見つかり易いように、人形を木の上に相当する高度に停止させて待った。人形は木々の枝の上に浮いているのだが、密集した木々の枝の上に忍者らしい佇まいで、しゃがんでいるようにも見えるだろう。
やがて、そのお目当ての彼女は動きが止まった。他のヤマネコ達とは違い、鉈のようなぶっとい山刀を持っている。上石見のときの、あいつか?人形の至近距離であることから、間違いなく今、人形と対峙しているところだろう。にらみ合いが続いている。できる武術家同士のにらみ合いのように、緊迫した時間がそこに感じられる。肉眼ではほとんど見えないので、自分は探知能力をオンにしたまま、何十秒も待った。突如、彼女は動いた。人形に小刀を投げつける。外れた。今度は山刀で切りかかる。危ない!何とか受け太刀が出来た。自分の能力の全能ぶりに驚くのだが、探知能力をオンにしていると相手の武器の動きなども細かく探知できて、まるでスローモーションのように認識できるのだ。
だが油断できない。次の攻撃も来る。うっかりヒットしそうになり、急速で地面に降下させた。敵の目からは人形が落下したように見えたかもしれない。敵も飛び降りてくる。その勢いで上から刺してくる。こわっ。何という凶暴さだ。インチキ水平移動で後方に逃がして一旦止める。よし、このまま追ってこいよ。ここからが本当の本番だ。
とにかく人形を走らせる。逃がす。目論見通り、敵が追い掛けてくる。ネコマタになった奏さんの動きを模倣して、何度も練習したのだ。ぴょんぴょんと軽快に途方もなく長い一歩で飛び進みながら、相手を引き寄せ、突き放す。たまに地面に強く当てすぎたような衝撃が伝わっても来るが、故障には至っていないようだ。時を同じくして、他の2体の人形もそれぞれヤマネコと遭遇したらしく、こちらでも追いかけっこが始まっている。
巧妙にも自分は走る人形で、相手を少しずつ北側に誘い込みながら走らせる。むきになった彼女らは必死でついてきている。斥候と帝国軍の潜んでいる辺りの距離が離れていく。こうして気付くと全ての斥候が森の中をやや北寄りに進んでいき、帝国軍の潜んでいるあたりは完全に見過ごされることになってしまった。
森のはずれから人形が出ていくと、もう敵の斥候はそのあとを追わなかった。自分は人形をそのまま走らせた。奥出雲街道をはるか東へと。これで我ら帝国軍がまだ上石見近辺にいると読み違えてくれると、願ったり叶ったりだ。4人の斥候は1か所に集まっていたが、やがて全員固まるように西の般若山麓へ戻っていった。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
~決戦の時へ~
さすがにかなり消耗した。こうやってはるか上空で潜んでいるのも寿命が縮まりそうであるが、人形の操縦にだいぶ体力を削がれた格好だ。人形の運用にはまだまだ技量が必要そうだ。本営に戻り、木暮少尉に回復術である程度は体力を戻してもらったあとに、自分は主だった面々に今し方の忍者人形の活躍というか、運用のことを説明した。
「つまりはこの忍者人形を帝国側の斥候に見せかけたと。さらに敵の、連邦の斥候と接触させてわざと逃走、上石見に野営する帝国軍に報告に戻ったように偽装したということだな。手の込んだことをする。」
鞍馬少佐がくっくっくと笑う。
「これで、帝国軍はまだこの飯森に達していないと、相手の思い込みを誘発することが出来れば完璧です。」
「本当に芸が細かいな。」
そう言って叔父さんこと小此木中佐も笑った。
「いえいえ。小此木中佐が敵の性質を教えてくれたので、それも参考になりました。彼らは斥候同士が遭遇した場合、基本口封じのために相手を殺そうとしますから。」
「そこまでしっかりお膳立てをしてくれたのならば、あとは我々の実力で戦うのみであろう。」
北条大佐も満足そうに髭を扱き、周りの人々にもその気迫が感染した。
「では、全軍に森に入り、前進、街道脇に待機するように指示を出します。同時に、布陣も今の並びから少し変えておいた方が戦闘に有利でしょう。」
鞍馬少佐の采配を起点に、皆が動き始める。自分たちが入り込んだ辺りの森林は里山の一部であり、下草も整えられ、人間が歩くには苦にならない環境だった。それも既に知り及んでいたことだ。
夜が明けはじめ、視界が少しだけ開けてくる。決戦の時が迫ろうとしていた。




