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ストーリー021 回想:若き塚原醍醐の悩み

山田驍の口から大和一郎の死を知らされて喪失感を抱えていた塚原醍醐。彼は大和一郎との出会いを振り返り、自分の内にあるものの正体に気付かされる。

回想:若き塚原醍醐の悩み


~その敗北~


 彼、大和一郎とは学生時代に一度だけ戦ったことがあった。全国大学選手権、大学の2年次の時のことだ。有名私立大学の選手でかつ、高等学校からすでに有名選手だったこともあり、既に私の名を知らぬ者は剣道界にはいなかった。さらに、実家が古い道場主ということも尾ひれをつけていたように思うが、群を抜いた体格と運動能力で、実力においても他を圧倒していたのは間違いない。


 それは、そんな私が数少ない敗北のひとつを経験した、貴重な戦いだった。帝国大学の同じく2年次の選手であった彼のことを、当時私も周囲の人間も全く知らなかった。しかも個人戦には出ておらず、団体戦のみに出場していた彼は、その大会においても、全く注目されてはいなかった。


 団体戦の2回戦、お勉強だけできる弱小校相手に、先鋒、次鋒とチームメイトが勝ち進む。中堅も勝利をおさめ、わが校の3回戦進出は確定した。副将の信楽しがらきも相手から2本取るストレート勝ちで下し、試合全体の流れとしては、何の盛り上がりもないまま私の番が回ってきた。チームメイトたちは早くも次の対戦相手のことを話し、あれこれ議論を始め、誰も私の出番、対戦になど真剣に注目していなかった。礼儀を持って、着座して見るふりはしているが、誰も本当は見ていない。私の勝利が皆の意識の中では確定していたためでもある。


 勝ちが中堅で確定し、しかもそのあとの副将対決でも実力差がはっきりしていた。その差はチーム力の差というより、個々の選手の差であるかのように皆が錯覚した。当然大将戦においてもその差が厳然と存在しているに違いないと思われた。当代最強の選手であった私と無名の大将、大和一郎にもその、超えることのできない差があると。誰が興味を持とうか。これ以上ない消化試合であると皆が考えていた。


 だが私は油断をしたつもりなどない。


 私はどのような対戦でも、兎を狩る獅子のごとく全力でありたいと考えていた。実際私は全力で戦った。だがそんな私の気迫のこもった一撃を、まるで春風に舞う山桜のごとく、彼は躱してゆく。最初は目の前の対戦と関係ない話で盛り上がっていたチームメイトたちも徐々に試合に目が吸い寄せられ始めた。「剛」の私に対しての「柔」の大和一郎。そんな分かりやすい対立構造もより皆を惹きつけた。まともな1本を取れないまま、時間だけが過ぎていく。


 これはまずくないだろうか?ここ最近では常勝剣士の私だったが、幼い頃には力の遠く及ばない年配者たちに、いとも簡単にボコボコにされた。その頃の私は、瓜坊うりぼうとあだ名されていた。幼いころから体の大きかった私は、自分の体力に任せて、ただ一直線に攻撃を仕掛ける癖があった。それは猪の習性と似ている。瓜坊は猪の子供を指す言葉。私の習性を実に的確に揶揄したあだ名だった。その揶揄を糧に、「今度は負けないように」自己を修正、研鑽してきたのだ。その頃の私の、良くない状況が蘇りつつあるように思えた。


 私は一旦落ち着いて相手を見た。あの頃と違い、敵は自分の同世代人だ。背丈だけで見れば、標準的な大和一郎は私より一回りも二回りも小さく見える。なのに、なぜだろう?底知れぬ恐怖感を胸に今彼と対峙している。


「残り30秒」


 審判から声がかかり、試合終了の時間が迫っていることを知る。小虫の飛ぶ、ぷぉ~~んという音が、静まり返った空間のなかで唯一、時間は止まっていないことを証明していた。珍しく額の汗が鬱陶しく感じた。


 刹那、大和が視界から消えた。


 左だ。体の向きをわずかに変え死角の範囲を変える。いた。捉えた。


 鋭い大和の小手が迫る。「カテァ~」バシッ。弾いて巻く。と同時に私が面へ。「面ッ!」ガシッ。弾かれる。


そのまま清流が流れるように大和が右へ。


「胴ぅお~!!」「面んん~!」


 強烈な真空波が扇状の軌跡を残して互いに放たれる。右方向やや低い軌道で、大和一郎の逆胴ぎゃくどうが放たれ、やや左の真上から再び私の面が叩き落される。


 パン!、パ~ン!


 強烈な2発の打撃音と発生する余波。


 床の上を切り裂くように飛ぶその余波が、座っていたうちのチームメイトや

相手選手たちの道着をはためかせた。


 あまりの一瞬に審判ですら固まって、止めてはならないその手を止めた。


「両者1本!!」


「うぉぉおぉぉ~~」


 地響きのような群衆の声が道場を揺るがせた。残り1秒。勝敗は決した。いや決せず、引き分けとなった。


 まさに伝説の対戦となった。


 後輩たちは媚びながら「さすが塚原先輩ですよ。でも奴は逃げ回って姑息でしたね。教育的指導ですよ。」などという。そんなルールは柔道にしか存在しない。副将の信楽だけは先輩風を吹かせて「まぁ、途中までは残身がなってなかったな。あと、最後のあれ、入ったか微妙だったよな。」

そんなことを言っていた。彼は当時3年次で私の一つ上だった。何を分かった風に!奴と戦ってみてからその意見を言ってみろ。私は荒れた。何にぶつけていいか分からない怒りだった。その後、その大会では私はあらゆる敵に1本も譲ることなく、魔人のごとく勝ち続けた。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


~それからのがむしゃら~


 納得いかなくなった私は、がむしゃらに稽古を重ねた。道場を継いでほしい身内はそれを見て、喜んだり、やり過ぎだと心配したりしていた。そんな中、大和一郎が急遽退学し、軍隊に入隊したということを風のうわさに知った。まぁ、あの私との一戦以来、彼にもスポットライトが当たったためだろう。彼自身の情報が割と入手しやすくはなっていたに違いない。


 なんにせよ、それによって今度は私は学生剣道自体に何の興味も湧かなくなった。情熱を失い、親に対しての反抗もあったのか、道場を継ぐことすらしなかった。結局大学を卒業した私は、一時剣の道を離れ、大学の専攻、冶金やきん学を生かして、横須賀の造船所で働き始めた。


 仕事は順調で面白かった。なかでも良かったのは、軍艦の改造、リフォーム作業だった。かつてエゲレスから我が国が購入した戦艦で「金剛こんごう」という名のふねがあった。この艦は本当に美しく、まさしくダイアモンドの名を冠するにふさわしい艦だった。その船体を見れば、いかに速く、優雅にこの船が走るのかを想像することができた。いずれ来るであろう海洋決戦のために、蒸気システムと加納砲を強化するのだという。その作業に自分も従事したのだ。


 こうして何年かの間、私は剣道から完全に離れ、船舶の技術者として平和な日々を送っていた。だが働き始めて2年が経った頃に忌まわしき『黒道』(こくどう)が対馬海峡に出現した。そして翌年、私のサラリーマン3年目に、ついに戦争が始まった。


 毎日のように、耳を疑うようなニュースが届く。筑紫平野が占領された。岩国が陥落した。日本帝国の戦況は悪くなる一方だった。地球連邦の毒牙は着実に、帝国の心臓に迫りつつある。そのような絶望的な状況の中、劣勢の帝国軍において活躍する者達のニュースも届く。尤も華々しかったのは海戦での勝利だった。陸戦での不利が嘘のように、彼ら海軍は地球連邦の艦隊を方々で撃滅した。


 奇しくもその旗艦となったのは、自分も携わった、あの「金剛」だった。


 海路からの補給を絶たれた地球連邦の陸軍はその勢いを失ったが、それでも侵略の手を緩めない。泥沼の戦いはじりじりと帝国が圧される形で進行していく。そこでもさらに活躍する者達がいる。その筆頭が大和一郎だった。気付くと私は大和のニュースを追い掛け、入隊を志願することとなっていた。


 入隊を管理する募兵部の担当官も奇特な自分の発言に頭を掻いていた。大和の部隊に配属されるかどうかは、「できる限り配慮してはみるが、あそこは大変だよ」とのことだった。奇特な入隊者の希望、それは死に急ぎとも言えるような選択だった。配属されてから知ったが、彼、大和の部隊は「霊柩車」と揶揄されていた。それもそのはず。勇猛果敢な戦いで、すぐに欠員が出るからだ。山田驍の『かなた』の世界で言うところの、「ソロモン送り」を自ら志願したようなものだ。


 第11師団の第5連隊は全体的に勇猛な戦士と青海出身の新米が混成された感じだ。そんな独特な部隊のひとつ、大和一郎(当時は少尉)の小隊に念願叶って配属された。幾度もとんでもない死線をくぐったが、楽しみがあった。大和一郎とまた打ち合える。


 国の事を思い、入隊したことは偽りではない。大和一郎の英雄的行為に惹かれてそこを目指したことも事実だ。けれども私には、自分を高めたい。大和一郎から学びたい。その欲もあった。私は、自分自身が根っからの剣道馬鹿だったと、この時初めて思い知った。

大和一郎と過ごした日々。それにより自分が単純な剣道馬鹿だったことを再認識した塚原醍醐。彼の中でも少しずつ何かが変わろうとしている。次回、いよいよ戦線が動き始める。

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