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ストーリー017 塚原醍醐の喪失感

酔った勢いで塚原醍醐と立ち合い稽古をすることになった山田驍やまだ・たける。だがおそらく相手は伝説級の剣豪であるだろう。果たして、少年剣道しか経験のない驍に相手が務まるのだろうか?

十一號手記 塚原醍醐の喪失感


~きっと秒殺?~


酔った勢いで、塚原曹長と立ち合い稽古をすることになってしまった。大和大尉が本物だった頃にはしばしばあったらしいので、日常を踏襲するという意味では、普通にやった方がいいのかもしれない。だが、剣道好きの軍人、塚原曹長と、ほぼ素人の自分では力の差がありすぎる。それは日の目を見るよりも明らかだ。怪我でもしないだろうか?


 そしてもう一つ。塚原曹長に大和大尉の訃報を正直に伝えるなら、そこしかない。そう考えた。その任務を遂行することに対して大変気が重い。関係も深かったらしいだけに、どう気持ちに配慮するべきか、頭の中で考えている台詞がそれこそ渦のようにぐるぐると巻いている。


「大丈夫かな?」


 同じことを思ってか、真凜さんが言う。帰還祝いからの帰り、連隊本部から官舎へと帰る夜道。周囲には誰もいない。二人きりでいる時は彼女の言葉は完全にタメ口となっている。にせ大和隊長である山田驍と真凜さんの間に上下関係などある訳もない。二人でいる時はまるっきり対等な、そんな秘密の関係だ。隊内、人前にいる時のみ上司:大和一郎と部下:小此木真凜のふりをしているという、完全な「隊長ごっこ」のような状況だ。



 けれども今はそんなイチャイチャ感を醸している心の余裕もない。

「怖いけど、やってみるしかないね。約束しちゃったことだし。」

 こちらも自然体で気持ちを吐き出した。

「じゃあ、私もついていくから。」

 昨日教えてあげた、『かなた』の女子高生がしそうなピースサインをしつつ

彼女はニッと笑った。それから話題を変えた。

「隊長が結婚してたの、私も知らなかったんだ。びっくりしちゃった。」

彼女は言った。それに対して、自分は疑問に思った。

「ある程度の間は一緒の部隊にいたんでしょ?プライベートのことはあまり

話さなかったのかな?」

「基本は寡黙な人だったからね。隊長は隊長なりに、色々と抱えてたんでしょう。だからミステリアスであこがれたのかも・・・って、あっ。か、過去の話だから。」

 彼女は慌てたジェスチャーで顔を赤らめ、急に取り繕って、またしても話題を変える。忙しい。

「塚原曹長のほうが大和隊長とは延々としゃべっていた印象だったわよ。

もちろん立場的にも近かったし、剣道の事とか、いろいろ話題も合ったみたいだから。」

やはり剣道。結局、現実逃避したい話題に戻ってしまった。

「やっぱり剣道か。」

 と言うと、二人一緒に声を出して笑ってしまった。


 二人とも白兵戦に命を賭けているタイプの隊員だったようだし、剣道でも好敵手だったのだろうとそう予想できた。そうすると、塚原曹長はちょっと腕に自信があるなんてレベルではない。間違いなく伝説級だ。秒殺されて、山田驍やまだ・たけるの異世界生活は終わる。


 不安が巨大な石のように圧し掛かってくるが仕方ない。気分を紛らすつもりで、なんとか無理して談笑しながら、宿舎の前まで来てしまった。

「では明朝8時15分にお迎えに上がります。失礼いたします。」

小此木軍曹は真顔になり、きりっと敬礼で挨拶をすると去っていった。そして、しばらく行ったところで振り返り、またピースサインをして笑うと、手を振りながら去って行った。気に入ったのかな?こちらも笑顔で手を振る。完全に気が軽くなって、部屋に戻った。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


~翌朝のお迎え~


 さすがに疲れがたまっているのか、ぎりぎりまで眠りこけてしまった。ある意味幸せな快眠とでも言おうか。焦って身支度を整えていると、先に近隣の人々、おそらく同じ大隊に所属する士官たちが次々と出勤?していく。自分はあわあわと髪型を整えて、鏡をのぞく。髭の剃り残しもない。素敵なレディーが迎えに来るのだから決して油断はできませんぞ。


 コンコンと部屋のドアをノックする音が聞こえる。

「今出ます。」と部屋のドアを開けると、そこには軍曹がニコニコ待っていた。とりあえず夕方のことはどこかに置いといて、大尉としての業務を何とかしよう。『こなた』に来てからというもの、なんだか自分の性格が少し変わったような気がする。何でも積極的というか、とっても前向きになったようだ。


 連隊本部に着くと、まずは引っ越しからだった。自分は転属したので、荷物をもって新しいデスクに移動した。かわいい軍曹もしっかり荷物運びを手伝う。重いものもしっかり運んでくれて・・・なかなか体力ありますね。


 そして、途中になっていた中尉:小隊長の時の仕事、引き継いだ大尉:中隊長の仕事を両方こなす羽目になった。とにかく果てしない書類の山に埋もれて仕事をしている。この仕事を押し付けるために、早々に昇進させてくれたのだとしか思えない。まさに社畜、いや軍畜か。パソコンなんて遠い未来の便利道具は存在しない。電卓すらない、算盤は自分が使えないので、小学生のようにあちこちにえんぴつで手計算だ。実に非効率的で泣きそうになる。算盤は遠い昔、小学生の頃に少しだけやった記憶がある。そのうちだれかに教わるか。


 午前中は軍曹と二人掛かりで仕事を消費した。そして午後になると、どこからかかなでさんも現れて手伝ってくれるようになった。人海戦術で仕事も午前中より進み、何とかその日中に火急の仕事は終わった。ふー。お二人ともありがとうございました。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


~ついに対戦へ~


 今日はお昼に好物の高菜のおにぎりを1個食べただけだった。隠しておいた乾パンのような糧食を口に運んで、夕陽を見ている。腹も膨れたし、腹も括った。自分は軍曹を連れて宿舎に一度戻ると、剣道具のセットを部屋から持ち出して再び外に出た。宿舎の脇に立っている木の影から、ぬらっと大きな人影が分離した。塚原曹長だった。びっくりした~。ただでさえびくびくしているので、脅かさないでほしいな。


「行きましょうか。」

と慇懃に礼をされたが、存在感に圧倒された。

「そ、そうですね、行きましょう。」

なんてテンパって敬語で返事しているあたり、自分の化けの皮がすでにはがれ始めているようだった。


 第三武道場まで何気ない会話を交わしながら3人で歩いた。記憶のリハビリも兼ねている。

「そう言えば、前から気になっていたが、連邦軍と帝国軍では部隊の最大単位が違うようだね。連邦軍は最大単位が1万人単位の『旅団』で、2万人単位の『師団』が存在しないんだよね。」

「ええ。こちら、帝国軍は最大単位が『師団』、その下に4個の5000人単位、『連隊』が付く形です。逆に『旅団』という単位は使ったことがありませんね。」

塚原曹長が補足してくれる。

「『旅団』を指揮するのは『少将』『准将』どちらになるんだっけ?」

『かなた』ではどちらもあり得たと記憶しているので、念のため確認しておきたい。

「『准将』ですね。連邦軍の場合、最高位がこの『准将』になりますね。付け加えると、連邦軍には『連隊』も存在しません。」

今度は真凜軍曹。

「まぁそうか。たった2つの連隊に細分する意味もないな。その下はすぐ、1000人単位の大隊になるのか。」

「そうなんです。准将の一つ下の大佐は仕事にあぶれて嫌々参謀その2、その3とかになったり、昇進したのにそのまま大隊を指揮したり、向こう(連邦軍)は色々大変みたいですよ。」

真凜軍曹の言い方が面白くて、男たち二人は爆笑した。

「准将は大佐と少将の間、本来ならば、大佐から少将への昇進を希望しない

人に特別に与えられる階級だから、言ってみれば正式には将軍ではないんだよな。結構軍人の出世が限られているんだね。」

「連邦軍においては、准将の上には文官である『執政官:総督』が居座っている構図です。文民統制を徹底したいという思想があるようです。」

再びの塚原軍曹。

「軍人のモチベーションも上がらないのではないだろうか。」

「それはありますよね、きっと。」

ちょうど1万人の旅団、2万人の師団。どちらが運営として優れているのだろうか。いずれも補給、回復、行軍まで、戦闘に関わるすべてを完結し、単独での行動を可能とすることが理論上可能な単位ということになる。


 そして連邦軍は「総督」を頂点として、旅団の集まり、通常10の旅団、約10万人をひとつの『方面軍』として運用することで、世界中のあらゆる軍事組織に対抗することが可能なのだそうだ。


 そんな話をしているうちに第三武道場が見えてきた。そこは武道場や鍛錬場の並ぶ群の一番奥にある、板の間が10m四方の小さな道場だった。手前の建物、第二部道場?からは竹刀を打ち合う音や掛け声などが威勢良く聞こえてくる。対して奥の第三武道場だけは貸し切り状態で、静謐さが満ちている。その場の空気はなぜか、大和隊長が眠っていたあの場所を思い出させた。


 トイレと着替えを終えて道場に戻ると、塚原曹長はすでに胡坐を組んで瞑想していた。自分もそれに倣うように瞑想したつもりだったが、この後のことなどをいろいろ考えてしまって姿勢が定まらず、ふらふらした。薄目を開けて横を見ると、真凜軍曹が心配そうにこちらを見ている。


 目を開けて、塚原曹長がほほ笑みつつ言った。


 巨躯で浅黒い肌、ややくどいが整ったその目鼻立ちには育ちの良さが現れていた。

「能力の発現のお蔭で、記憶が微妙なんでしたっけ。軽い練習から少しずつ慣らしましょう。」

 面を被り、通常通りの基礎練習から始めるが、すでに自分が危なっかしい印象だった。ちらちらと曹長が気にしながらこちらを見ている。群を抜いて背の高い曹長が平均的な身長の自分にあれこれ指示や助言を出す様は、遠目に見て学童剣士とそれを指導する先生のようにも見えることだろう。

「うーん、何だか、足への体重のかけ方も、うーん。」

自分の「記憶喪失」は彼の目から見て、相当に重症のようだった。もともと人に教えることが得意なのか、後輩に対しての指導に慣れているのか、自分としては彼の指示がすごくわかりやすく、少年時代の剣道の感覚を取り戻しつつあった。だがそんな後輩への指導(?)が、塚原剣士が求めているものではないようだった。


 記憶の片鱗を取り戻した大和剣士が、自分としっかり打ち合ってくれること。好敵手が少しでも元に戻って、心行くまで打ち合うことが彼の希望だったのだろう。結局、打ち合い稽古どころの話ではなかった。最初から最後まで師範と新入門下生だった。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


~戻ってはこないんですね~


 なのに、馬鹿な自分は、自分自身のことにばかりを考え、彼を観察することを怠ってしまった。自分の今のレベルに対して指導できることはこれ以上ないと悟ったか、「ちょっと休みましょうか」と言って面を取った彼はとても寂しい顔をしていた。泣きそうな顔をしているようにも見えた。喉仏が上下し、失意を飲み込んだ様子が伺える。


「大和隊長はもう戻ってはこないんですね。」


 道場の中を寒々しい風が通り過ぎた気がした。


「気づいていたんですか?」自分は彼に問うた。


「最初は分かりませんでしたけれど。でもこうやって向き合えば体つきも、オーラも全く違いますよ。」


 彼は指摘した。剣士とインドアで過ごしてきた自分では体のつくりも何から何まで異なるだろう。瓜二つなだけに、周囲の人々の多くは全く気付きもしないようだが、一流の剣士は騙せなかった。


「すみませんでした、塚原曹長。私は大和一郎の後継者、山田驍という者です。」


 そう言うと彼は、最悪の想定が証明されてしまったといった態で、惨めに目を閉じた。


 本当に残酷な告知だった。


 能力の一切存在しない(おそらくそうだ)、自分の生まれた世界『かなた』の事。そこで起こったであろう事故と、自分がこちらの世界『こなた』へ転移してきたこと。この世界に飛ばされて、大和氏が最後の奮戦をした地に至り、大和氏の死に遭遇した事。この世界に飛ばされて、突然能力に目覚め、真凜さんを助けたこと。その後、大和氏の声を聴き、その継承者となって、今まで生き延びてきたこと。


 自分の事と自分の知り得た大和氏の最期について、彼には全てを伝えた。


 また、それを軍の「上層部」は認知し、匿う方向で動いていること。その事実の共有に、塚原曹長も含める考えであること。だからこそ、自分から直接、塚原曹長に説明するように指示されたこと。それも含めて。


 最初彼は動揺しているようにも見えが、彼自身が尊重、信頼されていることも伝わり、彼の心のさざ波が少しは緩和されたのかも知れない。とはいえ、盟友を失った悲しみや喪失感、騙されていたような気持が簡単に拭えるはずもない。しばらくの間は、彼の傷ついた心を悪戯に刺激するわけにもいかないだろう。


 自分としても正直、なんだかすっきりはしない感じだった。「これで本当に良かったんですか?小此木中佐?」心の中で叔父さんに悪態をついた。


 曹長はもうしばらく一人で稽古をしてから帰ると言っていた。


 自分は防具や道着を片付け、軍曹と一緒に帰った。珍しく二人とも無言だった。武道場を出るころには、宵の明星が明るさを増していた。


宵の明星は暗くなった空に、周りを寄せ付けないかのように、独り輝いていた。

塚原醍醐の立ち合いの相手をするまでもなく、稽古は終わった。事実に打ちのめされる塚原にかけるべき言葉も思いつかず、山田驍と小此木真凜はその場を去るのだった。

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