ストーリー015 2つの世界
能力開発部、と書かれた怪しいプレート、その先には一体何があるのだろうか?どのような人たちが待っているのだろうか?勇気を持って開いた扉の先に、異世界転移の片鱗が見えてくる。
ストーリー015
九號手記 2つの世界
~奏さん~
ボーン、ボーン、ボーン。午後3時を告げる柱時計の音が本部のどこかから
響いてくる。連隊本部はもともと市役所だった施設だ。機能的で、軍の本部としても向いているように思う。先ほどの報告会は1階にある会議室で行われたが、今は3階の一番奥にいる。慌ただしく人々が廊下を行き交う1、2階とは切り離されたように静かな空間だ。
-能力開発部-
古い学校のクラス名などを掲げたネームプレートのような作りだが、何とも「いかがわしい」ネーミングのものが廊下に突き出している。新興宗教の施設にでも迷い込んでしまったみたいだ。自分はそれを見上げて渋い顔をしていたかも知れない。そんな自分の顔を見て、「大丈夫ですよ。」と小此木軍曹が苦笑いした。意を決して、コンコンとノックした。「どうぞ。」と中から若い女性の声がした。
「失礼します。」と勇気を上乗せしてドアを開け放つと、若い女性士官が立っていた。制服から女性士官には違いないが、違いないが・・・猫耳だった。さすが異世界だ。これでお会いするのは3種族目(?)だろうか。もう耐性もついて、全く驚かなくなった。砂色の髪の毛はウルフミディアムで、彼女の猫耳も同じ色でまとまっている。そのまんま猫を思わせる深い青の目尻の長い睫も特徴的だが美しい。視線の端で動いているしなやかな尻尾にも目が奪われる。
「ようこそ、おいでくださいました。山田様。私はこの能力開発部でも
仕事をしております、如月。階級は准尉です。」
表情乏しく自己紹介する。
厳密に言うと士官ではなかった。准尉は確か、功績を積んだが、昇進を望まず
下士官のままとなった軍人がたどり着く階級で、曹長の上、少尉の下だっけか。(この辺りはいろいろあるようだが)大和大尉のふりをしている自分は「ご苦労様。」と上官っぽく返したものの、
「って、え??今確かに山田様って言わなかったか?」と狼狽した。
そんな自分の狼狽した様子に気付いたか、
「あ、山田さんのことは真凜ちゃんから伺っておりますよ。それで私も一枚噛んで、今日の場を設けました。」
と種明かししてくれた。そして本当に仄かな笑みを見せた。
「真凜ちゃんもお疲れ様。もうすぐ中佐も帰ってくるから、私も一緒にお話を伺うわ。」
今度は如月准尉は真凜さんに一歩近寄り、女性らしく手を取った。やはりまた仄かな笑顔だったが、なんだかより親密な感じがする。
「奏さんもお忙しいのに、嬉しいわ。」
とこちらも心から嬉しそうだ。自分は彼女のフルネームが如月奏だということと、彼女らが表面上でなく、とても親しいことが分かった。一瞬置き去りにされた自分に気を遣って、彼女はこちらに向き直り、
「申し訳ありませんね。小此木中佐は今、下の階で米田少佐とお話し中ですので、しばらくお掛けになってお待ちいただけますか。」
と自分たち二人を応接セットに案内してくれた。なかなか心配りのできる方だった。瀟洒なメイドさんのような印象の人だと思った。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
~叔父さん、こと小此木中佐~
奏さんの淹れてくれた紅茶の香りを楽しみながら午後の柔らかな日差しをながめていた。15分くらいして、ぱたぱたと足音が近づいてきた。
「申し訳ない。お待たせしました。」
ドンッと雑にドアを開ける音と一緒に声が入ってきた。急いできたのか、髪が乱れている。水色とも見えるシルバーヘアー。肩のあたりまで伸びた長髪に目が行った。長髪で白衣を着た、眼鏡の学者タイプの男性が目の前に急に表れた。
「山田驍です。本日は宜しくお願いします。」
自分はもちろん本名を名乗った。
「タケル君、初めまして。私がこの能力開発部の長をしている小此木博文
(おこのぎ・ひろぶみ)だ。」
元気よく挨拶された。優しそうな「叔父さん」と目が合った。やはり菫色の混じった瞳が真凜さんと同じだ。父親の弟ということだから、割と年が近いことも考えられる。顎に薄い無精ひげはあるが、彼女の兄と言っても通用しそうな若々しく端正な見た目をしている。
それだけではなかった。自分はその瞬間、亡き親友の面影をそこに見ていた。
親友?
と、急に前頭葉からこめかみを締め付けるような頭痛が始まり、自分はこめかみを擦った。
叔父さんと真凜さんは驚き、奏さんは叔父さんをたしなめた。
「中佐、声が大きいです。周りに漏れたらどうするんですか?」
「ごめん、ごめん。真凜ちゃんの恩人でもあるし、異世界人だし、つい、興奮してね。」
叔父さんはカッコ悪そうに頭を掻きつつ奏さんに謝る。幸い自分の頭痛も一瞬で収まった。むしろ自分はお騒がせしたことを皆に謝ったので、それ以上誰も気に留めなかった。
「改めて。かわいい姪っ子を助けてくれて、本当にありがとう。うちの真凜はたまに無茶をするし、タマヒメでありながら、その能力も完全には発揮できなくなっている。でも、他人想いの良い娘で人気者だから、これからもどうか大切にしてあげてほしい。」
改めて叔父さんがお礼を言う。叔父さんは少し天然ボケなのか、ぺらぺらといらぬことまで追加して言う。真凜さんは顔を赤くした。
「あ、いや、もちろんです。」
自分も何といっていいか分からず、曖昧に返す。確かに気恥ずかしいが、同時にそんな叔父さんの人柄の良さも伝わってきた。
「さぁさぁ。お気持ちは分かって貰えたでしょうから、山田さんのお話を聞きましょうよ。」
仄かに苦笑しながら、奏さんが助け船を出した。
「そうだ。そうだ。ある程度は如月君や真凜からの話で聞いているが、山田君の元いた世界のことから是非聞きたいね。」
少し先が長いかとも思ったが、そこからすべて聞いてもらうことがむしろ重要かもしれない。そう思い直して、自分は元いた世界の事から話し始めた。
能力の一切存在しない(おそらくそうだ)、自分の生まれた世界の事。
そこで起こったであろう事故と、自分のこちらの世界への転移。
この世界に飛ばされて、戦闘の後の光景と大和氏の死に遭遇した事。
この世界に飛ばされて、突然能力に目覚め、真凜さんを助けたこと。
その後、大和氏の声を聴き、その継承者となったこと。
自分の能力でできること。実際に使用して起こった顛末。
などなど。
叔父さんも奏さんも自分の話を真剣に聞いてくれた。あらかた自分が吐き出せるものを吐き出した時にはかなりの時間が経過していた。
飽和した空気がその場を支配していた。見るからに頭脳明晰な叔父さんも、
あまりに情報量が多いために、まずは重要な点を抜き出して整理しているように見えた。
ぶつぶつと独り言を言ったり、眉間に指を当ててみたり。
だがやがて叔父さんは顔を上げると、こう言った。
「タケル君の言う通り、少なくとも2つの世界が並列して存在しているものと考えられる。
仮に、君の生まれた世界を『かなた』、我々がいるこの世界を『こなた』と仮定しよう。
2つの世界は普通に歩いては行けないが、何かのきっかけで渡っていくことが出来る。」
叔父さんはとっくに冷めてしまった紅茶を口に運んで、少し苦そうな顔をして言った。
「人でも、物質でも。数年前、大量の物質がやってきた。と私は考える。」
「それってまさか。」自分も含めて皆が反応した。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
~転移するモノ~
「そのまさかだよ。『黒道』に積もっているものだって、異世界の物質かも知れない。」
叔父さんは一旦部屋の奥に向かうと、棚にあった弁当箱ぐらいのサイズの木箱を持って戻った。そして、箱のふたを開けると、スマートフォンぐらいの面積の上面をもつ塊が姿を現した。スマートフォンそのものか?と思ったが、そうではなかった。一見窓ガラスの破片のようにも見え、厚さは3cmぐらいで、色は黒っぽかった。
得体の知れない物体に、さすがの叔父さんも直接手で触れようとはせず、
同じくその棚に置いてあった大型のピンセットでつまんで側面を見たりしている。
「これは、我々の科学では硝子なのか、金属なのかさえ判別できない。
だが、科学の進んだタケル君の世界には、普通にこれが存在してたんじゃないかい?」
こんなズタボロになっているものは見たことがないが、自分は心当たりがあった。
太陽光パネルの破片・・・
「おそらく、発電機の素材ですね。電気、エレキを生む器械です。」
「なるほど、電気か。だが、硝子は電気を通さないんじゃないか?これはただの外殻か?」
近世と近代の狭間を思わせる時代背景。叔父さんはこの時代の人間にしては物理学的なことをよく理解していた。自分は感心してしまった。女性二人も、我々のやり取りに感心して聞き入っている。先ほどまでの軽くあしらう態度とは打って変わり、叔父さんの隣に座る奏さんからは叔父さんに対する憧憬の念も感じられた。
「はい。これは普通の硝子に似ていますが、一方向に電気を通す素材なんです。」
「それはすごい。やはり我々は遅れている。」
科学者らしく、客観的な見解を述べつつ、叔父さんの目が輝く。
この時代より先に進んだおじさんの意識は、目的の話から脱線して飛躍しそうだった。できれば、いったん自分の話に戻したい。
「この素材の破片は最悪、そこに転がってもおれるでしょう。ですが私は、
ひとりの人間として生活していかなければなりません。」
「そうだ。すまない。この素材の分析は科学部に任せるとして、まずはタケル君の身の上だ。」
何とか戻ってきてくれた。
「今の法律では、異世界転移者の身分についての取り決めが全くないですからね。」
奏さんも話を引き続きサポートしてくれている。
「そう。そんな人物はさすがに有史以降数えるほどしかいない。我が国にも、これまでの歴史でそのような人物がやってきたという明確な話はないのだよ。だからそんな状況を全く想定してこなかった。タケル君と真凜の考えは合理的で、それ以外にはなかなかいい手は存在しない。私も、二人の選択を支持する。それに・・・」
叔父さんは天井付近を見上げて言葉を選んだ。
「英雄、大和氏も、タケル君の今後を慮って自分の『後継者』にした。そう考えるとしっくりするよ。死してなお、大英雄だということだよ。」
そうだな、と自分も思った。その場に哀悼の気持ちがあふれた。
「それで、先ほども米田少佐たちにも根回しをしていたのよね?」
一呼吸おいてから、真凜さんが叔父さんに質問(確認?)した。
「そういうことだ。当然、お頭、幕僚総長にも速達は出したしね。」
叔父さんは自分に向き直って言った。
「そういうわけで、我が日本帝国軍は山田驍君を全力をもってサポートする方向で動いている。なので少し狡い話、取引みたいだが、タケル君のその力をこれからも我々に貸してほしい。真凜と色々話して、『こなた』のことも分かってきたかと思う。我が国は今、存亡の危機にある。忌まわしい『黒道』が出現したおかげで、我が日本帝国は・・・。」
黒道から陸路での侵入を許し、広大な地域を侵略されている現在の日本帝国。
存亡の危機と言っても決して大げさではない状況だ。叔父さんの目を見た。
真摯な軍人の目が自分を貫く。嘘偽りなく国を思って戦う漢の目だった。自分は大和一郎の後継者でもあるのだ。その目を信頼した自分は躊躇なく答えていた。
「もちろんです。共に戦いましょう。」
こうして、この日、自分は気持ちの中では正真正銘、日本帝国の軍人となることを決意した。
能力開発部の長である小此木博文中佐、通称「叔父さん」、そしてそれを補佐する如月奏准尉、通称「奏さん」。新たな仲間たちの前で、山田驍は改めて、帝国軍人として生きる決意をする。次回、博識な「叔父さん」との会談により、山田驍は自らやこの世界の状況をより深く知ることとなる。




