020 京
京に到着したおゆき一行。彼らを待ち受けるものとは?
無事京に入った我々であったが、一旦旅商人向けの宿に泊まる事になった。
かなりの強行軍にいかんせん旅装がボロボロだった事もあるが、さすがにきりがダウンしてしまったのである。正直私もヘトヘトだった。
忍びの本気の強行軍ならこんなもんでは済まない筈だが、所詮きりも私も一般人に毛の生えた程度なのだ。
一晩ゆっくりし、食事をして体力を整える私たち。
折角の京での初ご飯だったのが、その所為で味が全くし無かった。
後で気付いたのだが、これは疲れ切っていたというのもあるが、そもそも、信州育ちで塩辛いもの漬けだった我々にとって、京の味付けは薄味すぎたのだ。
さて翌日。衣装を整え、菊亭家に向かう我々。
既に十蔵が先ぶれで連絡はしているが、正直緊張する。
相手は清華家の家格を持つ公家中の公家である。清華家と言えば摂政家の次に家格の高い大臣の家柄である。
しかも菊亭家は昨今貧乏暮らしに困窮していると言われる公家としては裕福な方だとも聞く。事前に渡している支度金もそれ程効果はないかもしれない。
とはいえ、どちらかというとこれまで武田家とつながりが強かった家なので、これを機会に織田家との誼を通じたいと言う思惑もあったのだろう我々の事は快く受け入れてもらう事が出来た。
当主の今出川 晴季様との面会も無事果たし、挨拶と母の書状を渡す事も出来た。
信長公面会の口添えも快く引き受けて貰えただけで無く、別邸が我らの為に解放され「逗留中自由に使われよ」と有難い申し入れまで頂いた。
予想以上の好待遇だが、別邸の件は正直助かった。
公家の作法は出立前に母から散々仕込まれていたが、万が一公家屋敷で過ごす事にでもなろうものなら、余りの堅苦しさに、三日も経たずしおしおになっていた事だろう。
恐らくこれは、向こうにも同じ事が言えるのかもしれない。信州の田舎豪族の粗忽者達を自分の屋敷に受け入れるとか、勘弁してくれ~と思ったに違いない。
うんさすがは機微を捕らえるにそつの無いお公家様だね。
という訳で挨拶を済ませた私たちは、早速あてがわれた別邸とやらに移動した。
どちらかという武家の屋敷の区画に程近い、これはこれで立派な建物である。掃除も行き届いてはいるが中はほぼがらんどうで誰も居ない。
ここまで案内してくれて、何かあったらお申し付け下さいと紹介された連絡係を兼ねた小間使いが一人居残っただけだ。
本当に後は勝手にやれという事なのだろう。
まぁ、変に歓待されるよりは余程いいけどね。
これ幸いと佐助達は屋敷をぱぱっと自分達好みに整え、一番広い広間は忍軍の指揮所に変えてしまった。
自由すぎないか?まぁいいけど。
周りで佐助達がキビキビ働いている中、今は邪魔者でしか無い私ときりは片隅に追いやられ、お茶をすすりながら、ぼーっとその姿を眺めていた。
そこへ十蔵が姿を現す。
「織田家へは既に面会を申し入れておりますが、しばし待たれよとのお達しです。」
そう報告する十蔵。
天下人ともなれば、そりゃ忙しいわな。そうそう田舎から来た小僧(本当は小娘)に会ってくれる訳もない。晴季様も口添え頂けたというから、待っていればいずれはお会いできるでしょう。それより・・。
「例の件はどう?」
気になったので尋ねてみた。勿論明智の動向である。
「亀岡城では戦準備は進められておりますが、もともと備中への援軍の準備もござればそれ自体には違和感ないとしか言い様をございません。」
「光秀殿は織田でも屈指の智将と聞く。どっちらにしても抜かりは無いでしょうね」
私はちょっと考える。信長公に謁見するに際し話の流れによっては情報インプットしておいた方が良いのだろうか?それにしても、坂本の話だけでは如何せん情報が薄い。
それどころか新参の大名の子倅が中途半端な情報で告げ口等しようもなら、逆に勘気を被りかね無い。とりあえずは、様子見するしか無いか。
「とりあえず、続けて情報を集めて頂戴」
十蔵は一礼して、佐助と数言交わした後、再び姿を消した。
きりは無事京に到着してあからさまにホッしているのが見て取れるが、私の本番はこれからだ。とは言え当面は信長公からの呼び出しをただ待つだけ。まな板の鯉とはよく言ったものだ・・。
泥縄的に京の町並みを調べているんですが、応仁の乱⇒信長支配⇒秀吉支配⇒家康支配とめまぐるしく変わっているので、半ば匙を投げました(^^;Aすいません。




