041 信州
実はまだ長秀さんとは合流できていないおゆき一行。一旦場面は、信州に移ります。ハーイ、信州の昌幸さーん
小助の隊を除き、我々は一旦宇治近くで集合したが、十蔵は再び別れ大津を目指した。もちろん安土へ逃れる様に見せかけるためだ。白星と新月も彼らと共に行った。2頭の葦毛というのはとても目立つ。今のところ追っ手と思われる者達の気配は見られないが、京が一旦落ち着けば今日にも捜索が始まる可能性が強い。その時、足跡を残しておけば攪乱に繋がるとの目論見である。
十蔵はそのまましばらく東に進み、近江近辺の動きを探った後、畿内に戻り再び合流する運びとなっている。
残りの者は宇治川経由、淀川を船で下り、まずは石山周辺を目指す。そこから堺まではすぐだ。
我々が細かい段取りを話し合っている間、信忠さんは幾つもの書状を書き、甚八の手の者に託していた。別に筆まめさんというわけでは無い。各方面に自分の無事と明智討伐の檄文を送ったのだ。五大軍団長(もちろん明智さんを除く)はすぐに動けない者が多い筈で、そちらは彼らの裁量に委ねざるを得ないが、不確実な情報で彼らをミスリードさせない為に正確な情報を伝えて置く。そんな書状を出すそうだ。
一方近畿周辺の者達は旗色が鮮明でない者も少なく無いので、釘を刺して置く必要があるのだと言う。
特に重要視したの、大和周辺で力を持つ筒井順慶さんだ。こいつの出方次第では、かなり戦局が引っ掻き回される可能性もある。信忠さんと丹羽長秀さんとの合流を知らせる事で下手な動きはするなと睨みを聞かせたのだ。
実際筒井順慶さんは京から自領に戻る道中で、変の報を独自に入手していた。信長公亡き後の自分の身の振り方について、正直野心的な考えも数多く頭を過っていた。だが、その直後に信忠さんから書状を受け取り、冷や水を浴びせかけられた様な思いをする事になる。
信忠さんが生き残って書状を送って寄越したのもさる事ながら、一番驚愕させられたのは、それが移動中の自分にピンポイントで届けられた事である。滞在していた京でも、自領の大和でも無い。「行動が掴まれている。しかも向こうも逃亡中の筈では?」この事は情報の力を身に染みて理解している生粋の戦国大名の心胆を寒からしめるに充分であった。
書状には「伊勢の信雄(信忠さんの弟さん)を旗印にして、畿内の大名達をとり纏めよ」そう記されていた。「天下布武」の朱印まで押されている念の入れ様だ。まさに飴と鞭である。正直信忠さんの事をお人好しな二代目ぐらいにしか考えていなかった順慶さんだったが、「これは、迂闊に動かん方がええ。しばらく信忠公のお手並み拝見と行こう。」と当面の恭順の意を示したのだった。
各所にこういった書状を発した信忠さんは「忍びは本当にすごいな。ついつい頼ってしまいそうだよ」と私に漏らしていたので、「頼って下さってもええんよ。」と最近板に付いて来た?エセ関西弁で答えておいた(笑)
我々が多少気の抜けたそんな会話をしていたほぼ同じ頃、信州では父が超ご機嫌で戦の準備をしていた。
「御屋形様準備が整いました。」
体躯に相応しい野太い声が部屋に響いた。
声を発したのは、作兵衛こと堀田興重さん。真田家随一の侍大将だ。若手といって良い年齢だが父の信頼も厚く、(忍びではない)通常戦力では最強と言って良い部隊を率いている。即ち戦の為の軍隊である。
「おうっ」
と父は機嫌よく答える。甲冑を既に身に着けている。さすがに兜はまだ被っていない。隣にはやはり似た様な身なりの横谷左近さんが控えている。
「上様しかし宜しいので?ゆき姫様の手紙では、織田親子は「仕えるに値する御仁」との評価でしたが・・。」
常識人の左近さんが声を掛ける。
「ああ、あの鼻の下が伸び切った様な腑抜けた書状か・・。」
途端に父は渋い顔になる。
「だが、佐助の方の報告では、明智の反乱であの二人も風前の灯と言うでは無いか。居なくなる人間に仕える訳にも行くまい。」
父はそこで一拍置きニヤリとする。
「京や畿内がこの反乱で混乱している隙に、信濃・上野・甲斐周辺を一挙に切り取ってしまうぞ」
景気のいい話をしているが、父が目下狙っているのは沼田だ。あそこは東国の中心地の一つとも言える要所だ。沼田を抑えれば、一挙に東国における発言権を手にする事が出来る。今沼田には織田の猛将滝川一益公がいるが、この混乱を上手く利用すれば、追い落とせると考えているのだ。
恐らく反乱の報を聞けば北条も動く。今は上杉憎しで織田に従っているが、面従腹背は明らかだからだ。
徳川がどう出るかは読めないが、父の読みでは甲斐を狙って来るのではないかと睨んでいる。頻繁に伊賀者が甲斐に出入りしているという事を弟の信尹叔父様が報告して来ているからだ。
沼田を落として発言権を手に入れ、北条と組む。その後に二国で徳川を退け、我々は甲斐を、北条には駿河をくれてやる。もちろん取らぬ狸の皮算用だが、父には明確にそれらがイメージされているらしい。
必ずしも、この事を予測していた訳ではないが、武田の旧臣、土豪達と誼を深くし、着々と手なずけている。彼らはこちらに風が吹くと判断すれば一挙に靡くだろう。少なくとも信長に早々に屈した梅雪や木曽義昌に唯々諾々と従うとは思えない。徳川にしっぽを振っている奴らも時節を読んで止む無く従ってはいるが、元を正せば長年の宿敵。状況が有利と判断すればこちらに引き込むも容易かろう。・・と考えているのだ。
実は今信尹叔父様は南信濃や甲斐でこの活動を粛々とやっている。自信の根拠はそれだったりする。
問題はスピードだ。どの程度の期間でどの程度の混乱が京にもたらされるか。全てがこれに掛かっている。しかし、幸いな事に真田は今京・畿内に大量の忍軍を派遣している。恐らくこの東国で最も速くその情報を手に入れられるのは真田だ。対抗できるとすれば、徳川だが、幸い家康は京に居る(本当は堺)。上手くすれば巻き込まれるか、いずれにしても直ちに動けまい・・・。
ほとんど涎を垂らさんばかりのギラギラした表情でニヤケている父を少し心配そうに見つめる左近さん。
そこに弟の庄八郎師匠が駆け込んで来た。
「御屋形様、甚八から続報が届いております。」
書状を父に差し出す。
「もう届いたのか?信長公は討たれたのか?!」
父は書状を引っ手繰る様に受け取る。
「それが・・」
庄八郎師匠が続け様とするが、食い入る様に書状を見ていた父の表情が一変する。
まさに変顔百面相であった。っと庄八郎師匠が後に私に教えてくれた。
はい久々の昌幸父さんのご登場です。おゆきの事を腑抜け扱いしていますが、自分の方がよほど夢まっしぐらです。おゆきも冷静に分析してましたが、この人悪ぶってますが、単に暴れたいだけなんじゃないかと思います。




