失いたくない
空気が、張り詰めていた。
森の奥。
異様な気配が、あたり一帯を覆っている。
「……やっかいね」
ルナが小さく呟く。
目の前にいる魔物は、今までとは明らかに違っていた。
巨大な影。
圧迫するような魔力。
ただ立っているだけで、空気が重い。
「うん」
隣でルークが頷く。
「気をつけて」
「分かってるわ」
短く返す。
それでも、いつもよりわずかに集中を強める。
——油断できない。
そう判断した瞬間。
魔物が動いた。
速い。
目で追うより先に、衝撃が来る。
ルナは反射的に障壁を展開する。
だが——
「っ……!」
重い。
想定以上の威力。
地面が抉れ、体がわずかに後ろへ滑る。
「ルナ!」
「平気よ」
短く言い返す。
だが、余裕はない。
魔力を練り直し、次の一手を考える。
その隙を、魔物は見逃さなかった。
再び突進。
今度は——
ルークの方へ。
ルナがルークの方に手をかざし障壁を展開する。
——その瞬間別の魔物が2体現れルナに襲いかかってきた。
「チッ」
障壁が間に合わない。
そう判断しせめて致命傷を喰らわないように受け身を取ろうとしていたその時——
ルークが一歩踏み出した。
避けるのではなく、受ける位置へ。
「なに——」
言葉が途切れる。
剣を構え、真正面からぶつかる。
鈍い音。
衝撃。
次の瞬間、ルークの体が大きく弾かれた。
「——ルーク!」
地面に叩きつけられる音。
動かない。
呼吸の気配が、遠い。
一瞬、頭が真っ白になる。
何も考えられない。
ただ——
「……っ、動け」
足が勝手に動いていた。
駆け寄る。
名前を呼ぶ。
「ルーク!」
返事はない。
血が、滲んでいる。
胸の奥が、強く締め付けられた。
——嫌だ。
その感覚が、はっきりと形になる。
魔物の気配が、背後で膨れ上がる。
でも、もうそんなものはどうでもよかった。
「……ふざけるな」
低く、声が落ちる。
今まで感じたことのない感情が、内側から溢れてくる。
焦り。
恐怖。
怒り。
全部が混ざって、制御できない。
「勝手に、無茶して——」
言葉が震える。
それでも、止まらない。
「勝手に……いなくなるな……!」
その瞬間。
魔力が爆発した。
制御を超えた、圧倒的な出力。
空気が震え、地面がひび割れる。
魔物が一瞬だけ怯む。
その隙を逃さない。
ルナは立ち上がり、手をかざした。
いつもなら選ばない、最大出力。
破壊のためだけの魔法。
躊躇は、なかった。
「——消えろ」
閃光が走る。
視界を埋め尽くす光。
次の瞬間、魔物は跡形もなく消え去っていた。
静寂。
何も残らない。
ただ、荒れた地面と——
倒れたままのルークだけ。
「……っ」
すぐに駆け寄る。
手を震わせながら、触れる。
まだ、温かい。
「……生きてる」
小さく息を吐く。
力が抜ける。
でも、安心しきれない。
「起きなさい……ルーク……」
声が、震える。
こんなこと、今までなかった。
誰かに、こんなふうに。
——失いたくないと、思ったことなんて。
「……っ」
視界が、少しだけ滲む。
理由は分からない。
でも、止まらない。
そのとき。
「……ルナ?」
かすれた声。
はっとして顔を上げる。
「……ルーク」
目が、合う。
ゆっくりと、意識が戻っていく。
「……無事?」
弱く笑う。
その瞬間。
「馬鹿……!」
思わず、声が強くなる。
「なんであんな無茶するのよ!」
抑えきれない。
感情が、そのまま溢れる。
「……ごめん」
「謝るくらいならしないで!あなたが犠牲になって私が喜ぶとでも思ったの?!」
ルークが驚いていた顔をしてるけど言葉は止まることを知らない。
「自己犠牲も大概にしなさいよ!」
無我夢中で喋るせいで自分の声すらも遠くに感じて自分が何を言ってるのかさえわからなくなる。
「勝手に……勝手に、いなくならないで……」
最後の方は、ほとんど呟きだった。
ルークが少しだけ目を見開く。
「……ルナ?」
「……っ」
言ってしまった。
でも、もう引き返せない。
胸の奥にあったものが、はっきりと形になっていた。
隠しきれない。
否定できない。
「……あなたがいないと、困るのよ」
それが、精一杯だった。
ルークはしばらく黙っていた。
そして、ゆっくりと笑った。
「……そっか」
その一言が、やけに優しく響く。
ルナは視線を逸らす。
これ以上、何も言えなかった。
ただ、胸の奥だけが、強く脈打っていた。
——もう、戻れない。
そう、分かってしまったから。




