第4話 仲間たちの冷たい言葉
「キッショ。なに戻ってきてんだよ。引くわ」
「……え?」
聞き間違いかと思った。僕は思わずルーカスの顔を見つめた。目の前にいるのは、間違いなく勇者で剣士のルーカスだ。
パーティーのリーダー。彼の剣の腕は誰もが認めるほど高く、いつも先頭に立って僕たちを引っ張ってくれる存在。ダンジョンの中で敵に囲まれ、戦えない僕を先に逃がしてくれた。だからこそ、ようやく再会できた仲間のルーカスから最初にかけられた言葉がそれだったことに、僕は頭が追いつかなかった。
「……ルーカス?」
名前を呼んでも、ルーカスは笑わない。冗談を言っているようにも見えない。本気で僕を嫌そうに見ている。僕が生きて帰ってきたことそのものが気に入らないように。
「ていうか、くっさ。お前、歩く公害かよ」
「いや、もう教会で浄化してもらったから臭いは――」
「そういう意味じゃねえよ」
ルーカスは吐き捨てるように言った。
「……」
僕は言葉を失った。ダンジョンで死にかけた仲間にかける言葉とは思えない。
僕はずっと、みんなのことを心配していた。食料は足りているだろうか。怪我をしていないだろうか。ちゃんとダンジョンから脱出できただろうか。そんなことばかり考えていた。
なのに。再会して最初に向けられたのは、心配でも安心でもなかった。露骨な嫌悪だった。
「お前、『帰還の紐』もないのにどうやって戻ってきた?」
「……」
ルーカスは眉をひそめた。僕は固まった。
帰還の紐。ダンジョンへ入る前、僕のバッグに入れていたはずのアイテムだ。あれがあれば、一定の条件を満たした場所からダンジョンの入口付近へ戻ることができる。
最深部でバッグの中を確認したときには、なくなっていた。どこかで落としたのだと思っていた。
「……まさか」
僕の口から、自然と言葉が漏れた。僕のバッグからとったのか?
ルーカスは何も答えない。ただ、面倒くさそうに僕を見ている。その態度だけで十分だった。
「……嘘でしょ? 嘘だと言ってよ!」
返事はない。胸の奥が、急に冷たくなった。もし本当にルーカスが僕のバッグから盗んだのなら。僕が深淵の監獄から帰れなかった理由は、単なる事故じゃない。
「空気よめ。もう用済みなんだよ、お前は!」
その一言で、今まで積み重ねてきたものが全部否定されたような気がした。
僕はずっと、このパーティーの役に立っていると思っていた。戦えなくても、記録係として必要とされている。魔物の情報を記録して、弱点や習性をみんなに伝える。僕には僕にしかできないことがある。そう信じていた。
「今まで勇者パーティーにいれただけでも幸運でしょ」
横から声がした。武闘家のリリーだった。
彼女は腕を組みながら、どうでもいい話をするような顔で僕を見る。小柄な体からは想像できないほどの怪力を持つ、パーティーの攻撃の要。男女混合の格闘世界大会で優勝したこともある、凄腕の武闘家だ。
「戦えない役立たずのくせに」
リリーはあっさりと言った。
胸の奥がまた痛んだ。戦えない。足手まとい。底辺スキル。分かっている。僕自身が一番よく分かっている。剣を振ることもできない。魔法も使えない。敵が現れれば、みんなに守ってもらうしかない。それでも。
「僕だって、出来る限りのことはやってきたつもりだ」
記録係として、魔物の情報を集めた。少なからず、このパーティーの資金源も作った。少しでもみんなの役に立てるように、自分なりに必死だった。
「それに今の僕のスキルは――」
覚醒して覚えた【改稿】のことを話そうとすると……。
「ギルドに行くのはやめて頂戴ね」
今度は魔法使いのシャルロットが口を開いた。僕を冷たい目で見ている。天才魔法使いと呼ばれるほどの実力者。強力な魔法をいくつも使いこなし、ダンジョンの中でも何度も僕たちを助けてくれた。そんな彼女まで僕に毒づいた。
「あんたの身勝手な行動ではぐれたって報告してんだから」
「僕は、ルーカスに言われて魔物から距離をとって――」
「あー、うるさい、うるさい!」
シャルロットは僕の言葉を遮った。
「言い訳なんて聞きたくない」
「……」
僕はショックで何も言えなくなった。僕が悪いことをしたように報告されている。ルーカスに言われたから、あの場を離れただけなのに。
「君たちは……僕を深淵の監獄に置き去りにしたということか?」
自分の声が震えているのが分かった。
「つまり、意図的に僕を殺そうとした?」
冒険者の規則にも違反している。パーティーの仲間を意図的に危険な場所へ置き去りにするなんて、絶対に許されることじゃない。
「貴族である俺たちの言うことと、庶民のお前の言うこと、ギルドはどっちを信頼すると思うよ?」
盾役であるオリバが口を挟んだ。身長2メートルをこえる大きな体を揺らしながら、僕を見下ろしている。彼は大きな盾を構え、敵の攻撃を一身に引き受けるタンクだ。パーティーの壁とも言える存在。でも今の僕には、その大きな体がいつもよりずっと怖く見えた。
「……」
僕は何も言えない。オリバは口元を歪めた。
「悪い。一応お前も元貴族だったか。上級貴族から平民に降格した、エヴァンス家の無能」
そう言って、オリバは笑った。
「……」
確かに、エヴァンス家はもう貴族ではない。それは事実だ。でもパーティーに身分なんて関係ないじゃないか。少なくとも、僕はそう思っていた。だからこそ、みんなと一緒に冒険してきた。
なのに今、僕は1人だけ場違いな存在のように扱われている。
みんなの無事を祈りながら、命からがらダンジョンから戻ってきた。僕が戻ってきたことを、喜んでくれると思っていた。でも現実は違った。
「……みんな、何かの冗談だよね?」
僕は、まだ現実を受け入れられなかった。何かの間違いであることを願って4人の顔を見回した。誰も僕の生還を喜んでいない。安心した様子もない。ただ、僕を邪魔なものを見るような目で見ている。
僕は泣いてしまいそうになった。
「なに? どういうこと?」
聞き慣れた声がした。僕は振り返る。そこにいたのは、クロエだった。
僕の婚約者。僕が人生をかけて守りたいと思った人。怪我をした仲間を治療し、何度も僕たちを死の危険から救ってくれたヒーラー。
僕にとっては、ただの仲間じゃない。一番大切な人。だって僕たちは結婚するんだから。
ダンジョンの中でも、婚約指輪を見るたびにクロエのことを思い出した。何度も彼女のことを心配した。
クロエだけは、僕の味方でいてくれる。クロエだけは、僕が帰ってきたことを喜んでくれる。
そう信じていた。だから。
「クロエ……!」
僕は、思わず彼女の名前を叫んだ。




