ストーリー018 スローライフ
大和一郎の死を告知された塚原曹長は大変気落ちした様子だった。それでも今はそっとしておくしかない。一方で、一時的な平穏に包まれた駐屯地にて、山田驍は農耕業務や訓練といった、人間らしい時間を取り戻すのだった。
十二號手記 スローライフ
~屯田兵ってこんな感じ?~
こうして、悪い大人たち(?)の手先となって、塚原軍曹を丸め込むことに成功したが、感情的には後味悪い結果となった。彼は理性的には納得したが、感情的には納得できていないはずだ。今後一緒に戦っていく仲間が蟠りを抱えたままというのは問題だが、今は変に蒸し返さない方がいいようだ。
4月に入り、自分や所属部隊は平穏を取り戻しつつあった。3月は数々の悲劇を生んだ撤退戦の月だった。そこで大和一郎という英雄級の士官、その他多くの隊員を失った。領土の面からみても、かつての拠点のひとつ、横田を失い、県境を跨いで、現在の駐屯地である播磨県の北西部、新見まで後退してきている。我が日本帝国は横田およびその周辺地域を失い、これを奪取した地球連邦が、新たな拠点として横田の地を魔改造しつつあるようだ。
そのような状況下にありつつも、皆元気に日々を過ごし、連邦への反撃の機会をうかがっている。「本物の大和一郎が既にこの世にいない」という事実を知るものはほんの一握りの上層部だけで、隊内では「大和一郎が奇跡の生還を果たしたうえ、新たな能力まで覚醒している」ということが一般認識になっている。
偽情報だとしても、どれだけ皆に勇気を与えてくれていることだろうか。まさしく優しい噓。方便。策士の軍上層部は自分、山田驍の存在をうまく利用する方向で動いている。ただ、彼らを悪とする気持ちは一ミリもわかなかった。誠実に国を思い、さらに異世界人である自分のことを援助するために、このような手法を使った。今でもそれに関わった心ある人々に感謝している。
そんな感謝するべき恩人の一人、上長の米田少佐に呼ばれて、彼のデスク脇にやってきた。なんだか部長に呼ばれた課長か係長のような感じの状況だな、とほっこりした。米田少佐の風貌が『かなた』の世界の典型的なサラリーマンっぽくて、懐かしみを感じる光景だ。それに顔つきからしても、のんびりした命令、指示であるのは間違いなかった。
「大和君、上石見の農耕業務を引き続きしっかりお願いします。前任の花山大尉も力を入れてやってくれていたからね。」
トレードマークの黒縁眼鏡を少しずり上げつつ、少佐は言った。まったくもってサラリーマンっぽい。それにしても上石見、確か真凜さんと二人で生還した際、途中に見た集落か。
「畏まりました。部下たちとも相談して、業務を割り振ります。」
元気よく返事すると、「よろしく頼むよ」と満足そうだった。
軍人である我々が農耕業務?そうなのだ、すでに戦火に覆われたこの地方には一般人は既にいない。もともと横田に住んでいた人も、新見やその周辺に住んでいた人も大坂「坂の字が古い字体だ」などの近畿地方に被災者として避難してしまった。連邦の魔の手が届かない安全な地域で、彼らは仮住まいして、軍需工場などで働いている。
無人となった地方都市に、代わりに軍人が住み着いて駐屯地となっている。
周囲を見渡すと、豊かな耕地が広がっている。誰でもない、これを預かり耕すのは我々第11師団、第3連隊なのだ。そしてそこから収穫される作物はそのまま我らの糧食となるのだ。『かなた』の世界の社会の教科書を思い出していた。「屯田兵」って言葉、中学校の社会のテストにも出てきたな。『こなた』の世界でも一般的な用語で、同じように使われているようだから、学生たちのテストにも出るのかな。もっともこちらでは、北海道というより、主に我々が現在いる戦地などで運用されている仕組みになる訳だが。
ほんとうに、自分がそれ自体になるとは思ってもみなかった。
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~集合、第1中隊~
農耕業務の分担に関して、自分の主だった部下たちを呼び集めた。各小隊長と、真凜軍曹が集まった。
帝国軍 第11師団 第3連隊 第5大隊 第1中隊
通し番号:11030501(イチイチゼロサンゼロゴゼロイチ)中隊
隊員数 152人
中隊長 大和一郎こと山田驍:階級/大尉
各小隊長 第1小隊 橘翔小尉
第2小隊 前田進小尉
第3小隊 茶屋京介中尉
うち第1分隊分隊長、小此木真凜軍曹、同席
第4小隊 塚原醍醐曹長(代理として)
白兵戦、弓兵主体の部隊。隊員の多くは若く、青海出身者が多いのも特徴だった。青海出身の真凜軍曹はすでに何人かの顔見知りと遭遇し、旧交を温めたりしている。たとえば橘少尉は真凜さんの高校の後輩に当たるらしい。今日集まったその他の幹部たちも性質的には同じで、皆若く、元気で、しかしながら従軍経験も浅いので、正直なところ、心配されている。軍部的にはヒヨッ子、まさしく最弱と言っても過言ではない部隊のひとつだ。
現状に関して意見を求めると、若さと元気印の代表のような橘少尉が口を開いた。
「いやぁ、さすがにきついですね。普段の訓練だけでも音を上げてしまいそうなのに、上石見の仕事の負担が増えていましたので。中隊全体で本来200人の定員に対して、50人近くの欠員が出ている状態です。なので仕事が多いのは仕方ないんですが。」
橘少尉は23歳。小柄で少年のような風貌から、高校生と言っても疑われない。
はちみつ色の髪と明るい青緑色の目。『かなた』の西洋人・・・というよりも
ファンタジー作品の小人族を失礼ながら思い浮かべる。いや、梅茶漬けを心から愛する橘君は完全に日本人に間違いないが。
「今の各部隊のシフトはどうなっているんだ?」
聞いてみる。
「こちらが現在のシフト表になります。」
スッとシフト表を差し出してきたのが前田少尉。橘少尉の同期で同い年の23歳だが、恰幅のよい体つきと落ち着いた態度からもう少し年上にも見える。緑色の黒髪、目の色も深い緑色。何かのゲームの前衛キャラを思い出す。自分はシフト表を流し見して、それから言った。
「どの小隊も業務が毎日休みなく入っているようだな。これでは作業効率も上がらないだろう?」
一見おとなしい見かけの茶屋中尉やうちの第二秘書塚原曹長は黙って頷いている。茶屋中尉は縁の薄いこじゃれた眼鏡をしている。その奥の目は紅茶の色を思わせる赤を含んだ茶色だった。整った金髪を七三に分けているが、柔らかな髪の質で毛先まで良い感じ。どことなく洗練されている。
茶屋中尉は周囲も見つつ、先ほどの自分の言葉に乗っかるように言った。
「休みがないのが一番の問題かもしれません。誰もがしっかり休息をとって、
働くときにはしっかり働くことができれば理想でしょう。」
今度は皆がお互いに目を交わしながら頷いた。それを見て塚原曹長が口を開いた。
「例えばどうでしょう?一日の労働時間は長くする代わりに、何日か勤務したら休む、という形態でやってみては。」
それはいいな、と思った。若い皆のことだ。ちなみに今の自分も27歳だが。
勤務時間が長いのは別段問題ないが、しっかりと心身リフレッシュする必要はある。
「よし、それで行こう。各小隊ごとに、農耕→農耕→訓練→非番の順で1日ずつ
ずらしてローテーションを組もう。」
無事に皆から十分な納得が得られたようだ。ワイワイと活気ある空気に包まれる。
「耕作用の牛も借りていきましょう。これからは耕作作業に時間を取られますね。」
「移動時間も歩行訓練と考えて、しっかり取り組まないといけませんね。」
積極的な意見が次々と出されて、解散した。
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~能力開発へのお誘い~
明日から農作業か、と思うとなんだか突然ほのぼの、スローライフな感じで面白い。ここ最近、事務作業の方も落ち着いてきたから、自分も手伝いに行こう。事務作業を片付け終わった夕方に奏さんが現れた。今日はノーマル人間タイプだ。
「小此木中佐が呼んでるわ。このあと少し能力開発をしておきたいみたいよ。」
と教えてくれた。叔父さんにはつい昨日、塚原曹長の件を報告して以来かな。
自分は奏さんに促されるまま、指定された弓道場まで向かった。
そこは今はだれも使用していない古い弓道場だった。少し色んなものが荒れている。入り口から奥の的場に人型の藁が幾体か用意されているのが遠目に見える。それで何となく今日の能力開発、つまり特訓メニューが分かった気がした。あれだ、まずは某英霊の、「王の宝物庫」っぽいあの技を再現して見せろと。射場には中佐こと叔父さんと真凜さん、そしてなんと塚原曹長もいた。
「タケル君、待ってたよ。こっちだ。」
叔父さんがこちらに気付いて笑顔で手招きする。射場の真ん中に様々な抜身の武器が並べられているのが見える。というか弓道場に近づいた辺りから、物々しい存在感が気になってはいたのだ。例の探知能力が自分には備わっているのでね。『かなた』の世界にいたころなら腰を抜かすような、禍々しい刃物の群れが、今では当たり前の存在にはなった。それでも、面と向かうと緊張感まではなくならない。
「何をしてもらうかは、説明するまでもないようだね。」
叔父さんは武器の近くにしゃがみ、並べている武器をチェックしながらこちらに尋ねた。
「はい。真凜さんを助けたときの状況を再現すればいいんですよね。」
自分は言った。
「そうだ。あの時と同じ武器もあれば、違うものも混ぜてみた。それで君の可能性を確認したい。」
叔父さんは振り返ってこちらを向いた。叔父さんの足元には数本の、連邦兵が持っていたものと同じ諸刃の大剣が並んでいた。
「これは、連邦兵が持っている武器ですよね。」
自分は武器をまじまじと見た。
「そう。これは地球連邦の標準兵装、グラディウスだ。君はこれを飛ばしたことがある。そして、こちらは我が日本帝国の標準兵装、御剣だ。」
美しい日本刀が並ぶ。妖刀なんて言葉があるが、これはただの標準兵装。それでも日本刀の美しさはゾクッとする。こちらも分類としては大剣なのだろうが、当たり前ながら、片刃で反っている。叔父さんの意図しているところが分かった。
「では先にこのグラディウスで飛翔を再現してみて、それから御剣でも試してみます。」
自分は、実験計画を叔父さんに伝えてみた。
「さすがはタケル君だ。」
叔父さんは破顔すると、両手を広げて実験計画を絶賛した。皆がその大げさな絶賛ぶりに呆れた様に笑い、その場が少し和んだ。
「私たちも見ていていいのですか?」
塚原曹長が心配した。
「タケル君から既に話は聞いているんだろ?ひょっとしたら、この術?技?
がそのうち塚原君の命運を分けるかもしれない。しっかり見ておくことだね。」
叔父さんの言葉に、塚原曹長は微妙な表情をした。
「がんばって。タケル君。」
真凜さんがにこにこ応援する。それに手を振って応え、正面を向いた。
「では。」
自分が意識を集中すると、皆は静まった。本来静謐な、射場らしい雰囲気になる。
「おのが重力の枷を解き放て」
自分の意思が3本のグラディウスに投影される。そのまま床を離れて高度を上げていく。そして最終的には床から1mほどの高さで止まった。宙に浮く剣達はその位置に留まり、微動だにしない。まるで見えないテープかなにかで固定されたかのようだ。
「翔べ、そして敵を貫け」
シュン!と空気を裂く音が小さく耳に届き、藁人形に突き刺さる。ドスドスドスッ。遠く的場で3発の命中音が立て続けに発生し、藁人形を支える柱がぐわんぐわんと撓んで揺れた。
次に、自分の意思を3本の御剣に同じように投影してみる。全く問題ない。どこの製品だとか、どのような形状をしているかなんて関係ない。鉄の原子が濃厚に集合してさえいれば、何でも扱えるんだ。同じように空中で停止させ、直後射出した。
ザシュザシュザシュッ。今度の命中音は先ほどよりも鋭利さが増して感じられた。切っ先に切り飛ばされた藁が、先ほどよりも派手に舞い散る。刃の切れ味の問題だろう。とはいっても、ほぼ同じような結果が得られた。柱はぐわんぐわんと撓み、やがて収まった。
無事終わって、ふうっと深呼吸。
ぱちぱちぱち。叔父さんや皆が拍手しながらその結果を称賛した。
「話は聞いていたけれど、実際に見るとすごいわね~。」
冷静な奏さんも感嘆しつつ拍手している。
その後、皆で藁人形のところまで行き、その結果を間近で確認した。3本の藁人形に、それぞれ1本ずつのグラディウスと御剣が寸分たがわず突き刺さっている。自分が言うのもなんだが、その命中精度は正確無比で、自分が意識した通り藁人形のど真ん中、そして藁の芯に相当する木の柱に先が突き刺さっていた。手で普通に抜こうとしても、あまりに深く突き刺さっているために、
怪力だろうと思われる塚原でも、ネコマタに変身、身体強化した奏さんでも抜くことが出来ない。仕方なく最後は自分が再度能力を使い、剣を使役して藁人形から分離したのだった。
「これはやばい。まさに想定以上の圧倒的な攻撃だ。常人ではどうしようもあるまい。」
射場に戻ってからも、叔父さんは興奮している。常人では?嫌な予感しかしない。
「なぁ、タケル君。今のは射出速度なんか決めているのかい?」
「ええ、だいたいイメージできるので、300㎞/時にしてみました。」
「なるほど、投石の約3倍くらいの速度というわけか。」
独特な知識と理解力で叔父さんがついてくる。
「速度、半分くらいにできるかい?」
え?何しようとしているの?この人。
「出来ますけれど、一体どうするつもりなんです?」
不審に思って問い詰めた。
「それぐらいなら、対『人』もいけるんじゃないかと。」
にやりと笑うと、マッドサイエンティストは塚原曹長を見た。
スローライフな日々に少しワクワクし始めた山田驍。そんな仕事終わりの山田驍を訪れた如月奏准尉。彼女に誘われた先で、山田驍の「能力開発」がいよいよ始まろうとしている。




