収穫祭
宿を離れ数日し、2人は新しい街に着いた。
街に入った瞬間、空気が変わった。
色とりどりの布が通りを飾り、屋台がずらりと並ぶ。
人の笑い声と音楽が混ざり合い、夜なのに昼のように明るい。
「……騒がしいわね」
ルナが眉をひそめる。
「収穫祭みたいだね」
ルークは楽しそうに周囲を見回した。
「年に一度の大きな祭りって感じかな」
「……人、多すぎるわ」
軽くため息をつく。
人混みは、あまり得意じゃない。
視線も多いし、距離も近い。
落ち着かない。
「大丈夫?」
ふと、ルークが少しだけ距離を詰める。
「別に」
そっけなく返す。
でも、少しだけ安心する自分がいるのが分かって、余計に落ち着かない。
「せっかくだし、少し見ていこうよ」
「……好きにして」
いつもの返事。
でも、足は止まらなかった。
屋台の並ぶ通りを歩く。
焼けた肉の匂い。
甘い菓子の香り。
見慣れない料理が並んでいる。
「これ、美味しそう」
ルークが足を止める。
「……また食べるの」
「だって気になるし」
軽く笑いながら、屋台の料理を一つ買う。
「はい」
そのまま差し出してくる。
「いらないわ」
「一口くらい」
「……別に」
断ろうとして、少しだけ迷う。
香りが気になったのもあるけど。
それ以上に。
「ほら」
自然な動きで、口元に近づけられる。
「……っ」
一瞬、固まる。
距離が近い。
やけに近い。
「早く冷めるよ」
「……分かったわよ」
仕方なく、一口だけ食べる。
「……美味しい」
思わず本音が出る。
「でしょ?」
ルークが嬉しそうに笑う。
その顔を見て、なぜか少しだけ視線を逸らした。
「……もういい」
「はいはい」
軽く引く。
それだけのやりとりなのに、
妙に意識に残る。
しばらく歩いていると、
人だかりができている場所があった。
中央で、小さな子供が泣いている。
「……迷子だわ」
ルナが小さく呟く。
ルークはすでに動いていた。
「大丈夫?」
しゃがみ込んで、優しく声をかける。
子供は涙をこすりながら頷いた。
「お母さんとはぐれたの?」
小さく頷く。
「名前は?」
「……リナ」
「そっか、リナちゃんね」
自然なやりとり。
ルナは少し離れた場所で見ていた。
——やっぱり、こういうのは慣れてる。
そう思いながら、
ふと周囲に視線を走らせる。
人の流れ。
動き。
違和感。
「……あっちよ」
ぽつりと呟く。
「ルーク」
「うん?」
「母親、多分あっちで探してるわ」
指差す。
少し離れた場所で、必死に誰かを探している女性がいた。
「ほんとだ」
ルークが立ち上がる。
「行こうか」
子供の手を取る。
そのまま三人で人混みを抜ける。
やがて、女性がこちらに気づいた。
「リナ!」
駆け寄ってくる。
子供も走り出す。
強く抱きしめ合う姿。
その光景を、ルナは静かに見ていた。
「ありがとうございます……!」
何度も頭を下げる女性。
「いえ、無事でよかったです」
ルークが笑う。
いつもの、あの優しい顔。
そのやりとりを見て、
ルナは小さく息を吐いた。
「……行くわよ」
短く言う。
「うん」
また歩き出す。
さっきより、少しだけ距離が近い気がした。
夜が深くなるにつれて、
祭りの光はさらに強くなる。
「……上、見て」
ルークが指をさす。
空には、無数の灯りが浮かんでいた。
ランタン。
ゆっくりと夜空へと上がっていく。
「……綺麗」
ルナがぽつりと呟く。
自然に出た言葉だった。
「うん」
ルークも空を見上げる。
そのとき。
人の流れが急に動いた。
「——っ」
押される。
一瞬、バランスを崩す。
その腕を、誰かが掴んだ。
「大丈夫?」
ルークだった。
しっかりと手を引かれている。
離れないように。
「……離して」
反射的に言う。
でも、力は抜かない。
「人多いから、このままでいい?」
確認するような声。
「……好きにして」
小さく答える。
そのまま、手は繋がれたままだった。
温かい。
思っていたよりも、ずっと。
心臓が、少しだけうるさい。
でも。
嫌じゃない。
むしろ——
「……こういうのも」
小さく呟く。
「ん?」
「……嫌いじゃない」
視線は空のまま。
それでも、ちゃんと聞こえる距離。
ルークは少しだけ驚いてから、
柔らかく笑った。
「そっか」
それだけの返事。
でも、それで十分だった。
夜空に浮かぶ光。
繋がれた手。
隣にいる存在。
その全部が、やけに鮮明に感じられる。
——楽しい。
ふと、そう思った。
こんな感覚、初めてだった。
ひとりじゃない時間が、
こんなにも悪くないなんて。
「……悪くないな」
今度は、はっきりと呟く。
その声は、もう迷っていなかった。




