067 徳川の影
京都での談義はまだ続きます。また徳川の影がチラつきます。
「本能寺の方はどうだ?」
秀吉さんのうずうずに信忠さんも気付き発言を促す。
「焼け跡から多くの遺体は見つかっておりますが、上様と判別できるものは・・・・。信長様の居室からはご遺品と思しき物も見つかっておりますので、発見場所と様子を記帳しつつ、回収を始めております。ただ、明智の方でも捜索はしている為、どの程度現場が保存されているかは怪しく・・。」
「判った。特定は諦めよう。脱出路の有無だけ念のため確認を。回収した遺品と遺体は?」
信忠さんもあまり細々した事、特にこの様な憂鬱な作業はお好きではないので、適当な所で切り上げさせるつもりの様だ。
「は、大徳寺の本院の方に預かってもらい、とりあえず仮の供養を執り行ってもらっております。そこで一つご提案なのですが・・」
信忠さんは続きを促す。
「この様な状態ですし、京で催すのは信長様のご葬儀ではなく、合同の慰霊祭とされては如何でしょう。信長様のご葬儀は岐阜か尾張で改め催されるのが宜しいかと。もし宜しければ大徳寺にて慰霊祭執り行う様依頼致します。」
さすが秀吉さん良い事言った!単に大々的にやりたいだけじゃないかと思わないでも無いけど・・・。
「うん。そうだな。其れが良い。その方向で頼む。親父殿の葬儀は安土が片付き次第。岐阜の崇福寺辺りでやろう。其れは身内だけでやる。何か収める遺品はあるか?」
流石に誰の遺骨か判らない物を収めるわけには行かないのだろう。
「宗三左文字がご遺品として回収されております。」
まるで予想していた様に秀吉さんが答える。ちなみに宗三左文字とは桶狭間で今川義元からの戦利品で、信長さんが常に身近に置いていた刀だ。
「判った。其れが良い。それだけは安土に伴ってきてくれ。」
秀吉さんがははっと頭を下げる。
何から何まで秀吉さんのお膳立てのままで癪に障る感も無くは無いが、極めて順当で合理的なので、しょうがないって感じである。こういう所が秀吉さんの可愛くない所かもしれない。まぁ信忠さんはその辺おっとりしてるので全く気にして無いみたいだけど。
「あの、宜しいでしょうか?」
漸く一段落付いたようなので・・。私がおずおずと声を掛ける。信忠さんがハイ!君!見たいな感じで私を指差す。それ気に入ったのか?信忠さん。
「今更なのですが、山崎で襲ってきた刺客についてで、御座います。」
皆が、私の発言に一斉に注目する。怖い!怖いから余り睨まないで!興味があるのは判るけど・・。
「正体が掴めたのか?」
代表して信忠さんが問う。
「いえ、直接襲ってきた奴等については、柳生の手の者以外はありえないとの事でした。問題なのは誰が柳生を雇ったのかという事だと思うのですが、少なくとも明智さんでは無いとの事です。」
信忠さんは「どこからの情報だ?」と当然の質問をする。
「斉藤利三に御座います。少なくとも彼が知る限り、明智光秀がその様な影の者を雇ったという話は知らないとの事でした。それどころかそういった者との付き合いすら聞いた事がないと。明智光秀が雇ったのであれば、利三と連動させない筈は無いですから、彼が知らないという事はまず考えられ無いでしょう。」
皆が顔を見合わせる。利三さんの事は当然伝えているのでその件ではない。
「そうするとやはり徳川が・・?」
徳川さんが柳生を雇い入れている事は有名だが、少なくとも表立っては剣術指南としてであって、影働きについては確かな証拠は無い。もともと忍びに類する者達は主君を持たず、金さえ積めば、誰の為でも働くので、誰が雇っていても不思議では無いのだ。忍者の中では真田忍軍の方が特異なのである。
その事は皆承知で、堺での経緯から察すると、徳川さんがかなり怪しいのだが、確かな証拠は無いと言うもやもやする状況なのだ。
「徳川といえば、甲斐の件があったな。お幸。あちらの方は何か判明している事は無いか?」
私は首を振る。
信忠さんが言っているのは、甲斐で暗躍していた伊賀者の件である。武田の旧臣の土豪を焚き付けて、蜂起させ、川尻さんを甲斐から排除しようとしていた。その後に徳川さんが軍勢を引き連れてきたタイミングの良さといい。状況証拠としては徳川さんが暗躍していたとしか思えないのだが、こちらも証拠が無い。
幾ら伊賀者を捕らえても、その証言は信用でき無い。例えば、伊賀者が真田に命じられた!など事実無根な事を言い兼ね無いのである。彼らの仕事は欺瞞や防諜の類なので、その程度の事は日常茶飯事だ。
今回については、父が乗り込んで危機を脱した事から、川尻さんは父に恩義すら感じているとも伝え聞くので、その様な誤解は生まれ無いと思うが、逆に誰かが徳川さん陥れ様としているかもしれない事も否定出来ないのである。
只私の第六感で徳川さんは限りなく黒に近い。只やはり証拠が無い事には如何しようも無い。もし徳川さんに会えれば、少なくとも確信を固められそうな気もするのだが・・。
「踏み絵を踏ますしかないか?」
信忠さんが少し嫌そうに言う。性格的にあまり好きではない事なのだろうな。
「北条ですかな?」
官兵衛さんがそう言うと、信忠さんは「うん」と頷く。
話が読めん!誰か解説してくれ!
でも其の場では誰もそれ以上は解説してくれなかった。彼らにとって当然の事なのかもしれない。後で信忠さんに聞く事が一つ増えた・・。
「さて、俺は三日後に京を発って安土に向かう。其れまで各自京での仕事を仕上げておけ。」
信忠さんが、ハイ今日はおしまい!という感じでそれ場を締めた。
歴史上は信長さんの菩提寺は、この話にも登場している京の大徳寺と岐阜の崇福寺です(他にも色々あるっぽいですが)。何故二つ有るかと言うと大徳寺は秀吉さんが政治的なパフォーマンスで勝手にやったっぽく、織田家の縁者はほぼ出席をボイコットしたとか。其れに対抗して織田家が催したのが崇福寺の方だったらしいです。今回は、信忠さんが喪主になるので、その辺は混乱しようが無いので、この様な形としました。




