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近すぎる距離

朝の空気は、やけに静かだった。


 宿の部屋。


 窓から差し込む光が、ゆっくりと広がっていく。


「……」


 ルナは、目を覚ましたまま天井を見ていた。


 眠れなかったわけじゃない。


 ただ、何度も目が覚めただけ。


 原因は、分かっている。


 昨夜のこと。


 ——あと、少しで。


「……」


 小さく息を吐く。


 思い出すだけで、胸の奥がざわつく。


 あの距離。


 あの空気。


 そして——


「……何考えてるのよ」


 自分で自分に言い聞かせるように呟く。


 あれはただの偶然だ。


 そう思おうとして。


 でも。


 完全には割り切れなかった。


 やがて、部屋の扉がノックされる。


「ルナ、起きてる?」


 ルークの声。


「……起きてるわ」


 少しだけ間を置いて返す。


 扉が開く。


 いつもと同じ顔。


 同じ声。


 ——のはずなのに。


「おはよう」


「……ええ」


 視線を合わせるのが、少しだけ難しい。


 ほんの一瞬だけ目が合って、


 すぐに逸らす。


 同時だった。


「……」


「……」


 沈黙。


 明らかに、おかしい。


 いつもなら気にならないはずの空気が、


 妙に重い。


「……行くわよ」


 ルナが先に口を開く。


「うん」


 短い返事。


 それだけ。


 それ以上、続かない。


 街を出て、いつもの道に戻る。


 並んで歩く。


 距離は、変わらない。


 でも。


 どこかぎこちない。


「……」


 何か言おうとして、


 言葉が出てこない。


 こんなこと、今までなかった。


「……昨日のことなんだけどさ」


 先に口を開いたのは、ルークだった。


「……なに」


「その……」


 珍しく、言い淀む。


 それだけで、少しだけ心臓が跳ねる。


「……気にしてる?」


 その一言で、全部分かる。


 何の話か。


 分かりすぎるくらい。


「……別に」


 反射的に否定する。


 でも。


「そっか」


 それ以上、追及されない。


 それが、少しだけ引っかかった。


 ——終わりにするのか。


 そう思ってしまった自分に、少しだけ苛立つ。


「……」


 足が、わずかに止まる。


 気づけば、口が動いていた。


「……気にしてないわけじゃないわ」


 ルークが振り返る。


 驚いたような顔。


「……あれは」


 言葉を探す。


 でも、うまくまとまらない。


「……嫌じゃなかった」


 それだけ言うのが、やっとだった。


 空気が、一瞬止まる。


 言ってしまった。


 でも、引き返す気はなかった。


 ルークは少しだけ目を見開いて、


 それから、ゆっくりと息を吐いた。


「……そっか」


 その声は、どこか少しだけ軽くなっていた。


「俺も」


 短く言う。


 それだけで、十分だった。


 また、歩き出す。


 今度は、さっきより少しだけ自然に。


 完全に元通りじゃない。


 でも、さっきよりずっといい。


「……ねえ」


 ルークがぽつりと呟く。


「なに」


「もうちょっとだけ」


 少しだけ距離を詰める。


「このままでもいい?」


 一瞬、何のことか分からなかった。


 でも。


 すぐに気づく。


 距離。


 この、少しだけ近い距離のこと。


「……好きにして」


 そっけなく言う。


 でも。


 拒否はしない。


 むしろ——


 少しだけ、自分からも近づいた。


 気づかれない程度に。


 その距離は、


 昨日よりも自然で、


 でも確実に、前より近かった。


「……」


 言葉はない。


 それでも。


 もう、分かっている。


 あと一歩で届くところまで来ていることを。


 あとは——


 踏み出すだけだ。

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