ストーリー027 決戦に向けて
ストーリー027
十八號手記 決戦に向けて
~最後の晩餐のごとくに~
横手から出た連邦軍4000人が般若山麓に野営を開始するのとほぼ同時刻、自分たち帝国軍は上石見周辺の諸部隊と合流した。
飯森を挟んで反対側、上石見に新見残留組の2大隊全軍が集結した。我が中隊自体も第3小隊と合流し、これで中隊の全員が揃った格好だ。周囲はとっぷり日が暮れ、空腹感が生きとし生ける兵たちの共通感覚になっていた。夕食の支度は上石見にいた部隊や、先行した給仕兵らによって既に準備が整っていた。これが当面ではゆっくり食べられる最後の食事となろう。
ありがたさに両手を合わせ、深々と頭を垂れて言う。
「いただきます。」
啜り上げる味噌汁が途轍もなく旨い。
「うまい!」
と声を上げてしまった。同様の感想は隊内のあちこちから聞こえてくる。横に座った真凜軍曹がそれを見て満足そうに微笑んでいる。彼女はスナイパーでもあり、我が部隊の給仕係のひとりでもあるのだ。素晴らしい。これは?何の出汁だ?かき回すと、底の方にチャリチャリと音がする。これは、蜆?
「しじみと白菜、こんにゃくの味噌汁とは、なかなかにセンスがあるよね。最高だよ。」
そう自分が絶賛して褒めると、彼女は箸を置いて小さく右手でガッツポーズした。
「でしょ?でしょ?青海も蜆の名産地だから、このレシピは頭にあったんですよ。」
青海は『かなた』の日本で言えば松江あたり。やっぱり同じような物が採れるのか。豊かな自然にはぐくまれた彼女の故郷を夢想する。美味しい夕食に舌鼓を打ちつつ、ほのぼのした、人間味ある時間が流れる。大根の煮物や漬物を当てに、雑穀米をもりもりと食べてしまった。ほぼ上石見の地産地消である。ごちそうさまでした。
満腹の安堵感で、すぐに仮眠につく者もいるようだ。夜半から何があるか分からない。今のうちに休み、充電しておくのだ。そして、一緒に頑張ろう。対して自分は、これから会議もあり、そのあとも重要な仕事が続きそうだ。その分、ここまでの移動では「試作品」を積んだ荷馬車でお昼寝させてもらっているので、既に充電完了しているともいえる。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
~その道の名は般若参道~
本営を訪れると、主だった士官たちがもう揃っていた。
「大和大尉、ご苦労。」
いきなり第4大隊の隊長、鞍馬少佐に声をかけられて、のんびり気分が吹っ飛んだ。普段のんびりした米田少佐や叔父さんこと小此木中佐もいつになく真剣な表情だ。皆の視線が自分に集中しているのを感じる。自分は切り出した。
「お待たせしました。本戦は私が能力開発部のご協力で編み出した能力をうまく活用できるか?それも勝敗を分けるカギの一つになってきます。」
叔父さんが頷いている。米田少佐が尋ねる。
「具体的にはどういった能力を編み出しているのか、活用しようとしているのか、皆に説明してもらってもいいかな?」
「はい。まずは索敵能力です。私は鉄器を携行した敵の集団を探知することが可能です。見通しの悪い森の中での戦闘ですので、敵の位置の特定は確実に有利に働くことでしょう。」
「有利どころの騒ぎではないぞ。敵を回避してみたり、使いどころがいくらでもあるだろう。」
鞍馬少尉が話に食らいつく勢いで身を乗り出した。
「ただし、距離的な制約もあります。現状数km程度までは範囲を広げることが可能ですが、遠くなれば精度も下がります。」
それでも、「お~。すごいな~」そんな反応が当然ながら帰ってくる。もちろん、かなりの時間をかけて研鑽した能力だ。だからこそ自分を信じたい。
ちなみに、叔父さんからは、これは本来の「鉄塊を浮遊させる程度の能力」とは異なり、「鉄の濃集を感知する程度の能力」という第2の能力ではないかと位置付けられている。実際に使用している自分としては浮遊させる能力の土台のような気もするけれど。
「実際に現時点で言えば、敵が飯森に達しているのか、いないのか、距離的制約で分かりません。ですので、索敵をしつつ相手との距離を詰めていくしかないのですが。」
「報告いたします。先ほど、19時前後の段階では、敵軍が般若山麓で野営を開始しているところが目撃されております。念のため飯森の中も哨戒しましたが、その際には我々は敵に遭遇しませんでした。」
奏さんだった。本隊が食事、休息している間も敵陣近くへ迫り、危険な任務を成し遂げたのだ。皆も感心している。
「今回はこの索敵能力を中心に大和君には活躍してもらうつもりですから、彼には本営にいてもらった方がいいでしょうかね?」
米田少佐が北条大佐に意見を求めた。
「そうだな。大和大尉は中隊長の役を誰かに委任して、本営で索敵に専念するように。」
大佐も迷わず自分に指示した。自分は茶屋中尉に中隊の統率を任せて、隊を離れることになった。
「それで、おおまかな作戦は2通り考えられる。ひとつは、このまま一気に森を渡り、敵に夜襲を仕掛ける作戦。もうひとつ、索敵の能力を活用しつつ、森の中などで待ち伏せする作戦。」
そう言って、米田少佐は皆の反応を見た。
「今まで強行軍で来たにもかかわらず、野営をして未だ森に入って来ないということは、敵は相当に疲れていると私は考えます。森を極度に警戒してもいるので、森林地帯での会戦はこちらに有利とも言えません。なので速攻、夜襲を提案します。大和大尉の能力で敵の布陣も正確に把握することも可能です。」
提案したのは桃瀬大尉だった。確かに、と一部それに賛同する姿勢もあるが、反論も出る。
「敵は今とても慎重になり、十分に迎撃態勢を取っている可能性も考えます。また、森を移動中に『敵の』索敵にかかれば、夜襲が空振りに終わることでしょう。」
反論したのは鞍馬少佐の部下に当たる第4大隊所属の九条恵梨香大尉だった。縦巻きロールの金髪を少し掻き上げた。深窓の令嬢のようにも見える出で立ちだが、彼女も勇猛なドウジとして名の通った存在だ。意志の強い空色の瞳が桃瀬大尉を見据えた。
どちらかというと、その意見に染まって慎重に考える人間が多数派になったようだった。ネックとなっているのは敵の斥候の能力の高さにある。高梨大尉も近くの席で隣の士官に話しかけている。
「敵もネコマタと同類のヤマネコという能力者を斥候として備えており、しっかり哨戒してくる可能性がある。忍び寄るつもりがバレバレじゃ、夜襲の意味もないからなぁ。」
「桃瀬大尉の意見も尤もだ。ただ、敵のヤマネコの斥候などによって露見する危険性も十分にあると。」
鞍馬少佐が桃瀬大尉に気を遣いつつ、補足する形でまとめた。
自分は話に再度加わった。
「それではどちらにも柔軟に対応できるよう、夜半から進軍開始してはどうでしょう?このあたりの地形にはある程度精通しています。」
「話を聞こう。」
鞍馬少佐が全体を代表して興味を示した。
そう。自分は3月の末、真凜さんと櫛名田ダムから帰還する際に飯森を経由した。だが、奥出雲街道に入ったのは上石見の手前だったはずだ。般若山の脇から飯森を抜けるもう一つのルート。
「般若山の東にある秘湯へ通ずる般若参道という道です。こちら上石見を出発して奥出雲街道を進めば、飯森に達する前に南、つまり左側に分かれ道が出現します。奥出雲街道から枝分かれしたこの般若参道は、しばらくは街道と並走して西に走っていますから・・・こちらの道を使えば、敵の哨戒をかいくぐれる公算もあります。」
自分は地図を広げて解説した。
「般若参道か。なるほどな。」
柿崎大尉なども知っているのか、顎を撫でて頷く。
「俺も退却時にそっちを通ったな。」
そんな声も他から聞こえてくる。
「参道とは名ばかりの忘れられた道、ただの林道ですが、行軍にも十分活用できるはずです。」
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
~死亡フラグを気にしていたが~
皆の納得を得て、会議が終了するころには夜も更けてきた。こうなれば、しっかり休息したのちに再出発する勢いとなった。自分はたまに索敵能力を稼働させながら、今の時間帯の警備の隊員を鼓舞したりして過ごしている。先ほどの段階では飯森内に敵の存在は見当たらないようだったが、今はどうだろう。日付が変わるまであと何時間か残っている。
皆が思い思いに休んでいる陣中を歩いてくる人影がある。真凜さんだった。
「どうしたの?休まないの?」
付近には誰もいないが、自分は声を落として言った。
「どうしても落ちつかなくて。そうだ。写真どうだった?」
この時になってようやく自分も写真のことを思い出した。本当に先程の会議でも緊張したし、それどころではなかった。懐に手をやると、茶封筒に入った二人の写真が出てきた。
「いい笑顔で綺麗に撮れているよ。『かなた』っぽくていいじゃないか。」
彼女に写真を見せる。女性が椅子に着座、男性が起立という伝統的なスタイルと思いきや、右手で横向きのピースサインを作って目尻に当て、にっと笑う真凜さんは、左横に立つ自分の方へ体を傾けている。椅子の背に片手を乗せ、背をかがめた形の、ただらしない姿勢の自分もまた左手で横向きのピースサインをして満面の笑みだ。二人の顔と顔も近い。
「ふふっ。笑っちゃう。」
そう言いつつ、目じりに生じた一滴のアクアマリンを指で拭った。しばらくの間、彼女は愛おしそうに写真を眺めていたが、元の笑顔に戻ると、「貰っていい?」と聞いてきた。流石にもう死亡フラグでもない気もしてきたが、少し考えた。
「でもやっぱり、これは無事に帰ってきた時のご褒美にしないか。」
「う~。まだ『死亡フラグ』に拘っている。『おかるた~』のタケル君。」
胡乱な目で真凜さんが見てくる。
「いや。もう流石に死亡フラグじゃない気もしてきたけれど・・・願掛けとして。そう。願掛けだよ!」
「一緒じゃない!本当に不思議でしょうがないんだけれど、タケル君って科学の国から来たんだよね?」
「ああ、そうだよ。ここは科学力で言えば、僕の世界の200年ぐらい前の感じだね。」
「その科学の知識で、迷信やジンクスなんかに負けないようにするんじゃないの?」
「うっ。まぁ、本来そうあるべきなんだけどな。」
彼女の言う事は真理をついている。ぐいぐい迫られて、若干タジタジである。彼女はしばらく膨れたポーズを続けていたが、やがて可笑しくなったのか、ふっと笑うと言った。
「分かったわ。絶対に生還してご褒美頂くから。じゃあね。」
手を振って去っていった。自分を含めた多くの人間にとって、運命の一夜が始まろうとしている。
「さてと。」
ひとりごちた自分は本営を覗きに行った。偵察から戻ってきた奏さんはぐっすり寝袋で寝ている。お休みなさい。ゆっくり休んで、少しでも気力回復を図って、決戦に活用してください。これからの時間帯は自分が哨戒任務に当たろう。夜間の暗い森で、夜目が効かない奏さんが哨戒しても実はあまり効率的ではないのだ。自分のような、「鉄の濃集を感知する能力」でもあれば別なのだが。自分は自陣に戻ると盾を一つ選んで、その上に乗ると、宙に浮遊した。そのまま飯森を目指す。黒々とした森を数十m程眼下に見つつ、虚空を真西へと飛んでいく。森の中には鉄の武器を携帯した人間は誰一人として存在しないようだ。
やがて飯森の外れ、般若山麓に近づく。般若山から立ち上る噴気が昇り始めた下弦の月の光を浴びて白くたなびいて見える。その北側の山麓は薄野原だ。その野原の中央に陣取るように連邦軍の野営陣地が見える。しっかりと焚かれた篝火。その周囲を警戒して回る夜警の兵達の存在も確認できる。連邦軍は夜間の間は一切森に入る気がない様子だ。相手の考えも分からないではない。ただ、その恐れこそが命取りであるのだ。この時仮に、夜間に彼らが進軍していたら、全く別の結末もあったかも知れない。だが、それがないことも叔父さんこと小此木中佐は見越していたようだ。
やはりすごいや。あの人は。
敵の状態を確認した自分は一路、自陣に引き返した。敵に先んずるために、我々はすぐにでも行動に移らなければならない。冷たい夜風がちょうどよく、自分の心を引き締めてくれているように感じた。




