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第8話 僕は魔法のすべてを理解した

僕は本を片手に、ダンジョンの奥へと進んでいた。目的地はクロエが迷い込んだ場所。ページに表示された情報と、頭の中にあるダンジョンの記憶を照らし合わせながら、慎重に足を進めていく。


「……こっちだな」


通路を右へ曲がる。その先にある分かれ道を左、と。


本に記録された情報は、僕を正しい方向へ導いてくれる。以前の僕なら、こんなことはできなかった。


そもそも僕の【記録(レコード)】は、魔物の情報を本に記録するだけのスキルだった。でも【改稿(リライト)】を覚醒させてから、この本は明らかに変わった。


魔物の情報だけじゃない。人間の情報まで記録されるようになった。しかもそれだけにとどまらなかった。今度は……。


ページをめくっていた僕の手が止まった。そこには、見覚えのない項目が追加されていた。


【魔法】


「魔法……?」


こんなページはなかったはずだ。僕は首を傾げながら読み進める。


魔法の性質。属性。詠唱。術式。魔力操作。身体強化。回復魔法。攻撃魔法。補助魔法。結界魔法。召喚魔法。空間魔法。などなど。


僕が今まで聞いたこともないような魔法に関することまで記録されている。


「なんだ、これ?」


この世界で魔法は、日常生活のあらゆる場面で使われている。火を起こす。水を生み出す。傷を治す。明かりを灯す。魔物を攻撃する。


魔法は、この世界の人々にとって当たり前の存在だ。だけど魔法には、まだまだ未解明の部分が多い。


魔法学者たちは長い年月をかけて研究しているものの、魔力がどこから生まれるのか、なぜ人によって扱える魔法に差があるのか、そもそも魔法という現象そのものに限界はあるのか。分からないことが数え切れないほど残されている。


「僕は魔法が使えないから、意味ないけど」


そして魔法は才能の世界というのが定説だ。才能がある人間は使える。才能がない人間は使えない。僕は後者だった。


だから魔法使いのシャルロットを見て、いつもすごいと思っていた。同時に、自分にはできないことだと諦めてもいた。


けれど。


【魔法は、誰でも使用可能】


僕は目を疑った。思わず立ち止まった。


「……僕にも、魔法が使える?」


そう呟いた瞬間だった。ページの上に、新しい文字が浮かび上がった。


【魔法に関する情報をインストールしますか?】


あまりにも突然だった。僕はしばらく、その文字を見つめる。


この本に記録されている膨大な情報を、自分の頭の中へ直接取り込む。そういう理解でいいのだろうか。


「……はい」


答えた瞬間、本が光った。まばゆい光がページから溢れ出す。次の瞬間、頭の中へ何かが流れ込んできた。


「――ッ!?」


大量の情報。そんな言葉では足りない。無限にも等しい情報が、一気に僕の頭の中へ流れ込んでくる。


火属性魔法の構造。水属性魔法の構造。風、土、雷、光、闇……。魔法の理論。魔力の循環。魔法陣。詠唱。無詠唱。魔力効率。術式の短縮。複合魔法。説明だけで人生が終わってしまうほどの情報量だ。


誰も知らないであろう魔法。誰も解明できなかった術式。人類がまだ到達していない領域。それらすべてが僕の中へどんどん流れ込んでくる。頭が熱い。頭蓋骨の中で火山が噴火しているみたいだった。


「ああああああああああああああっ!」


思わず叫んだ。膝から力が抜ける。僕はその場に倒れ込んだ。頭を抱える。痛い。熱い。苦しい。それでも、情報の流入は止まらない。





「……はぁ、……はぁ」


僕は床に手をつき、荒い息を吐いた。インストールが終わった。時間にすれば、たぶん5分程度だったと思う。なのに、何十年も生きたような疲労感があった。


ゆっくりと顔を上げる。身体はぐったりとして重い。だけど、なんだろう。変な感覚だった。身体の中に、今まで感じたことのない何かがある。胸の奥。あるいは腹の奥。もっと深いところ。そこから何かが流れ出している。


「魔力?」


僕は立ち上がった。身体から魔力が溢れ出す。髪がふわりと浮き上がった。自分の髪が、重力に逆らうように逆立っている。


「はは……」


思わず笑ってしまった。こんな感覚、初めてだ。力が溢れてくる。何をすればいいのか、もう分かっている。やる前から分かる。


僕は、魔法が使える。


たぶん、僕は魔法のすべてを理解してる。この世界の人類が、まだ知らない領域まで。そう確信できた。





●ヒーラー・クロエ視点(迷子)


「……どうしよう」


私は1人、暗いダンジョンの中を歩いていた。ヒーラーである私には、戦う力がない。しかも地図がない。当然『帰還の紐(リターン・コード)』も持っていない。


私は、完全に迷子になっていた。


「ルーカス……」


名前を呟く。返事はない。


「ルーカス、助けに来てよ……」


私は不安で胸がいっぱいだった。ダンジョンで1人になったことなんてない。魔物の気配がするたびに身体が震える。


「私、ヒーラーなのよ……」


1人じゃ何もできない。ルーカスがいれば大丈夫。ルーカスじゃなくてもいい。リリーでも、シャルロットでも、オリバでも。


なのに……。


「どうして、誰も来ないの……?」


そのときだった。遠くから、巨大な音が響いた。


「……え?」


ズゥゥゥンと、地面が震える。壁の向こうから、何かが叫んでいる。


「なに……?」


グオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!


魔物の悲鳴。龍の咆哮のような声が響いた。私はその場で固まった。怖い。誰でもいい。誰でもいいから……。


「早く、私を助けに来て!」





●勇者・ルーカス視点(捜索中)


「何やってんだ、あいつは……」


俺は苛立ちながら、ダンジョンの通路を歩いていた。あろうことか、クロエとはぐれてしまった。ダンジョンを出たらすぐ結婚する予定なのに、こんな場所で迷子になるなんて。


俺は舌打ちした。そもそも、ノアを置き去りにする予定だったのだ。


「面倒くせえな」


深淵の監獄から1人で戻ってくることは絶対に不可能。しかしクロエを探すために、こんな危険な場所へ長く滞在するのは嫌だ。俺が死んだら元も子もない。勇者になった今の俺なら、クロエくらいの女なんていくらでも付き合える。


もちろん、クロエを失うのは惜しい。顔もいい。身体もいい。ヒーラーとしても使える。


「……せめて、あと数回は楽しみたかったけどな」


まあ、命には代えられない。俺は踵を返した。


「もういい。ここを出よう」


俺たちはクロエを置いてダンジョンから出ることを選んだ。





●ノア視点


僕は魔物に囲まれていた。ゴブリン、オーク、オーガ。その数は、数十にも及ぶ。通路の奥から次々と姿を現し、僕を逃がさないように取り囲んでいる。鋭い牙を剥き出しにするもの、棍棒を握りしめるもの、大きな身体を揺らしながらこちらを睨みつけるもの。どの魔物も、今にも僕へ飛びかかろうとしていた。


どうやら、さっきの僕の叫び声に反応して集まってきたらしい。


「……こんなにいたんだ」


僕は周囲を見回した。


普通なら、絶望する場面なのだろう。


これだけの魔物に囲まれたら、どんな冒険者でも無事では済まない。特にオーガなんて、1体だけでも十分に危険な魔物だ。


以前の僕なら、確実にここで死んでいる。でも今は違う。


「丁度いい」


僕は右手を前へ向けた。来いと挑発するように、人差し指をくいっと曲げる。


「魔法の練習相手になってくれ」


空気が変わった。


殺気。今までとは比べ物にならないほど濃密な殺気が、ダンジョンの通路を満たしていく。


「グオオオオオオオオッ!」


魔物たちが雄叫びを上げた。

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