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ストーリー023 死亡フラグ

新見に残された第4、第5大隊。それに属する山田驍と小此木真凜は初デートを愉しんでいた。ほのぼのと活気のある日常。だが彼らは戦争の真実に直面し、打ちのめされることとなる。

十六號手記 死亡フラグ


~久しぶりの二人~


 第1~第3大隊までは真庭に援軍に向かうため、真庭に発った。今日はいい天気だ。総勢3000人もの隊員が行軍する様はとてつもなく壮観だった。進軍とはこういうものなのだ、と改めて思い知った。女も男も馬たちも、それに引かれる重たい荷馬車も規律正しく進んでいく。軍楽隊の吹奏楽団が勇ましく曲を奏でつつ進んでいく。和風の繊細なメロディーがむしろ、丹田たんでんに熱いものを注ぎ込む気がする。「色は~匂えど~♪」そんな『かなた』の世界で聞いた曲と同じ旋律のような気もする。


 やがて、第4、第5大隊だけが残された格好になると、「人、少ないな~」と肌で実感した。どこに行っても、心地よく空いている。行列待ちもなさそうだ。ラッキーには違いないが、自分は別の事で気分が高揚してきている。もうすぐ時間だ。

本日の自分は第3小隊に合わせて、基本的には休みを頂いているのだ。


午前10時ちょっと前、待ち合わせの時間まであと少しだ。


ドキドキ。


サクッサクッ。


下草の生えた道を軽やかな足音が近づいてくる。


来た!


振り向く。


「ごめん。待った~?」


少し申し訳なさそうに、はにかみながら彼女が言う。


「いや、全然。」


全力の笑顔で答えてしまった。


やばっ。


 ほんの0.3秒ぐらいで両目が美女のあらゆるところをスキャンして回る。私服姿の真凜さん。白のリボンもあしらわれた、浅葱あさぎ色のワンピース白いサンダル。ショート丈の羽織も空色と白をベースにして統一感がある。いつもの一つ結びの三つ編みはそのままだ。そのままで十分かわいい。


彼女は前髪を少し意識しながら、


「悩んだけど、髪型はいつものままにしたんだ。」

と顔を赤らめた。


「うん、気に入っているから大丈夫だよ。」


そう答えると、こっちまで顔に熱が上がってくるような気がして空を見上げた。だが、それでは足りない。勇気を出せ山田驍やまだ・たける。フルコンボだ。


「ワンピースもとってもお洒落だ。」


よし、これできっちり男を上げたはずだ。


「ありがとう。」


と彼女の反応も頭から湯気が出ていそうなので及第点だろう。ふうっ。深呼吸をしなければ酸欠になりそうだ。


「行こうか。」


・・・


 それほど広大な街でもないし、行くところも限られているが、十分気晴らしにはなるのだ。強くなってきた初夏の日差しを避けて、ひとまず茶屋に入る。入口の白木のプレートに「りんどう」としゃれた平仮名と竜胆りんどうの花が彫刻されている。茶屋というより、ちゃんと洒落たカフェに近い。内装も和洋折衷でいい感じだ。これなら期待できそうだ。


 奥のボックス席に木暮少尉ら女性隊員たちが数名固まって談笑していた。皆そのままの笑顔でこちらに会釈した。こちらも微笑んで軽く手を振りつつ、会釈しつつ、少し離れた席で向かい合った。


「隊長は、ここに来るのは初めてですか?」

メニューを拡げながら、真凜軍曹が聞いてくる。


「ああ。いつも『香川』ばかり行ってるからね。」


「ほんと、饂飩漬けですよね。」

彼女がころころと笑った。自分もつられて笑いつつ、

「でもあそこはカシワの天ぷらやらお握りやら、サイドメニューも豊富なんだ。」


濃厚な『香川』愛を語ると、彼女は更にツボに入った様子だった。目の端に涙を浮かべて笑っている。そんな笑顔を見ていると、本当に幸せを実感する。


「いらっしゃいませ~」とウェイトレスさんが水を持ってくる。『こなた』の正暦を『かなた』の西暦と同じと考えれば、1800年は18世紀最後の年。西から東までどっぷり近世といった時代背景のはずだが、この日本帝国にしても、諸外国にしても、もっと進歩しているように感じる。科学技術こそ西暦の年号と大差ないものの、社会の仕組みや生活水準ははるかに近代的だ。これは間違いなく「能力」によるものだろう。そして、「能力」単体でもなく、「科学」単体でもなく、「能力」と「科学」のハイブリッドで生活が底上げされているためではないかと考えるのだ。


「あ、また難しいこと考えてる~。」


自分の考え事に気づいた真凜さんが小声のため口で自分の腕をつついてくる。


「とりあえずおいしい紅茶でも頂きながら、現在いまを感じましょう。」


 そのあと、自分のアールグレイと彼女のダージリンを交換してテイストしてみたりしながら、いろんな話をした。ここにはほかのお客さん(隊員たち)もいるので、隊長と部下ごっこだ。もう完全に慣れてきた。さすがに最近は真凜さんが秘書みたいにべったり仕事で同行することはなくなった。彼女は分隊長の仕事もあるし、自分ももう一人で事務作業を問題なく進められるようになった。先日のように、農耕作業を一緒にやったりするタイミングはあるが、常にいつも一緒にいる訳でもなくなった。


だからこうして時間を合わせて会えるのはとても貴重なのだ。


・・・


「他の隊員との立ち合い稽古は相変わらず全然なんだけれど(最弱王、驀進中。バックシーン!)、基礎はこないだ塚原師範にお誉め頂いたんだ。踏み込みが良くなったって。」

自分は最近の成果を報告して胸を張った。


「すごいじゃない。勝ち負けよりも基本的な動作の積み重ねが大事よ。」

木暮さんたちが店を出てゆき、近くの席に人はいなくなったので、普段の二人に戻れる。


「うん。『能力開発』のヒントにもなるから、手は抜けないと思ったよ。」


「最近、見に行けてないけれど、どんなことをしているの?」


真凜さんは山田驍やまだ・たけるを助ける会の一味だから、機密でも何でも話して問題ない。今週辺りから、真凜さんは別のことで忙しいらしく、彼女は特訓場には来れていない。

「今は『剣の射出』のほうは一段落して、『試作品』と塚原曹長との対戦が中心になってきているんだ。」


「あの人形の事ね。なんか、忍者みたいだったわよね。」

奇妙な形状を思い出して真凜さんがクスッと笑う。


「『かなた』で夢中になった格闘ゲームや、アニメに出てくる忍者系の強キャラを参考にして動かしているんだ。空中から攻撃を仕掛けたり、アイデア満載で楽しいよ。でも、やり過ぎると塚原曹長がピンチになるし、『なるべく人間っぽい動きにしなさい』って叔父さんからも駄目だしされたよ。だから、最近はかなでさんがモデルかな。」


「へー。剣道の師匠はさせられるし、へんてこな『試作品』とも戦わされているし、塚原曹長は大変ね。」

そんなことを言って、彼女は楽しそうに笑った。

確かにそうだ。でも忙しい日々と急遽現れた強敵のおかげで、塚原の心が吹っ切れてきているのを感じる。


「でもやっぱ、あいつはスゲーよ。あの斬馬刀を軽々振り回して、生身で打ち合っているんだもん。」

仲間として、誇らしく思う。

彼女や奏さんもいたあのナイトショーのことが頭をよぎる。あの時は真剣だったが、ここ最近は真剣の代わりに

模擬刀を使用している。念のために、先ほどあちらであんみつ(?)を食べていた木暮少尉や部下のモリビトの誰かが、怪我人が出た時のためにと常駐しているし。もちろん怪我人、塚原醍醐のためである。人でなし、「能力開発部」。


「1対1でやるものなの?」


「ううん。最近は『試作品』3体と塚原曹長での対戦もやっているんだ。」


「うえっ。結構鬼だね。」

真凜さんは苦いものを口にしたような顔をして舌を出した。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


~それは「今」ではなかった~


 早めのお昼代わりに軽食も摂り、お店を出るころには昼を回っていた。季節は桜の薄紅うすくれないのまぶしかった季節から、みずみずしい新緑と躑躅つつじの季節に移り変わろうとしている。ここはかつて市庁舎だった連隊本部からも近い場所で、かつては公園だったのだろう。木陰のある小径を歩き、木漏れ日の中を抜けながら、二人とも胸いっぱいにマイナスイオンを吸収する。


 周りに誰もいなくなった。


「久々に変身、やってみる?」


 真凜さんに聞いてみた。叔父さんからは、「彼女にもたまに能力を使わせておいた方がいいよ」と助言されていた。それを自分自身への言い訳にしたが、本当は彼女と手を繋ぎたかったのが本心だったのかも知れない。それに気づいているような、気づいていないような。


 いや、勘の鋭い女性たるものが気づかない訳はないだろう。彼女は少し俯いて右手を出した。自分がその手を受け止める。と眩い光が小径に満ちて、久しぶりのタマヒメ様が現れた。


やはりどうしても不思議な感覚だ。そしてとてつもなく美しい。


 制服でタマヒメ化したときは上半身が軍服、主に下半身が人魚のフォルムだったが、今日のワンピース姿と人魚のフォルムの相性は抜群すぎる。本当の本当に人魚姫だ!まともに見つめたら、本当に失明でもしそうだ。どれぐらいボケっとしたか名残惜しく手を放す。と元の彼女に戻った。普通の、唯の人間に戻った~、そう油断してじっと見つめたら、やはり失明しそうだった。慌てて何か別の話題を探そうと周囲をきょろきょろする。


公園の中に割と新しく作られた、ほこらのようなものを見つけた。


「あれ、何だろうね?」

と歩いていこうとすると彼女は一瞬「あっ」と小さく声を上げたが、諦めてついてきた。その場所に来たのは、決して悪いことなどではなかった。だが、今はそのタイミングではなかったと思った。それは慰霊碑だった。先の横田撤退戦で亡くなった者たちがまつられていた場所だった。多くは知らない隊員だったが、そのなかに知っている苗字があった。


 花山ともえ 享年24 階級:中佐


 珍しく本人の写真も添えられていた。あどけなさの残る眼鏡の若い女性がほほ笑んでいた。殉職しての中佐、すなわち生前は大尉。自分の前職、花山大尉はこの人だった。今まで名前と足跡だけ聞いていたので、勝手にバリバリ働く怖そうな女性を思い浮かべていた。のどかな農村で、水車小屋の周りで花を育てる花山大尉の姿が自分の中に蘇った。優しい目線のその先にいるのは、大事な人だろうか?それは唯の恋する女の子に見えた。


 胸が締め付けられた。急に降り出した雨のように、大粒の涙が零れ落ちた。


 むごい。酷過ぎる。


 平和であれば、こんなことは起こりえない。だからといって、今更平和を訴えたところで何になるというのだ!


 覚悟をもって闘い、護り、皆で生きて帰ってくる。このような悲劇の歴史にリベンジするのだ。


 完全な勝利、完全な生還を目指す。そのためにこの能力を捧げよう。静かに目を閉じて手を合わせている真凜さんに倣い、自分も十分な黙とうを捧げた。


・・・


 いつもの街に、晩春の光が満ちている。気落ちしたままにデートを続けたくなくて、公園から逃げ出した。街中に戻ってきている。少なくとも元気に動いている他人を見ている方が今は気が休まる。真凜さんも同じ気持ちのようだ。勤務中の人も非番の人も、いつもより少ないけれど、それでも活気が伝わってくる。自分たち二人は、小物屋や雑貨屋を冷やかし見ながら、他愛もない話をしていた。先ほどの慰霊碑が強烈に心に張り付き、ただ気を紛らしたかっただけかも知れない。


 本来なら、女性の多くはいくらでも時間をかけてショッピングを楽しめるものだと思っている。普段の真凜さんだってそうに違いない。だが今日は当然ながら様子が違う。何を見たところで、目に入っていないようだった。


 結局大した時間も潰せずに隣の店へ。


 そこは、最近神戸こうべから出店してきた新進気鋭のサービス、写真館だった。ちなみに『こなた』の神戸も、『かなた』の神戸と様々な要素が共通している。港町で、舶来物はここからやってくる。我々が好んで飲みまくっている紅茶だけではない。写真機という文明の機械も神戸からやって来た。


 若い隊員たちのなかでは、この写真館で写真を撮ることが大流行している。


 ピンときた。


 うら若き花山大尉もここで写真を撮ったのだ。あの目線を思い出す。きっと彼氏とここを訪れ・・・。


「タケル君、私も写真を撮っておきたい。」


 真凜さんはたまに突拍子もないことを言う。だから飽きないのかもしれないが、この流れで、それだけは拒否したい。


「こういうのを死亡フラグっていうんだよ。」


「しぼうふらぐ?」


 自分は『かなた』の死亡フラグについて教えた。縁起でもない、その行為のことを。

「今回、写真を残して、結局花山大尉は遠い国へ旅立った。それと同じことをすることで、間違いなく、真凜さんの身にも同じことが起こるに違いないよ。」


 そんなオカルトなことを!と『かなた』の文明人の多くも思うかも知れない。それでも、彼女には1ミリもそういうことが起こっては欲しくない。今撮影するのは縁起が悪すぎる。自分は踏ん張った。


「でも私は、万が一のことがあったときに、タケル君には忘れられたくない。」


 いや、だから、今の話を聞いていたのか?と喧嘩になりそうな勢いだったが、彼女の寂しそうな表情を見たら、心がそれに流された。


「じゃあ、一緒に撮ろうよ。そしたらお互い公平でしょうよ。」

結局自分も意味不明なことを言って彼女の要望をのんだ。


 彼女の表情が、雲が流れ去った後の青空のように明るくなった。


 古い洋館を思わせる写真館の中。撮影セットに真凜さんと自分、二人でいる。本日のデートのためにしっかりおめかししてきた二人なので、衣装はそのままで問題ない。自分も爽やかな萌黄のシャツに黒のパンツですっきりと決めているつもりだ。

そして真凜さんは先ほど十二分に説明した通り、さながら夏の女神様だ。女神様は椅子に座り、その横に自分が立つ、オーソドックスなカップルの写真だ。


「はーい。そのまま動かんといて下さいね~。いきまっせ~。ぱしゃっとぉ。」


 バーコード頭の関西人のおやじがシャッターを押す。眩しい光(親父の頭ではない!)に失明しそうだったが、耐えた。表情もにこやかなはずだ。こんな旧式の写真機など問題ない。高度文明人を舐めないでもらいたい。しかしあれだ。これは白黒写真だから、自分のシャツの色も、真凜さんのワンピースの色も全部灰色になっちゃうんだろうな~。


二人の気持ち、それが花咲く笑顔がそこに封入される。自分はこの『こなた』に生きた、紛れもない記録を残すこととなった。

死亡フラグを懸念して、一度は写真撮影を拒否した山田驍。だが、小此木真凜の熱意に押されて、二人で写真撮影に臨む。異世界人、山田驍が生きた記録が間違いなくそこに残された。

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