ストーリー025 無視された懸念
馬季常大尉は新見への進軍途中、様々なことを思い出していた。その中でどうしても、山田一郎にそっくりなあの人物の事が気になっていた。
敵方資料その4
馬会長の回想録などより 「無視された懸念」
およそ1か月と少し前に、一旦時間は遡る。大和一郎そっくりの人物を取り逃がし、複雑な気持ちもありつつ横田の拠点に戻った馬季常は上官たちにそのことを報告した。横田の拠点に戻った翌日のことだ。
報告の場には第7旅団の長、劉勝准将、上長である第10大隊の長、楊許昌中佐、その2名のほかに影の薄い大佐、項道栄もいた。地球連邦軍の最大単位は旅団、約10000人を准将が束ねる。その下の単位の大隊、約1000人を中佐、少佐が率いる。准将と中佐の間の階級の大佐はというと、副旅団長のような立場になる。普段何をしているのだろう?そんな閑職だ。
劉勝は大柄で恰幅の良い体をしており、脂ぎった7/3分けをハンカチでせわしなく拭いている。まだ肌寒いといえるような気候の元だが、彼の体では活発な発熱活動が起こっているに違いない。対する楊許昌も大柄だが、意味合いが違う。上背があり、鍛え上げられた肉体は鋼の筋肉で覆われている。浅黒い肌と彫りの深い顔をしている。大佐、項道栄は、鼠のような貧相な細面と細長い髭が印象的な外見だった。まだ40代であるはずだが、しわがれて老人ぽくもある。三者三様の壮年の上官たちが思い思いの態度で話を聞いている。
馬季常は、事のあらましを伝えた。上長の揚許昌は話を聞く側でもあったが、馬季常を擁護してくれた。他の中隊の行動が遅く、彼の部隊が孤立したという状況でもあったと。大和一郎の小隊(の残党)と李徴の小隊が激突し、李徴の小隊が全滅した事も、李徴の単独行動だと申し添えてくれた。それで、馬季常はさほどあとの二人、旅団長と副旅団長?に責められはしなかった。大和一郎の亡骸・墓を発見しており、その討伐には成功していることも功績としてアピールできることではあった。
その後、大和一郎そっくりの人物が突然現れて、さらなる被害を生じ、さらには取り逃がしてしまっているので、嫌なことではあるが、率直に報告しておこう。櫛名田ダムで起こったことについてもしっかり報告した。
だが、話を聞き終えた旅団長、劉勝はとても面倒くさそうな顔をしてこちらを見た。
「随分手こずりやがって。まぁ、大和一郎が死んだならそれでいいか。」
そういって太った腹を撫でた。分厚いたらこ唇がほんのわずかだが、捩じ上げられる。細かいところにこだわるでもなく、話はそこで終わりそうになった。劉勝の顔色を窺い、代わりに項道栄が口を開く。
「まぁ、ダムでの一件は采配ミスとして、反省しておればよい。」
項道栄の言葉を聞きながら、劉勝も満足そうに無言で頷く。
「ちょっと待ってください。その、そっくりな人物も戦闘能力は侮れないものがありました。」
劉勝は興味なさそうであるが、重要なことだと感じたので食い下がる。馬季常は生真面目なところがある。
「なんだ。まだ続くのか。で、その、君の言うそっくりさんはどんな感じなの?」
劉勝が若干怒気を含ませて言う。それでも一応聞いてくれるようだ。
「自在に金属片を飛ばす能力があります。そして、その能力のために必要なのか、金属のありかなども探知していたように感じました。」
「金属片を飛ばすとやらはいいとしよう。そんな奴は歴史上何人もいたと伝えられているからなぁ。探知がどうとか、何を根拠にそんなことを?」
「背後から闇討ちを仕掛けた兵が、いとも簡単に見破られました。」
「ふん。達人ならばみなその領域だというじゃねえか?違うか、楊よ?」
もはや運動能力が地に落ちてしまったであろう劉勝は、実のところ武力に抜きんでてた楊許昌のことを内心嫉妬して、嫌っているに違いない。
「さようでございますな。気配を見抜かれたのやもしれません。」
仕方なく楊も応じているようだ。
「まぁ、飛び道具の少ない奴らにとっては少しおまけがついて、ちょうど良かったでしょうや。役立たずの古めかしい弓がせいぜい奴らの得意技ですからな。」
項道栄が話に加わって帝国をディスった。
「項、いい。そうそう。奴らなど今の世界から200年も遅れた蛮族だからな。」
かっかっかと劉勝は腹の贅肉をゆすって笑った。項道栄も大声を出して笑い、楊許昌も馬季常も愛想で笑うしかなかった。折角危険を察知したにも関わらず、いち中隊長の懸念で終わってしまった。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
「まぁ、左遷とか言い出さなかっただけいいじゃないか。」
報告後、馬季常と並んで廊下を歩きながら楊許昌が言った。先ほどの会議室からは劉&項の馬鹿げた世間話と笑い声が廊下まで漏れてきている。正直なところ、様々な問題を抱えた組織の中で、楊許昌は数少ない尊敬できる人物、まさしく理想の上官だった。ただひとつ、生真面目な性格として指摘したいのは、彼が通名を使っていることだ。彼は西方の民族の出身で、本名は他にある。楊許昌という名前は漢人の文化になじみやすいように、考えて作った名前だということだ。
「旅団長と補佐殿はあの者の能力を甘く見ています。」
馬季常は劉勝と項道栄を面と向かって批判した。
「確実な証拠がない限りは、仮説として留めるしかないのだろうさ。」
少し考えてから、楊許昌は言う。彫りの深い横顔を少し寂し気に歪めた。それ以上余計なことを言うのを躊躇われる。
尊敬する上官でありながら、彼のことをそこまで知っているわけではない。数少ない情報を元に辿るならば、許昌は彼が若かりし頃に下宿した都市の名前に過ぎない。彼は軍隊で功績をあげて、いずれは自分の故郷に帰り、そして自分の「国」?の政治家になるのが夢だと語ってくれた。いつだったか、めずらしく陣中で彼と酒を交わした時のことだ。馬季常も、自分の身の上を彼に語った。有力な商家の4男でありながら、実家から煙たがれ、こうして軍に身をやつしていることを。弟の5男、幼常も同じ道を選び、今こうして同じ部隊に身を置いていることなどなど。
それを憐れむでもなく、彼は前向きにこう言った。
「軍に身を置いたのはある意味正解だな。軍隊ほど物が活発に動き、消費されるところはない。ここで物の流れを見定めることだな。それが将来、商人としての君の土台を作ってくれることだろう。」
馬季常は雷に打たれたような気がした。それが、何とか今に繋がっている。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
行軍の途中、様々な考え事が過ぎてしまう。こんな時は得てしてろくなことがない。
連邦軍第7旅団、第7~10各大隊は横手を出発し、新見を目指す行軍のさなかにある。目的は新見にいる少数部隊のせん滅、もしくは、彼らを追い払い、後ろから天王原の帝国軍を挟撃することにある。1日で30kmを超える強行軍。本来なら電撃戦を目標としているにしてもやりすぎだと意見したい。とはいえ、先の作戦で大和と大和にそっくりな人物の追跡によって多大な被害を出し、旅団内でも肩身の狭い馬季常にはとても何かを意見できる立場ではない。
いくつかの大隊を束ねて臨時の軍団長となるのが、大佐殿の数少ない見せ場だ。今回の新見攻略戦の軍団長は、あの項道栄だ。本日の彼は気合が入っている。普段、自らが無駄に人件費を浪費している存在であることは認識しているのだろう。
楊許昌率いる第10大隊は、4つ並んで進む大隊の最後尾を進む。側面に敵の伏兵などが居ないかなども充分に注意しながら進む必要がある。背後を絶たれると、壊滅しかねないからだ。それにしても進軍速度が速いので、後れを取らないように現在必死で追随している。その第10大隊の一部、馬季常の中隊は、不甲斐なくもその数を減らし、今や140人余しかいない。最後尾にされたのは、損害の状況も考慮されているのかもしれない。安全である反面、軍功を上げて、挽回するチャンスも遠のいてしまっているのだ。
真夜中、完全に日付も変わったころ、軍団長の項道栄から日の出まで般若山麓で休息をとる旨の伝達が来た。ほんの少しだが、兵士たちはほっとした。もう総員へとへの状態で、これから戦争などできる体力など残っているはずがない。各員はその場に適当にねぐらを探すと、あっという間に深い眠りについた。劉勝同様に、もしくはそれ以上に小心者の項道栄は目の前の「飯森」という深い森に斥候を放った。森に敵が潜んでいたら大変だというのだ。慎重なのは結構なことだ。
選ばれしその斥候は、どのような報告を持ち帰るだろうか。朝日が昇るまで、休息と安全策のために進軍は中断された。それが吉と出るか、凶と出るかはこの時点ではまだ誰も分からない。
馬季常の懸念について、上官たちは取り合わなかった。その上官の一人である項道栄率いる軍団は般若山麓で休息を取る。その中に組み込まれている馬季常の部隊だが、最後尾に配置されてしまう。




