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ストーリー026 飯森での哨戒

強行軍で進軍してきた項道栄こう・どうえい率いる一群は見通しの良い般若山麓に野営した。と同時に、前方に拡がる深い森、飯森いいもりに斥候を放つ。そこには想定外のことが待っていた。

敵方資料その5


連邦軍記録 飯森での哨戒 


~飯森を哨戒せよ~


 正暦1800年5月2日の夕刻から5月3日の朝にかけてのことと記録されている。連邦軍の第7旅団の一群、4000人を預かる項道栄こう・どうえい大佐は般若山麓に野営した。高速での進軍のため、兵たちはへとへとに疲れ切っており、休息したうえで、明日の決戦に構える次第だ。ここまでの行軍が強引で、少なからず不満が出ている。


 野営地に定めた般若山麓は温泉地のように時折硫黄の香りが鼻を衝く。瘴気とも言ってよい生体への影響具合も気になるのだが、そのせいだろうか、木々に恵まれた日本の山野にしては荒涼としており、見通しは悪くない。周囲は主に去年の薄が広がっている。この場所ならば、見張りがサボらなければ、夜襲にしっかりと対応できる。かがり火も十分に焚き、襲ってくる気があるのならば、待ち構えるのみである。


 目の前、東の方角には黒々と「飯森」と呼ばれる不気味な森が広がっている。ここにかつて侍とか武士とか呼ばれた野蛮な帝国兵が潜んでいると厄介だ。一般の兵士では奴らの餌食になる危険性が十分にある。もっとも、彼らの行動がよほど早くもない限り、ここまで行軍してこられるはずはないのだが、念には念をで斥候に哨戒させることにする。


 未明に、4人の「ヤマネコ」の女性兵からなる斥候を森に放った。彼女たちは猫の獣人に変身できる能力者で、連邦では「ヤマネコ」、帝国では「ネコマタ」と別の呼び名で呼ばれているが、同じ能力者だ。彼女らに帝国軍の大規模~中規模の部隊が森に潜んでいないかを確認させるのだ。すいすいと木々の間を飛び回りながら、森林内に帝国兵が潜んでいないかしらみつぶしにしていく。以前果樹園として使用されていたエリアなどもあり、開けた場所もあるが、基本的には鬱蒼と木々が茂っている。


森の半ばあたりを既に過ぎたことだろう。各々の斥候達の緊張感も今までよりワンランクアップした格好だ。ここから先は帝国軍が到着している可能性が十分に考えられる。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


~斥候同士の遭遇~


 4人のうちの一人、丁小虎てい・しょうこは最も先行して森のかなり奥まで来てしまった。派手なメイプルカラーの髪と翡翠色の瞳。かわいいアイドルか何かのような外見からは想像できない武闘派。彼女はまた、他の3人の斥候よりも移動的なスピードで勝っているので、ついつい先行してしまったようだ。


 そこでなんと敵の、帝国の斥候と思しき者と遭遇した。相手もこの飯森の中を哨戒していたのだと知る。そうすると、敵の本隊はまだ、森に入る前なのだろう。


 それにしても奇妙な出で立ちだった。頭部をすっぽり覆うような鉄製の兜、首には長くて赤いスカーフを巻いている。何か隠し持っているようにも見える。手足はぴっちりとした濃紺のボディスーツのようなものでおおわれており、肌が一切露出していない。伝え聞く倭国の忍者とは、このような出で立ちなのだろうか?体系から女性には違いないので、忍者の中でもとくにくノ一という奴だろうか?武術の達人なのかも知れない。両手をただ組み合わせているだけで、構えなのか、命乞いをしているのかさえ分からない。実に不気味な存在感を放っている。


挿絵(By みてみん)


 丁小虎は手に汗握ってこの不気味な敵の斥候と向き合った。正直なところ、今まで戦闘においては、他の斥候などよりもはるかに優れていると自信をもっていた。


 抜群の戦闘における技量。


 変身している状態ならば、おそらく「能力」を持たない一般の人間などほぼ相手にならない。能力者相手にも常に互角以上に戦ってきた。それが、先日、上石見かみいわみに偵察、潜入した際に、大したこともなさそうな優男にがっつりやられかけた。手品のように小型のナイフを操る帝国兵だった。あれはいったいどんな能力なのだろう?想像がつかなかった。その時と同じ恐怖がなぜか再現されている。


「落ち着け、落ち着くんだ」

丁小虎は自分自身に言い聞かせた。相手を見て、感じ取るんだ。


 ところが、その相手からは気配が一切感じられない。呼吸も鼓動も、動きそのものが、そのものから発せられていない。そして奇妙なことに気付いた。細い枝のその先に、決して軽くはないであろう、その肢体を乗せている。物理的にありえないことだと、丁小虎は経験的、感覚的に感じた。


 置物?と一瞬考えて頭を振った。目の前の敵はこちらを伺うように観察している。何故かそのように(意思を?)感じられはするのだ。今やるべきことは哨戒だ。とはいっても、こいつを見過ごすわけにもいかない。いつまでもこうしてはいられない。小虎は焦ってきた。


 奴はどう動く?だが呼吸すら読めないのに、相手のタイミングを計れない。武芸を習得している自分の、むしろ弱点だと悟る。ならば・・・


シュッ。


 左袖のうちに仕込んだ短剣を右手の二指でつかみ、刹那の所作で放つ。だが、柄にもなく、ガチガチに緊張していた為か、やや目標をそれる。か~ん。間抜けな音。彼の者の左わき腹を掠って、背後の木の幹に短剣が突き刺さる。


驚いた。敵は微動だにしない。


まだ明けかけた暗い空の下、どのように掠ったかは分からない。だが、今の一撃に何の恐怖も感じず飄々としているというのか。何も反応しない相手の様子が、こちらとしてはとてつもなく恐ろしい。もはや自分を無理やりにでも鼓舞するしかない。


「舐めやがって、こんにゃろ~!!!」


 木の枝から枝へ、目にもとまらぬ速さで、メイプルカラーの突風が忍者?を襲う。腰に備えた刃渡り50cmほどの山刀を逆手でさやから抜き放ち、右手で真横から切りつける。


 キイイン。


 敵も逆手で、小刀?を抜き放ち、小虎の山刀と十字の形で受け太刀した。それは、上石見でやられたときの「あの武器」だった。長細い、投げナイフのひとつのだろうか。こちらが投げた短剣よりも長さは長く、細く、シンプル。細い剣をぶれずに握りしめている。一体細身に見える左手の握力はどれだけあるのだろう?どれだけあれば、そのような芸当ができる?それに・・・


「何でそれを持っている?」


聞いたところで、相手は何もしゃべらない。驚きとトラウマもあり、力が抜ける。体勢をやや崩して、次の動作に移るまでの動きも鈍る。なんとか体勢を取り直し、受けられた刃から離した山刀を今度は下から切り上げる。


ぶわっ。


牽制にしかならなかったが・・・斬撃を避けると同時に、相手が木の枝から転落した。


「あはは。だっさ。こんな奴見たことない。」


笑った彼女は、ようやく恐怖を克服したようだ。


「おらおら~。いくよぉ~。」


無様にしりもちをついて、地べたに仰向けになっているマフラー忍者に直上から襲い掛かる。


 ぐさっ


と刃をつきおろして、はっとした。地面を突き刺している。この私が?!と驚愕する。すでにその場から5mほども離れた場所に得体の知れない忍者はひょろひょろと立って先ほどと同じように構えている。打って来いよ。そう誘っているのがありありと分かる。まるで虚仮にされているかのようだ。羞恥と怒りで火照った頬。そこから放たれる射殺すような眼光。


「しゃ~~~っ!!」


 獰猛な肉食獣の速度で襲い掛かる。が、それ以上の速度で忍者が飛び去る。まるでふわっと宙に浮いたようだった。長いスカーフがまっすぐ後方に伸びる。それだけでも相当な速度で飛翔していることが想定された。


 普段のノーマルな人間とヤマネコを行き来する丁小虎にとっては、移動速度やパーツの動きなど人間の動きを細かく分析する習性が自然と備わっている。おかしい。ゆうに15mは1回で跳躍している。相手もヤマネコ?しかも次第に離されていっている。速いっ!!地面を低く、途方もなく長い一歩で飛び進みながら、敵はどんどん速度を上げていく。風圧に目を細めながら必死で小虎は追尾するが、敵を視界に収めるのがやっとだ。日が昇り始める。と同時に森の端が見えてきた。哨戒はここまでと命令されている。森の端の最後の木の枝の上から、小虎は牧草地をぴょんぴょんと跳躍しながら遠ざかっていく忍者を悔しい気持ちで眺めた。


 その時だ、ほかのヤマネコに追われる形で、先ほどの忍者と同じ風貌の忍者が2体、それぞれ別々の位置から牧草地に飛び出した。そして、やはりぴょんぴょん、やがて奥出雲街道と並行するように、どこまでもぴょんぴょん飛んでいく。500m、1kmと、どんどん遠ざかって、やがて朝もやの中に消えていった。


敗北感でいっぱいだった。奴が(奴らが)仮に連邦軍にいたのであれば、自分が斥候のNo1でないのは明らかだ。気付くとほかの斥候たちも、同じように去っていく忍者を見送って凹んでいた。


うち一人が近づいてきて言う。

「あれさぁ。何者なの?全然追いつけなかったんだけど。もうへとへとよ。」


「そうねぇ。でも敵の本隊はいなかった訳だし、帰ろうか。」


 少し気が抜けた感じで、丁小虎はその斥候に応えた。森を哨戒せよとの命令だったのだし、これ以上の深追いは禁物だろう。任務は完了したので戻るしかない。ほかの3人は忍者が見えなくなると言葉少なく、森に戻っていく。


「畜生。ありえない!」


悔しまぎれの一言を放ち、枯れ枝を踏みつけて折ると、小虎も森の中へと戻っていった。森の中をぴょんぴょん飛び進みながら、気は重かった。敵の斥候との交戦。正体も確認できず、逃げられてしまった。上石見に続く二度目の敗北を喫したような気がしてならない。さらにそれを上役に報告するのは気が引けるなぁ。

飯森の中で、ヤマネコの斥候達は、帝国軍の謎の斥候に翻弄される。異様な出で立ち、ヤマネコ達ですら追いつけないほどの速度を持った奴らは、最終的には戦わずして上石見方面へと逃げ去って行った。飯森に帝国軍がいないことを確認したとして、彼女たちは報告に戻る。

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