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当たり前じゃなかったもの

風が、静かに吹き抜ける。


 昼下がりの草原。


 依頼を終えた帰り道、ルナは少し先を歩いていた。


 いつもの距離。


 近すぎず、遠すぎず。


 それが、当たり前になっていた。


「……」


 ルークは、その背中をぼんやりと見ていた。


 特別なことはない。


 ただ歩いているだけ。


 それでも、なぜか目で追ってしまう。


 理由なんて、考えたこともなかった。


 ——考える必要がなかったから。


「なに見てるの」


 不意に振り返られる。


「いや、別に」


 少しだけ笑って誤魔化す。


「ちゃんと前見て歩きなさい」


「はいはい」


 軽く返す。


 それだけのやりとり。


 いつもと同じ。


 変わらないはずなのに——


 どこか、少し違う気がした。


 その理由が、分からない。


 歩きながら、ふと思い出す。


 昨日のこと。


 倒れた自分。


 そして——


 あのときの、ルナの声。


 必死で。


 震えていて。


 今まで聞いたことのない声だった。


「……」


 胸の奥が、わずかにざわつく。


 あんな声を出させたことに対する、申し訳なさ。


 それと同時に。


 別の感情が、混じっている気がした。


「……ルーク?」


 ルナが少し不思議そうにこちらを見る。


「どうかしたの」


「いや、ちょっと考え事」


「珍しいわね」


「そう?」


 軽く笑う。


 でも、本当は少しだけ違った。


 頭の中が、妙に落ち着かない。


「……あのさ」


 ルークが口を開く。


「昨日、俺に何か言ってたよね」


「言ってないわ」


 即答だった。


「いや、言ってたと思うけど」


「気のせいよ」


 目を逸らしたまま、言い切る。


 それ以上踏み込むな、という空気。


 ルークはそれを感じ取って、それ以上は何も言わなかった。


「……そっか」


 短く返す。


 でも。


 頭の中から、その言葉は消えなかった。


 ——あなたがいないと、困るのよ。


 確かに聞いた。


 間違いなく。


 あれは、どういう意味だったのか。


 考えようとして。


 ふと、気づく。


「……あれ?」


 小さく、声が漏れた。


「なによ」


「いや……」


 言葉が続かない。


 違和感の正体に、触れかけている気がした。


 今まで、ずっと一緒にいた。


 隣にいるのが当たり前で。


 気づけば、自然に並んで歩いていて。


 それが——


 もし、なくなったら?


「……」


 想像する。


 ルナがいない状態。


 隣に誰もいない。


 あの静かな空気。


 ひとりで歩く道。


 ——嫌だな。


 その感情が、はっきりと浮かんだ。


 驚くくらい、はっきりと。


「……ルーク?」


 また名前を呼ばれる。


 今度は少しだけ、距離が近い。


 気づけば、ルナが目の前に立っていた。


「どうしたのよ」


「……いや」


 言葉を探す。


 でも、うまくまとまらない。


 ただ、ひとつだけ分かることがあった。


 さっきの感情。


 あれは、ただの“相棒だから”じゃない。


 もっと——


「……ルナ」


「なによ」


 真っ直ぐに、目を見る。


 その瞬間、胸がわずかに高鳴る。


 今まで気にしたこともなかったのに。


「……もしさ」


「?」


「俺がいなくなったら、どうする?」


 一瞬、空気が止まる。


 ルナの表情が、わずかに変わった。


「……何言ってるの」


「いや、もしもの話」


 軽く言ったつもりだった。


 でも。


「……困る」


 短い言葉。


 でも、迷いはなかった。


「あなたがいないと、困る」


 あのときと同じ言葉。


 今度は、はっきりと。


 ルークの胸が、大きく跳ねる。


 その意味を、考えるより先に。


 自分の中の感情が、答えを出していた。


「……そっか」


 小さく呟く。


 ようやく、分かった。


 今まで感じていた違和感の正体。


 隣にいるのが当たり前だった理由。


 目で追ってしまう理由。


 全部。


「……俺も」


 自然と、言葉がこぼれる。


「同じだ」


 ルナが、わずかに目を見開く。


「いなくなったら、嫌だ」


 はっきりと、言い切る。


 それはもう、誤魔化しじゃなかった。


 ただの相棒に向ける感情じゃない。


 もっと、特別なもの。


「……なんだろうな、これ」


 苦笑する。


 でも、その意味は分かっていた。


 言葉にするのが、少しだけ遅かっただけで。


「……面倒ね」


 ルナが小さく呟く。


 どこか、同じような響き。


 ルークは少しだけ笑った。


「うん」


 頷く。


「でも、悪くない」


 その言葉に、ルナは何も返さなかった。


 ただ、ほんの少しだけ視線を逸らす。


 その頬が、わずかに赤く見えた気がした。


 風が吹く。


 さっきまでと同じ景色。


 同じ距離。


 それなのに。


 確かに、何かが変わっていた。


 ——もう、ただの相棒じゃない。


 その事実を、二人とも分かってしまったから。

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