↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
9/20

第9話 泣きつく元婚約者

魔物たちが一斉に飛びかかってきた。


「グギャアアアアアッ!」


ゴブリンたちが牙を剥き、武器を振り上げながら迫ってくる。その後ろにはオーク。さらに、その巨体で通路を塞ぐようにオーガまで続いていた。


大量の魔物が津波のように押し寄せてくる。


「……試してみるか」


僕は右手をゆっくりと握った。身体の奥から熱が湧き上がった。心臓を中心に、熱い魔力が血管を駆け巡っていく。


指の隙間から、赤い光が漏れ始める。


「火よ」


僕は握った拳を、地面へ叩きつけた。


ゴオオオオオオオオオオッ!!


僕の目の前から、巨大な炎の壁が噴き上がった。炎は高く燃え上がり、通路いっぱいに広がっていく。


「ギャアアアアアアッ!」


先頭のゴブリンが炎に飲まれる。その炎は止まらない。後ろのオークも。さらに奥のオーガまでも。すべてを巻き込みながら、炎の濁流が通路を駆け抜けていく。


「グオオオオオオッ!」


しかしオークとオーガが炎の中から姿を現した。巨大な腕を振り回し、無理やり炎を突破しようとしている。僕はそれを見て、右手をゆっくりと握り直した。


「……火力を手加減しすぎたか。なるほど」


拳の周囲で炎が渦を巻く。僕は拳を前へ突き出した。


「インフェルノ・バースト」


オークたちの巨体を炎が飲み込む。数秒後。炎がゆっくりと消えていく。残ったのは、黒く焼け焦げたオークの残骸だけだった。



残すはオーガのみ。


「次は、別の属性を試すよ」


僕は左手を上げた。僕は人差し指を立てる。空中へ一本の線を引いた。


スゥゥゥ……。


指先が通った場所から、白い霜が広がっていく。もう一本。さらに一本。空中に複雑な紋様が描かれていく。


「氷よ」


最後に、指先で中心を軽く叩いた。


――カキンッ。


世界が凍った。


パキパキパキパキパキッ!!


地面が。壁が。天井が。白く染まっていく。オーガたちの足元へ氷が走り、身体を地面へ縫い付ける。


「グオッ!?」


オーガが力任せに足を引き抜こうとする。僕は指を一本だけ動かした。通路の天井に巨大な氷の槍が形成されていく。


ギギギギギ……。


指先を下へ向けた。巨大な氷槍が落下する。


「アブソリュート・ゼロ」


ズドォォォォォォン!!


氷槍がオーガたちを貫いた。同時に、一瞬で全身が完全に凍りつく。


「砕けろ」


パキッ。小さな亀裂が入った。それが全身へ広がっていく。


パキパキパキパキパキッ!! バキィィィィィィン!!


オーガの巨体が、氷の彫像ごと粉々に砕け散った。


以前の僕なら、魔物を一体倒すことすらできなかった。それなのに今は、こんな大群を一人で相手にして勝利した。


「いいね、魔法」


僕は逆立っていた髪を手でかき上げ、そのまま後ろへ流した。本を片手に持ち直す。目的地は一つ。クロエのいる場所だ。


僕は魔物の死体を踏み越え、再び歩き出した。





本に表示される情報を頼りに進んでいくと、やがて通路の先から泣き声が聞こえてきた。か細く、震えた声だった。ゴブリンたちの唸り声に混じって聞こえてくる。間違いない。その声はクロエだった。


僕は本を閉じ、通路の先へ進んでいく。曲がり角を抜けると、そこにクロエがいた。


「いや……、来ないで!」


クロエは壁際に追い詰められていた。その周囲を、何体ものゴブリンが取り囲んでいる。ゴブリンロードやゴブリンシャーマンの姿もある。逃げ場はない。クロエは完全に怯えきっており、両手で杖を握りしめながら、必死に魔物たちを遠ざけようとしていた。けれど、恐怖で身体が震えているせいか、まともに詠唱すらできていない。


僕はそんなクロエを見ながら、ゆっくりとゴブリンたちの方へ歩いていく。


「グァッ……」


ゴブリンたちが一斉に僕を見る。唸り声を上げる。けれど、僕は気にしない。そのまま一歩、また一歩と距離を詰めていく。


「消えて。話の邪魔」


指をパチンと鳴らす。


次の瞬間、僕の足元から黒い闇が広がった。闇の魔法だ。意思を持った影のように地面を這い、ゴブリンたちの身体へ絡みついていく。


「ギャ……ッ!?」


一体が声を上げるより早く、その身体が闇の中へと沈んだ。続いて二体、三体と飲み込まれていく。抵抗する暇すらない。ほんの数秒後には、そこにいたゴブリンたちは一匹残らず消え去っていた。あとに残ったのは、静まり返った通路だけだった。




クロエが目を見開く。僕の顔を食い入るように見つめた。


「ノア? あなた……、ノアなの?」


僕は答えなかった。ただ、クロエを見返す。クロエの表情が崩れた。


「ノア!」


クロエは弾かれたように駆け寄ってきた。僕の胸に飛び込んでくる。


「怖かった……!」


細い身体が震えている。クロエは僕の服を強く握りしめ、胸元へ顔を押しつけた。


「怖かったの! 本当に怖かった……!」


声が震えている。呼吸も乱れている。さっきまでゴブリンに囲まれていたのだから、当然だろう。死ぬと思っていたはずだ。そんな極限状態で現れた僕は、クロエにとって唯一の助けだった。


だから、こうしてすがってくる。


以前の僕なら――。


きっと抱き返していた。「大丈夫だよ」「もう怖くない」「僕がいるから」そう言って、彼女の背中を撫でていた。クロエが泣けば心配した。クロエが苦しんでいれば、自分のことなんて後回しにして助けようとした。


それが僕にとって当たり前だった。でも今の僕は違った。クロエの身体が僕に触れている。服を掴まれている。胸元に顔を押しつけられている。その全部が、ただ鬱陶しい。


「……離れて」

「え?」


クロエの身体がぴくりと止まった。ゆっくりと顔が上がる。涙で濡れた瞳が、僕を見つめる。


「ノア……?」


僕はもう一度言った。


「離れてくれる?」

「……」


クロエの手が、僕の服から離れた。その顔には、戸惑いと不安が浮かんでいる。その表情を見ても、僕の心は痛まなかった。


「お腹、空いてる?」

「……うん」


クロエは小さく頷いた。僕は持っていた食料を取り出した。


「これ、食べて」

「ありがとう……!」


クロエはすぐに受け取った。そして、夢中になって食べ始める。パンを頬張り、水を飲み、またパンへ手を伸ばす。よほど空腹だったのだろう。僕は黙って、その様子を見ていた。


「これが、君にとって最後の食事になるかもしれないから。大事に食べて」

「……っ」


クロエの手が止まった。


「最後って……。何を言ってるの?」

「そのままの意味だよ」


僕は淡々と答えた。クロエは僕を見つめる。その瞳には、不安と緊張とがうかがえた。僕はその視線を受け止める。そしてクロエへ問いかけた。


「ルーカスと幸せになれるといいね?」

「え?」


クロエが目を見開いた。僕はそれ以上何も言わず、ただ彼女を見つめる。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。